3。銀華。風花に触れる
「あれ、もしかして定員オーバー?」
「は、?」と咄嗟に言葉が漏れ出ていた。
僕はそれに気がつくこともなく呆気に取られ尽くしてしまう。誰かの聞いたこともない得体の知れない声が「ありゃりゃ」と残念めいた音と同時に耳へと伝わってきた。これがもし公民館の人とか学校の関係者だったとしたら通報されるかもしれない。と思い急いで声の方向に顔を向ける。
するとまた意味もわからず「は?」と声が僕の意思とは無関係に溢れてきた。
眉間に皺を寄せて僕はその誰かをじっと凝視する。それは関係者の様な見た目ではなく全くそれでいて僕の予想もしていなかった者だった。
公民館の隅からひょっこりと髪の長い女の子も僕を見つめていて、ふと目が合ってしまった。
どうゆう訳か同じ制服を身に付けている。つまりは同じ学校と言う事。どう言う物腰でどう言う文言でこんなとこに来たのか。直感で僕は理解した。
要するに詰みなのではと妙に頭が冴えて、それから一気に急降下する様に頭が重力を忘れてふらついて思考が巡り巡っては追いつかず標的が定まらなくなって身体が強張り、恐怖を覚えてしまう。
この焦りはきっと身体にも顔にも出て現れてしまっているのだろう。
僕は余程も平然を保つことができないで、もはや今。何にそこまで動揺しているのかが分からなくなって何にそこまでビビり散らかして焦っているんだろうと珍妙に頭の中では何かが僕を揺さぶってくる。ノイズがグラグラと吹き上がってくる。
狐に摘まれた気分で泡を吹いて倒れてしまいそうだ、なんならいっそ倒れてしまいたい。
………なんで。バレた?。どうして。怒られる。地獄だ。また居場所がなくなっちゃう。。帰りたい、逃げたい、助けて、嫌だ、見ないで、来ないで、観ないで、嫌だ、怖い。
渦を巻いてとやかく惨めに頭が泣いてる。今できることを精一杯考え言い訳を頭に帰着させようとする全力で。
そんな慌てふためいてた、行き先の知らない産まれたての子犬にみえてしまいそうな僕を見てか目の前にいる誰かは僕に優しい声で話しかけてきた。
「えーと、そんな怖がんなくてもさ、えーと、どうしよ、そう!、私も抜け出してきてるんだよ!同類!君と一緒だよ!一緒!だから心配しないで大丈夫、別にこの場所を奪ったりしようとかチクったりしようとかそんなこと一ミリも思ってないし考えてないから、だからさ。ね!ほら大丈夫!」
近づいてくる女の子を見て僕は即座に立ち上がり目の前の女の子が歩く速度と同じぐらいの速さで後ろへ遠のく。咄嗟に身体が動いた。動けと命令したわけじゃないけれど本能が動いてくれと命じたのか反射したように素早く移動した。
遠のく僕を見て女の子は少し残念そうに「んえぇ」と、そして訝しんだ目を向けて僕を慰めまじりの眼差しを向けながらにガッカリげに言い放った。
「ウッソ、私ってそんな怖がられてるの、結構病むよこれ、んーほら〜。怖くないよー、敵意なんて無いよほら〜平気平気」
猫撫で声で僕を逆撫でせぬよう語りかける。手をそっと前に差し出して敵意はないよ安心していいよ仲良くしようねと云わずもがなこちらを覗いてる。 誰だって立ち退いてしまうに違いない。
自分だけの場、自分だけしか知らないはずの場所に急に見ず知らずのどこで産まれたかも知らない奴が急に突然現れたら、そりゃあびっくりもするものだ。大抵の場合はそう。
少々息が荒く浅くなっているのがわかる、勇気を押し出してぎゅっと本を持っていない手で制服を握りしめじっと女の子を見つつ警戒心を持ちながら質問する。
「誰、ですか。あなた」
背中側に回した本をそっと撫でる。落ち着くためにずっと撫でる。
