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花盗人  作者: 楠ゆう
1章 二枚舌

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4。来し方行く末

                 

            怕竹雪…中学、放課後。


 「雪ー、明日のテストのことなんだけどさぁここはわかんないどうやるのこれ。私一個もわかんない」


 美香は数学課題のプリント、第三問を指の腹で差して私に教えてと頼んできた。


 「んー?、あぁここはねー、ここの方程式応用しちゃえば簡単にできると思う、ほら」


 「あっほんとだ、ありがとー雪、マジ感謝ぁ、わかんなくなったらまた聞いていい?

ここら辺の基礎とかマジ苦手でさ、まじ理解不能、諦め状態ってやつ」


 「うん!全然いいよ〜、わかる範囲でいいならなんでも答えるから、私も覚えられるし一石二鳥ってやつ」


 「マジ助かるー、雪がいないとやってらんねー、女神ぃ」


 放課後の教室に私と美香は二人で明日のテストに向けての予習をしていた、勉強は嫌いだけど早く勉強を終えて家に早々と帰りたいとは微塵も一切と思わない。今が楽しいし人の役に立ててるって思えるとなんだか優越感に浸れてすごく気持ちがいい。


 だから私は今がすごく嬉しいし心地がいい、私にとっての愉悦で数少ない幸せの一つみたいなものだ。


 「ねー美香ー、美香って社会得意だったよね。ここなんだけどさルソーのやつここイマイチピンと来なくて、まじ困ってるんだけど」


 「あー思想のやつか。恩賜的民権とか回復的民権とかじゃなかった?、多分きっと多分、多分ね」


 シャーペンをクルクル回してつまらなそうに教科書と課題のプリントを見てる、そんな美香に私は適当に答え暫し冷ややかな目を向ける。


 「多分多いよ、ポンコツさん」


 「ちゃうのよ確証がないんよあってるか間違ってるかわかんないんだもん、許してくれ、てか私に聞くより答え見た方が早い気がする、答え用紙は神様同然だよ、ハハッ!」


 私は持っていたシャーペンを机にコテっと置いて、手の平にグーの手をポンと当て合点納得したような口振りをする。


 「確かにそうかも美香やるね、もしかして天才?あったま良い〜」


 「確かにはやめてね。結構心にくるものがある、純情は乙女の心が、、」


 うっ。と心にソコソコのダメージを受けてダウンした美香が面白くって私のツボに入ってしまった。


 「ごめんごめん」

 「笑うな!!」


 腹筋()りそう。笑いながらに過ごすこの時間が好きだ、ちゃんと青春をしてるって感じがする。コンビニとかでの買い食いとか、部活とか大会とかそういうことはできていないけど。そんな大したことない。


 内容を覚えれるかどうかは別としてだけど、まぁ無理なら家でやるだけだし問題ない。


 何気に美香とこうして過ごす日がいつの間にかどんどん増えた様な気がする。最初は席が隣ってだけの一端のクラスメイトの一人でしかなかったのに、いつの間にかこうして一緒に勉強してテストに備えるようになって。


 私が勝手に思ってるだけだけどこれって親友って言ってもいいのかな。


 「あぁ…!だるーーーーい!!!!」


 顔を机に埋め突っ伏している。完全に諦めモードだこれ。わがままなんだよなぁと少々呆れてしまう。


 「諦めるなー、テストいい点とって志野ちゃんたちに自慢するんでしょ、ほら。ほら」


 「なんか、頑張れる言葉、雪。ちょうだい、、、」


 「そんなことしてないで、やるよ。美香」

 「雪の意地悪ー。」


 「はいはい」と私は美香の背中をそっと摩る。私、保護者じゃないんだけどな。


 駄々捏ねた保育園児と瓜二つの美香を他所に、私は机のシャーペンを手に取り、顎に手を当て問題を見つめる。それに見兼ねたのか、突っ伏していた美香が起き上がってきた。だらけた顔をしていたけれど。


