3、模型の本 1-5
久梨原香、現在。図書館
ぼーっとしてる。井上さんが上の空だ、何か考え事でもしてるみたいだ。意味もなく指を動かして同じところをじっと映し脳の作る世界を渡り触っているようで、妙に惹かれてしまうような吸い込まれるかの如く僕は井上さんを目に焼き付けてた。
「どうかしました?」
ハッとしたように井上さんは僕の方をサッとすごい速さで振り向いた。
「んーん、何でもない」
本に綴られた文を読み取りながら本の世界を闊歩し進み行く。主人公、場面、季節、足跡。人生。感情。音、空気。重力。感情。描かれたものを心血を注ぎ書き写す様に読んで、頭の中に呼び起こしてドラマのように情景と輪郭を描く。自分が役者になったように。セリフの抑揚や叫び。会話や息。それらも極力作者の心に寄せて、そして自分を見失わぬよう。一ページ一ページを歩く。喰い進む。荒らして進み続ける。
「おもしろい?」
耳の近くで井上さんは僕にそう問いかける。
「面白いですよ」
「よかった」
会話そっちのけで紙を凝視する。いいな、とてもおもしろい。生きているんだ、この本に描かれた子も。
目に入りそうな前髪をどうにか避けながら時間を消費する、浪費ではなく美しく消耗させていると心から思う。そばに座っている井上さんは横でスマホを触っている。僕は本を閉じて井上さんに言う。
「それじゃあ行こっか」
「もういいの?」
「うん、平気、少し内容を読めたし。面白かったからまた探してみて買ってみる」
今日誘ったのは僕で二つ返事で良いよと言ってくれた井上さん、申し訳なくなってしまった。僕だけ楽しんでも意味がない。一緒にいるってことは二人で時間を共有すると言うこと、つまりは共に楽しくないといけないのだ。
「この本ってどこにあったっけ」
「あっちの奥の方の本棚にあったよ」
僕は井上さんが指差した本棚へそっと本を戻し、図書館を後にする。
「どっか行きます?」
「お腹すいた!』
「ずっとお腹空いてますよね」
「お、なんだ?デブと言いたいのかい?』
「違う違う!」
「冗談」
外へ出ると突拍子もなく鈍風と生暖かい気温が仲良く肌に吸い付いてきた、少々湿気染みた空気に汗が呼ばれるようにやってくる。
残りの少ない時間、どうにか良い年にしなくちゃな。
「井上さん」
「何?」
「ありがとう」
「何急に」
笑う姿に微かに雪を思い出す、彼女は雪と友達だったんだもんな。
「たまにありません?、言いたくなるんですよ」
久梨原香、逃避行、村。
しばらく歩いて見ているが一向に人の気配が現れない。けれど人がいた形跡は各所に残り足跡や小さなシャベル、車の車輪の後ましてや開店済みの錆びついて如何にも老舗駄菓子屋やどれもこれもここ最近にできた痕跡そのものに見える。されども人っ子一人としていない。けれども違和感がずっとこびりついていて離れない、見られてるような痛くないがズレのある針で刺されているような、夜の暗い部屋で人形と目があった感じゾワゾワ感が一番近いだろうか、微妙な恐怖感が僕のそばにへたり続けいてる。
「何これ、指パッチンで人消えたんかな」
訳もわからずと散策を続けている。草木も枯れてはおらず、されど伸びきってもいない健康的な状態で手入れが済んでいるし。
「あなた、こちらにおいで」
「っつ!?びっくりしたぁ…」
知らない老婆が四五十ほどだろうか、穏やかで優しそうなおばあちゃんが家の窓からじっと覗いて僕へ手招きしてる、「こちらに」って、怪しさ満点なんだよな。僕食い物にされないかな、山姥みたいな人食いだったら僕の旅はここで終わるんだ。見た感じおばあちゃんだけのようだし走れば逃げれるか。
僕は興味本位でそちらへ行ってしまった。男というおバカは好奇心に負ける生き物なのでしょうがない何かがあった時はその時だ。僕は内その一人である。
「待ってね、玄関開けるからね」
おっとりとしてなだらかな声色、想像していたより怖くはなさそうだけど、一見にしかずって言うから油断はできない、しっかち気を引き締めて行こう。
早鐘をふらつ心臓に暗示を掛けつつ細々と体温を教える微弱な震えた手を堪える。
窓からこっそり覗いていたおばあちゃんは玄関前まで移動してきてガラガラと引き戸を開けてくれた。
家にお邪魔するんかい。怖いよ。
「あの、」