けれども心臓のバクバクは治らないし止まらない、むしろ先までよりもうるさくなったみたいに感じる。一向に穏やかにならない騒めきをどうにか鎮めたいけれども銅鑼が鳴り止まない。早くにでも諦めて止まっていただきたい。だけどその方法はわからないし思い付かない。そもそもとして知らないんだ。
心臓の中で誰かが叫んでいるみたいだ。
如何せん誰からも教えてもらってないので。教わっていない事は分かりようが無い。
「そっか、えっとね、名前、私の名前は雪。怕竹雪。別にその怖がらせようとしたんじゃないからね、ほんとに安心して、大丈夫だからね」
「なんでこんな場所にいるんですか。わざわざ学校から抜け出してまで、なんでこんなとこにまで。答えて下さい」
気の抜けた弱々しい声で腰の抜かしそうな朧げな表情で問う。きっと相手からはそんな不審な顔して何を腑抜けたことを言っているんだこいつは、とでも思っているに違いない。
深く深呼吸をして崩れそうな芯をどうにかして崖っぷちで保つ。下唇を噛んでその場に喰らいつく。
「私だってココ。たまにだけど使うんだよ、ほらー学校ってどうもうるさいんだもん。ガヤガヤしてるところって私嫌いなんだ集中したい時とか脳みそ空っぽにしたい時とか使ってるんだよ、
別に態々叱りにここまで来る人いないでしょ、どんだけ暇なんよそいつ。めんどくさって感じっしょ」
そういう雪と名乗る子はさっき僕のいた場所まで行き、堂々と当たり前のように座り始めた。
「別に一人用ってわけでもないでしょ、そこそこ人いたほうが楽しいしさ〜。座る?ほらここ隣空いてるよ?」
自分の隣を指差して僕に問いかける。首を傾げて「来ないの?」と言わんばかりにこちらを眺めている。長い髪が翻り靡いて優しく心地のいい匂いが鼻をゆっくりと掠めてきた。
白く透き通った肌。綺麗な二重。、着こなされた制服。どれを取っても遜色がないほどに怕竹と名乗る子は綺麗で透明感のある肌は透けてしまいそうなほどに病的なまでに白い。日光をどれだけ浴びなければこれだけ白くなれるのだろうか。
だけど僕を見ている黒い目はやっぱり怖い。何を考えているのか何を見ているのか何を思っているのか、
何に至ってそれを観ているのかわからない。心のうちが全くとして読み取れないからこそ恐ろしいという気持ちが淀み募ってしまう。
容易に見れるのならそれで構わないのだが、僕の中身も容易に見られるとするのなら少々気持ちが悪いと思ってしまう。自分だけ特別と言うにはいけないものか。
「ここで良い」
僕は僕のすぐそばの地面を指差して、そこへまた胡座をかいて座る。
地面の砂を指の腹でなぞり、ざらざらした感覚を意味もなく楽しむ。冷たい地面は寧静を唱え萌芽を告げている。
どこを写しても霞初のようで、そこには見えないけれど何故だか感覚的に感覚的に理解してしまう。
”溝”があった。壁というかなんというか、入り込んではいけないんだろうなっていう絶対的な領域がそこにはある。触れちゃいけないんだろう、きっとそうだ。違いない。
僕の好奇心は少なくとも働き動いているはいるもので触れてみたいと一瞬思った。どこまでなら許されて相手のその、気持ちの許了を貶さずに進めるのだろう。そんな勇気ないけど。
数秒の沈黙が流れた。それを破ったのは怕竹さんの方だった。
「ねぇ、聞いていい?嫌なら言わなくて良いんだけどさ」
「なんですか。」
疑問を問うてきた。どんな質問が来るんだろう。思って居たより腰は低いのだなと感じてしまった。恐喝というと聞こえが悪いが、強い物腰で聞いてくるものかと推測してたので拍子抜けである。
「なんでさ。こんな所いるの、今日たまたま居たって訳じゃないんでしょ、学校を抜け出してまでそんな嫌なの?学校にいるの。いじめられてたり、とかさ。あるの?嫌なら言わなくていいんだけど」