 「なんでそこまでして、勉強すんの雪って。夢とかあんの?」 


 「んなのないよ、今苦労しとけば後々楽かなって、私はテキトー生きてくよ」


 「でもこのまんま行けば、良いところ行けんじゃないの、」


 「行けるなら行きたいけどさ、大変そうなんだよね〜、あぁでも行かないと家族に滅多撃ちにされそう、逃げ場ないやんけ!」


 渋々行かなくては居場所がなくなるかもって思うともしかしてやばい家庭だったりすんのかな。考えても仕方がないことに変わりはないかみんな一緒だろうし。


 「まじエリート家庭って感じだね、私には絶対に縁がないよ、遊んで寝ていたいわ」


 「それはそれで、働き口見つからんくなるんじゃね?」


 「そんときゃ助けてね雪」

 「いやだ」

 「ええぇぇぇぇ!!!!」


 そっけなく私は美香を突っぱねる。残念ながら私はお人好しではないのだよ。


 「やっぱ!意地悪じゃん!」


 へへっ。ドヤ顔をして美香の目を見てドンマイと煽りをかます。そして何事もなかったかのように私は目線を課題のプリントへと変えて問題を解いていく。


 カリカリと紙に字を書く、不規則で微妙な音だけが教室に響いてる。結構好きなんだよな、この音。環境音とか虫の声もそうだけど、私は音が好き。特にこんな感じの乾いた音が好き、

なんとなく眠気を誘ってくる感じが不可視げに安心を与えてくれるんだ。


 カーテンが靡いて風を(ちょく)で感じられ、私の髪が生き物のように揺れ動いたりしていて時々目に入る、邪魔で気が散ってしまう。左手で前髪を押さえて、できるだけ怒りを分散させる。


 そんなことを考えてたら美香が私の顔を覗き込んで言う。 


 「そろそろ行くー?」

 「行く?、勉強終わってないよね」


 ニコニコした笑顔で美香へと問いかける。指で机を叩く。


 「違う違う!勉強はしたくないけど!、ほらほれ時間!ほれ見てみーや」


 美香が壁掛けの時計を必死に指で刺して私に教える。そんな怖いか私。もうそんな時間かとハッとして諦めて勉強を終える。


 「そうだねー、時間も時間だし、しょうがない。行こっか」と私は立ち上がり美香がそっと私に吐露してく。


 「てか雪、本当に顔立ちいいよねぇ。綺麗だよなぁ、お人形さんみたいやっぱお母さんとかお父さんていい顔してるんだ」


 美香が私の顔を見てそんなことを言う。何を言っているんだと冗談まじりにその言葉を返すように私も対抗する。


 「いやいや、美香だって可愛いじゃん、昔から顔変わらなくって羨ましいよ。まぁお母さんとかお父さんは確かにいつ見ても綺麗だなとか思うけどさ」


 「私からしたら意外とそれコンプレックスなんだよ、童顔って言われるの結構嫌っちゃ嫌なんよ、いいけどねってかやっぱ美男美女の高スペック家庭か。この裕福めー」


 「ごめんごめん。んーやどこにでも居る普通の家庭よ。あーでもお金は確かに。んー裕福かも」


 「いいよ、別に褒めてくれてるわけだし、責めたりしないよ、どっちみち悪口とは思ってないしありがとね雪」


 笑いながらに美香は私に感謝を伝える、美香は昔からずっと童顔で周りからも可愛い。妹みたいってみんなから親しまれている、一見したら遊ばれてる気がするけど。初めてあった時私も思った。可愛い顔してるなーと、

 満更でも無い感じで美香も喜んでそうだし、そんなことを思いつつ私達は帰るために筆記用具とノート教科書や水筒などを(しま)い、重たい通学鞄を肩に背負い、教室を出てそのまま廊下にて歩く。