問いに答えるべきだろうか、答えた場合って同情を求めているふうに聞こえてしまうのではと考えを抓ってしまう。どうか僕を慰めて下さい、寂しいんですと言っているもんなんじゃないかな。だから僕は問いに問いをかさね合わせて質問することにした。
「あなたこそ、なんでこんなとこにいるんですか、僕は誰もいないからここにいるのに居ると分かるなら来たりなんかしませんよ、こんな寒い中外いる事も仕方なく億劫なのに」
「一人になりたい時って誰にでもあるでしょ、そんな時ここ使ってんの、最近はあんまり来てなかったけど、いつの間にかここ見つかっててびっくりしたよ。案外同じ考えの人って近くに居るもんなんだね、世界狭ーって感じ」
「そうですか、」とぶっきらぼうに答える。こんなにも元気な一人を嫌いそうな子に見えるのにそういう時があるのか。
「何その無愛想な感じー、やだなー、折角なら仲良くしようよ、私は名前教えてあげたんだよ?今度は君だよー、なんて言うの?わたしだけ知らないのは不釣り合いだよ〜。あんたの名前なんて言うのさ」
「聞いたって意味ないでしょ、これからずっと関わるって保証もないのに、それに名前に関しては自分から答えていたじゃないですか、僕のせいじゃない」
「それはそうだけどさー、、そんな事言ったら、大体みんなそれに当てはまるでしょーが、私は教えたよ、雪、あんたはー。」
圧に気圧される、なんともまぁそこまで言葉がすぐにポンポン出てくるものだ、答えなかったら答えないで何度も聞いてくるタイプだこれ。
「第一に、得体の知れない人に名前は教えたくないです」
「冷たい!」
冷たいと言われても。教えたくないものは教えたくないんだ。諦めていただきたい。
「寒いっすもんね」
「冗談は言えるんだね」
どうしたものか。答えるべきか、名前。悩む。、あの事件が知られていたら、名前が知られて居たら。きっと、どこかへ行ってしまう。別に初対面だし。失うものも悲しくなることもないけど。だからと言っていい気はしない。
「どうしたら信用してくれる?」
「無理ですね」
「えぇ〜」
ジトッとした目で僕をみる。距離感のある公民館の裏で、全く違う人間の二人が肌寒い中座ってる。
「香……です」
聞こえたのだろうか。かなり小さな声だった気がする。聞こえたのだろうか、耳に入って居ないならそれでいい。引かれている様子はない、父の件は知らないみたいで安堵を並べた。
「コウ?」
「香です」
聞こえていた。複雑だな。
「上は?なんていうの」
「久梨原、香」
「よし!香、よろしくね!」
早速名前呼びかと少しびっくりした。この子ほんとに一人になりたい時とかあるんだろうか。全くそんな風には見えない。別の次元にでもいるのかな。安定に元気な声が響く、誰もいないから尚更クリアにその声が聞こえて、それとは対照的に僕は暗くいつも通りに挨拶をする。
「よろしくお願いします」
お互いに挨拶と名前の交差を交わした。
「香ってさ、いつもここにいるの?もしかして毎日居たりする?」
「いますよ、大体雨でもここにいます、台風とかでもここいるんじゃないですかね」
「ふーん」と息を漏らしつつ、身体をゆらゆらと揺らしている。つまんなそうだ、退屈なのかな。
「それ風邪ひかない?」
「ひかないですね、身体はまぁ、強い方だって思ってるんで、動きは鈍いけど。」
「そっかー、いいなー。私なら一発で風邪ひく気がする、っていうか毎日て、友達とかは居ないの?。やっぱ人間関係だるい感じ?」
「居ないって言ったら嘘だけど。話してくれる人は一人ぐらいしかいないです。風邪を引きそうって感じにはあんまり、そんなふうに見えませんけどね。めちゃくちゃ元気そうなのにね」
「意外と雑魚よ私、ガチ免疫雑魚いもんほんとに。元気と体調はまた別よ」
「そうなんですね」