 「この後、どっか行く?」


 んー。っと息を吸って上を見ながら私は暫し考える。


 「私はいいかなー、門限とかあるし親に心配かけちゃうから」


 「雪は良い子だねー、私そんなの気にしたことないや」 


 「良い子っていうか、怒られてお互い後悔するぐらいならそっちの方が良いかなー的な、私なりの心得みたいなよくわかんないけど」 


 怖いんだもん怒られるの。時々すごい叩かれちゃうし。早く帰らないと「叩かれちゃうんだ」とかそんなこと平然と言えないから冗談混じりに言葉をはべらかして誤魔化す。


 「でた、頭いい人の考え、私には絶対無理だ諦めよう」


 「何それ」 


 腑抜けた顔と声で答える。一人で遊びに行くのは嫌なのか美香は少々不貞腐れた顔して言う。


 「一人じゃつまらないし。そんじゃあ、私もそのまま帰るか〜、直帰とかマジ久しぶりなんだけどお母さんびっくりして腰抜かすんじゃない。楽しみになってきた、スマホのカメラ用意しよー」


 「何言ってんの心配してあげなさいな、でも今日ぐらいそのまま帰りなね、てか美香金欠って言ってたじゃん。そもそも遊べなくない?」


 昨日か今日かの話で美香が話してた。ゲーセンでお小遣いを全部使い切ったみたいなことを。無邪気でいいなーって思ったり、やっぱりポンコツなんだなとか悟ったり、羨ましいなとか思ったり。何気にゲーセンってやつ

話は聞いた事あるけど、直接行ったことないからどんな場所か気になるんだよね。


 お母さんとかはあんなの行く場所じゃありません不良のたまり場だって行かせてくれないんだよな、隠れて行ってみようかな。バレなきゃ犯罪じゃないってみんな言ってるし良いかも。ふふっ、。


 廊下の窓から橙色の隙影が床を光で照らしてる。その上を私達の陰で覆い進む。ズカズカとその先へ。その先へ。悠々我が者顔で歩みを進めていく。


 何気ない雑談を交わし繰り返しながら歩き行くともう下駄箱の前まで着いてしまった、夢中なると時間というのはあっという間だなと常々思う。ずっと続いてくれたらいいのに、魔法とかないかな。神様〜、魔法とか(まじな)いないんですか。って神様なんている訳ないのに何言ってんだかバカみたい宗教みたいじゃん。アホみたい。…でも何かに縋って敷いて行かないと歩んで行けないから宗教だったりがあるのだろう。逃げ場を作って願う場が何よりも大切なのかもな。何考えてんだろ。


 空。花曇りと似た薄明るい空が留めいている。肌寒いけれど暑いよりはまぁマシだ。にしてももう少し暖かくても良くないか、もう4月だぞ。もう桜も咲いているのに少々うざったらしいと感じてしまう。


「あ。」

「どしたの?」

「んーん、なんでもない」


 昼休みの時の。名前は確か、香だったはず。彼が校門近くのベンチに座って静かに本を読んでいるのが一瞬だけど見えた。案外遠くでもわかりやすいなっと思いつつ、香を横目に下駄箱から出した靴に履き替える。


 話しかけに行こうかなどうしようかなんて考えていたり。迷惑になってしまうだろうか。すると颯爽(さっそう)に美香は走って「またね。!」の言葉を残してとんでもない速さで帰ってしまった。

 「元気だな…」と一言こぼして立ち伏せてしまった。頭をポリポリと掻く。


 一緒に帰ろうと思ったのに、帰ろうと言ってなかった私も悪いけど、流石に察してほしいかったな。美香は私と帰りたくなかったのかな、いや彼女のことだただ突っ走って行ってしまっただけだろうけど、


一人になっちゃったな。まだほんの少し時間があるし………。


 あっそうだ、良い事思いついた、香の邪魔しにいこー。 


 そう思って彼にバレぬよう、向き足差し足でヒソヒソと彼の方に向かっていく。集中してるのか全然気がつく気配が感じられない。すぐバレると思ったのに変なの。ちょっとずつ隠れながら良い具合に間合いを取りつつ回り込みベンチの後ろ側に到着した。


 ただ背後からバッ!と驚かして良いのだけど、それはそれで可哀想だな、泣かれて大事にでもなったら先生に怒られちゃうし普通に話しかけてあげよう。


「なーに、読んでるの」


 そういうと、びっくりしたのか香の肩が一瞬ぴょこっとなった。良い反応だ。嬉しくなってもうそれで私はもう気分が良かった。わざわざ隠れてきた甲斐があったというものだ。


「えーと。誰かと間違えてたりとか。あえ、すいません」


 忘れられてる、マジでか。まじ?。


「雪だよ!忘れた!?一応今日の出来事なんやけど!?辛い!」

「あっ…、」 


 香は間抜けに声を発した、どうやら思い出してくれたみたいだ。忘れられていたマジ悲しい。そんなに影薄いものなのかな、私、まいいか。


「怕竹さん、」


「さん付けだし、苗字。壁感じる」


「仮にも、会ったの今日ですよ。馴れ馴れしいじゃないですか」


「しかも敬語か!?」 


 とてつもなく大きな壁を感じる、というか、避けられてる感じってか怖がられてるしてすごいむずむずする。


「別にいいけどさ、で、何読んでるの?」

「わかります?」

「バカにしてる?」

「してません」


 どことなく馬鹿にされてるかがするんだけど何だろう、確かに本あんまり読まないよ、読まないけどなんか腹立つ。頭いいアピールかな?自分は他の人とは違う的な?特に香が悪げなく言っていそうなのが一番心にくる。美香の気持ちがなんとなく理解できた気がする。


 とほほ……。


「一応、これでももう、二年生なんですけど」

「え、」

「は、?」


 五秒だろうか十秒だろうか。時間が止まったふうに辺りが静かになった。それでも周りの人たちは何も知らん顔で歩き続けている。思われてなかったのか。と怒りを飛び越えてがっかりして次第に辛くなってきた。大人としての風格が私にはないのか。悲しい。


 どこがそんなに子供っぽいのかな、やっぱり胸か。身長もそこそこだしと内心すごく悲しんでいると香が一言。


「先輩だったんですか」


「先輩………ん?ってことは一年生ってこと?マジ?」


「はい」

「後輩だったか、」


 確かに、同級生なら少しぐらいは見たことあるかと妙な納得をしてしまう。歳下だったのか。そっかそっか。つまりは風格とかそこらで子供に見られているわけではないってことか、いや反応を見ると思われてるかも。


「隣座っていい?」  


 私は香の隣へと座り、通学鞄を膝の上へと移動させた。


「良いですけど」


 香の手に持って読んでる本をじっと見つめてから表紙を見る。 


「メメント・モリ?なにこれ初めて見る本だ、もしかして流行ってるの?面白い?どんな話?、感動系?」


「流行ってるっていうか、父が買ってくれたもなんで。僕的には好きな内容でしたね。どう説明したらいいかわかんないんですけど、共感できることが多々あって面白かったです。あと一気に喋り過ぎです情報過多で頭がバグります」 


「お父さん?」


 私は訳もわからずに香に聞く。


「はい。これ形見みたいなものだから、離したくなくて、それに安心するんでこれが近くにあると」

「そっか、大事なものなんだね」


 数秒固まってしまった。どう反すのが正解だったのだろう。踏み込んだ質問は嫌だろうし。んー………。形見かー、そう言った類の物は持った事ないな、切ないだろうから持つ物ではないだろうけど。見かけに寄らないんだなと思う、案外クールそうな人でも、大事にするんだなそういう物、すんなり乗り越えてしまう物なのかと許容していたけど。意外でならない。


 「大事な人?」と聞こうとしたのだけど家族なんだからそりゃ大切な人で間違いないんだろう、そうに決まっているさ。私は、まぁ。そりゃ大事だけど。”形見”ってことは。もうこの世にはいないってことなんだろう。


「友達とかと帰ったりしないの?てか、待ち合わせだったりする?」


「いや、一人ですよ、友達と呼べそうな人も今のところ一人しかいないですね、てかその話、昼休みにもしませんでした?」


「あ、そっか。て事はぼっちか」

「やめてください。その言い方」

「ごめんごめん、気に障っちゃった?」

「いえ、そんなことは」

「てか、敬語ー、やだー、タメ語でいいよー、辛いでしょ」


「そんなことは、一応。先輩なんですから敬語の方がいいでしょ」


「何、その一応って」

「他意はないです」


「それじゃあさー私で練習してみよ、ほら敬語なしで、喋ってみよ、お願い!一生のお願い!お願い!」


 私は手を合わせ、香に深くお願いをする。気になってしまったらどうしてもずっと気にしてしまうタチなもので、敬語を使われると、突っかかりたくなってしまう。


「そんなんで一生のお願い使わないでください、もっといい事に使ったらいいじゃないですか」


「お願い!」


 険しい顔をしている。必死に悩んでいる証拠だろう、これはきっと押しに弱い余裕なタイプだ、もう一押し!と何かしら言葉を口にしようとしたら先に香が話し出してしまった。 


「わかりました」


「あ、え。あら、そう」


 あっけなく承諾されてしまった。攻め甲斐がないなと少々残念だ。まぁでもこれで敬語じゃなくなるんだ、楽喜しておくとしよう。

なんにせよ結果オーライと言える。でもこれって後輩いびりみたいになったりするんだろうか、いじめとして判定受けたらこれ怒られるんじゃね?と、嫌な想像をしてしまう。もしかしてやらかしたのかな。


「じゃあー、怕竹さんは…大丈夫なんですか、、その家に帰らないの?結構時間経ってそうだけど、親とかに怒られない?、ですか。ね、」


「え、まじ?」


「はいほら」っと香は校舎側にある時計を勢い良くも気怠そうに指差した。その方向を私も勢いよく振り向いてから心臓が大きく跳ね打ち、焦り茫然と急足になる。門限は十八時、今は十七時半を差している。


「やっば、ごめん!帰るね、、またね!」


 怒られる、急いで帰らないと。また、叩かれてしまうかもしれない。良いことがあったと思ったらすぐこれだ。幸い幸福なことに家はそう遠くはない、全力で走ればなんとかつける距離だ。全速力で道を走るとやかくと考えず無心に空っぽで。


 風が冷たいけどそんなの気にしてたらどうにかなってしまう。気にしたら負けだ。だんだん体が火照り額や頬から汗をかき始めてゆく、でもすぐに汗は冷えていく。風が冷やしてくれるからだ。それだけは有難いものである。


 一直線に田圃道を駆けてく、躊躇なく地面を蹴り倒し持ち得る力全てを振り絞って、細胞の一つ一つに酸素をおくり体温がせめぎ合い(いつく)しんでる。


 体内時間二十分ほど走ってようやく家に着く。今の時間は。時計がないから賭けだ。怒られて叩かれるか、なんとか耐えれるか。


 田圃道を急いで走り続けた。小柄の少女が一人前を向いて。重たい通学鞄がデバフとなって体力が根こそぎ吸い取られて疲れが目に見えてくる。


 酸欠だ。立ちくらみがすごい。汗で制服が濡れていないかがいちばんの心配要素だがもう着いたのでいい。


 はあはあ、と切らした息を押さえつつ玄関の前に立つ。息をいつも通りに整えてフッと肩を撫で下ろす、ゆっくり扉を開ける。


 ガチャっと重たい音と共に玄関の中へ進んでく。


 「ただいま」とそれだけ言い放った。


 する奥の台所からお母さんが濡れた手を拭きながらそっと出てきた。


 「遅かったわね、門限ギリギリよこんな時間まで、雪。何してたの」


 明らかに不機嫌そうな目つきで私を見ている。身長も威圧感も当然母の方が高いし強い。だから上から私を見下ろしてる、見下したかのように小さい怯えた動物が狩人が獲物を狩るかの如く。


 「ごめんなさい、えっとね、あの、美香と明日のテストの予習してて、ずっと学校にいて嘘ついてないよ、ノート見たらすぐ分かるだから」


 私が言い切る前に母が割って話をし出す。一方的に私の声なんて透けているんだろう。鯨が小魚を飲み込む時みたく、ただ吸い込んでなんの味も感触も風味も感じる事なく、食すのと一緒。


 お母さんの口元が動く。


 「言ったわよね、何度も。何度も。勉強は家でしなさいと家で勉強しないと身につかないの。その時間を確保するために部活だってやらせてあげていないのよ、第一に貴女は学生なの、学生の本文は勉強っていつも言ってるよね?

どれだけ私達があなたのこと思ってると思っているの。ねぇ雪。

私の目を見なさい、話を聞きなさい、逸らさないで」


 「そうだよね、ごめんなさい」


 「私はあなたのために言ってるの雪、あなたが変な人と連んだり何もかも疎かにしないようにそうしてあげているの、将来のこともしっかりと考えてるの?こんなことして、こんなに心配させて何がしたいの、いつからそんな子になってしまったの?」


 「はい、」


 始まった、こうなるとお母さんの話は長い。こういう時は決まって「うんっ」と返すしか道は無い、それ以外は禁句、平手で叩かれてしまうから、罵詈雑言が飛んで来てしまうから。


 だけどきっとお母さんが正しい、私はいけない子で、だから言うことは聞かないといけないし期待に応えないといけない。だから頑張らないといけないんだ。いい子にならないと。


 頑張らないと、みんな褒めてくれないから、精一杯やって、泣くまでやって、壊れそうな程までやって。それでもみんなにはへっちゃらって嘘をついて、頑張ったって。褒めてよ、って言わないから、言えないから。


 嘘をついてしまうから、みんな褒めてくれない。だから私は悪い子で期待に堪えられるいい子じゃないから。


 「で、何をしてたの」


 「えっ」っと言葉が。やばい話聞いていな……。


 パシンっと甲高い音が玄関の内側に響いた。

 突然頬がジーンと熱くなった、痛かった。数秒時間が経って理解した、叩かれた。ビンタされてしまった。


 「聞いていなかったの、お母さんの話」


 「いや、その」


 喉で声が突っかかってしまう。喉の奥、顎の下で声が止まる。頭がパーになって何を話そうとしたのかどこかへ沈んでしまっていった。怖い。


 「聞いてなかったのって聞いてるの!」

 「ごめんなさい、」


 これは。

 今日のご飯はないなと心身共に確信し理解した、こう叩かれると決まってご飯は出てこない、お仕置きだって。どうしたものか、給食、もっと食べておけば良かったな。走って帰ってきたしお腹空いちゃったんだけどな。


「とりあえず上がりなさい」

「はい」


 今日。機嫌いいのかな、いつもなら三十分はベランダに出されて放置されるのに。寒かったからそれだけでも良かった。お母さんありがとうだ。早く明日にならないかな、学校に行きたい。美香と話たいな、香とも、最後急に帰っちゃったし申し訳なかったな、明日会えたら謝りたい。


「とりあえず、お風呂、早く入ってきなさい。」

「わかりました。」

 

 お風呂に浸かっている、暖かいポカポカの湯が包み込んでくれている、


 「あったかい」


 ほっ、と今日の疲れを落とし洗い流す。お湯の中だから身体が軽い。いい匂い、もうずっとここがいい。出たくねぇ、お風呂出たら髪を乾かしてスキンケアして、毎日毎日めんどくさいったらありゃしない、かと言ってそれをサボれば肌荒れはするし髪は痛むし。


 後々の事はもう後でいいや。今は疲れを癒すことに集中しよ。


 お母さんに聞こえないように鼻歌をちょこっと歌う。テレビで流れていたコスモスというアーティストの歌だ。フルで聴いたことはないから一部しかわからないけれど、その一部が印象に残っているのでそこだけ永遠に歌っている。


 大人ってみんなあんな感じなんかな。自由っていつから手に入るのだろう。私は私の人生の主導権を誰かに握られたままこの先を終えてしまうのだろうか。 

 「夢って。なんなんだろ。」


 美香の言葉をふと思い出す。


 夢、私の夢。なんだろ。衣食住がはっきりしていて毎日美味しいご飯が食べられればそれだけでいいんだけど。 


やっぱりなにかしら夢の一つぐらいはあった方がいいのだろうか。


 ただの会社員然り、看護師然り、警察官然り。


 大きな願いや希望は原動力と賜物だ。生き甲斐…。私とは縁がないな。生きていればいつかわかるのかな生き甲斐いとか夢って。


 「やっぱ。わかんないや」


 しばらく時間が経ち自室に移動した。時間は今は十九時を過ぎた辺りでとりあえず、予習して時間潰そ。世の中学生たちはスマホをもう私物として持っているらしい、美香もそれで時間を潰してるって言ってた、見たことはいるけど触ったことはない、どんな中身をしてるんだろうと気にはなるが実物を私は持っていないので、暫し諦めている。ネットってどうやって繋いだりそれでどうやって遊ぶんだろう。馬鹿みたいに薄っぺらい板でどう操作するんだろうか。


「あんな薄いの、どうやって動いてるんだろう」


 そんなことを脳で描きながらペンを動かす、課題はすでに終わってるから、今はノートに問題を書き写している。終わってしまった課題をもう一度復習するために。美香、しっかり課題終わらせたんだろうか。


「空、、、月綺麗」


 窓越しからうっすら空を見上げる。


 そこには動く雲の中に三日月がぽつりとその周りにザラメみたいに小さは星達が立ち上っている。大きなフロアの様に美しく輝いてる。安心する光にうっとりとしてしまう。あの光が今夜もこの世を照らしてくれている。場所を(あら)わにするために。皆を寝かせないがために。


 昔は月になんか簡単に行けるものだと勘違いしてた、簡単に手を伸ばしたらすぐに届きそうな距離で、それでもなんでか全然届かなくって、ただ空を手でなぞるだけ。空気を、、私は現実を知った。それだけ。


 鳥になって世界を見たかった、魚にも動物にも、欲を言えば猫になりたい。自由に、世界を旅回って見たかった。可愛がられて幸せにいたい。時々人に甘えて寂しさを分かち合えるようなものになりたい。


 人は、あんまりなりたくなかった。嫌って訳じゃない、ただ、狭いなって感じてしまう。自然が厳しいのはもちろん知ってる承知の上、でもこっちだってそれなりに厳しいんじゃないかな。敷かれた線路の上をただひたすら歩いて、みんなを同じようにひたすら教育されて、社会に出たらもうバイバイで放置。


 そんなの想像したら「大人」になんかなりたくないよね。それで線路からはみ出てしまったら、異端児扱いして除け者にされる。法律や規律が私達を守ってくれるのはしっかりと十分理解してる、何だけど。やっぱり窮屈だ。


 そしてそっと。香のことを思い出した。


 ………。「もしかして、香って。」


 今日会ったばかりだけど、お父さんの形見とか、友達が一人しかいないとか。木村のやつとかが確か言ってた様な気がする。


 人殺しの息子がどうとか、それって、香だったりするんだろうか。考えすぎ?、だとしても状況証拠から見ても確実な気がする、間違いだったらそれでいいが。にしても、どうしたものか


 気にはなるけどこんなこと本人に言えないよね、傷口抉っちゃいそう。それはさすがにしたくないな。


 でももしそうならなんか可哀想。香が何かしたのかな。きっと何もしてないのに。


 「雪、ちょっと」


 扉の向こうからお父さんが呼んでる。


見てくれてありがとうございます。お世話になってまう、楠ゆうです、

沢山の方が読んでくれて、幸せです、今の心のうちを出すとしたら。後悔の何一つもない状態、快晴の海で寝転がっている感覚に近いですね。

感想だったり、意見。応援が欲しいという訳ではないのですが、結局はそれに縋ってどんな楽しみにしてくれてるのだろうと励みになっているんです。

不順なのはわかっているんです、創作はもはや自己満足の領域で。僕自身が結末をこの手で決められる。

だからこそ、僕はあなた方に縋ってしまっているのかもしれません。

本当に。何度も言ってしまう、心からの感謝を。読者の方々が幸せを享受できること。心から願っています。

生きていてほしいと願う人、大事にしてあげてください。

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― 新着の感想 ―
ザラメって表現好きです。 結局ちょっとでも関わっていたら、死んでほしくないのかなって……。誰に死んでほしくないのかどうか、分からないです。
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