会話は詰まる事なく進められている。雄介と何となく似ているな、気が使えるタイプなんだろうか。よく喋るのに大事なところは避けて踏み込んできたりはしない、かなり頭のいい人だ。と話してると少し冷ややかな目で怕竹さんが僕を見て言う。
「暗いね」
いつも通りに話していたつもりなんだけど、やっぱり暗く聞こえてしまう物なのか。というかいつも暗いのか。
以前親戚での集まりでもそれを言われた事がある。名前もあんまり知らない頑固そうなおじさんから、「お前は暗い、もっと明るくおれ」と言われた。
どこが暗いか言われてないから何処を直したらいいかさっぱりだけど。見当はどことなくついてるけど。
「そうですかね」
「そうだよ」
「何処ら辺が暗いかわかります?」
「わかんない、」
「即答ですね」
やっぱりわかんないと帰ってくるか。少々悲しくもしょうがないなと諦めてたら怕竹さんはそっと喋り出す。
「あ。そうそう、敬語とさん付け、あと少し声のトーンが低い!それに、えーと、言うことが単調なんとなくだけど」
「そうですかね」
「そうだよ、今のもそうだし、同じ返事をし過ぎ!って私は思った、それが悪いわけじゃないんだけどね、
それも個性だしさ、それ自体は尊重するよ生き方とか強制されても楽しくないもんね」
「直そうとは時々思うんですけどね、敬語とかやっぱり癖で直すにも時間がすごいかかりそうです。タメ口とかいやな人たまにいるじゃないですか」
「まぁゆっくりでも良いんじゃない?あんたの反応見てると困ることではなさそうだしさ、そんな急いでセッパ詰めるもんじゃないよ」
「それもそうですね」
優しいんだな。肝心な本質はわかんないけど、そういう人ほど、疲れやすかったりするのかな。
「怕竹さん、ですよね。なんで……。、いや、なんでもないです」
やめた。野暮だと思ったからだ。
「くっそ気になるんだけど。何。え?、なに?」
「なんでもないです」
「えー!?クソ気になるんだけど」
「あはは」と受け流して無かったことにしようとするが、だんだんと言っていることがわからなくなっている、視界もモヤがかかったみたいに掠れて潰れていく、身体の感覚もなかったものみたいに軽く薄くなってく、水になったみたい。雲かな。何だろう。
あれ。僕は今、何を話しているんだっけ、何を答えようとして、
あれ。誰と今いるんだっけ。確か。誰だっけ。僕って誰で。なんだっけ。
あれ。あれはキミは。空が落ちてくる。
「っ、、」
久梨原香…現在。自宅
目が覚めてしまった。
いつもの天井だ。変わり映えのしない、いつも通りの天井。頬が少しヒリヒリして痒みを覚え目の下を爪で掻き、暗い窓越しの空を見渡す。
すっかり真っ暗だ。どれだけ寝てしまっていたのだろうか。スマホを見ると時間は二十時を過ぎていた、1日を睡眠で潰してしまったと後悔の念が押し押せてくる。
「折角の休日だったのに。やらかしたな」
時間の使い方を完全に間違えた。やや最悪の気分で寝過ぎたために少し頭が痛い。鈍痛でクラクラする。
参ったな。
ぼーっとする。なんの夢を、、、見てたんだっけか。うまく内容が思い出せない……中学の頃の夢だったはずなんだけど。
「寒。」
部屋全体が冷気で満たされている、冷房効きすぎだな、風邪ひきそう。
とりあえずシャワー浴びてだ、それから色々やってこう。ご飯は昨日でヨーグルト無くなったし、カップ麺はもう久しぶりに出前でも取るか。
悩む。八木さんからの仕送りに手を出すか、流石に早すぎるかな。どうしようか、確か乾麺だったりが入っていたような気もするし。
「めんどくさいなぁ」
考えることがもうめんどくさい、だるい。とりあえず何にもしたくない。
涼しいよりも寒いが勝つはずなのに、脂汗をかいている。嫌なものでも見たみたいでしょうがない。
ソワソワする。
スマホを手に取り、のっぺりと立ち上がってバスルームへと向かう。
微々な足取りでナメクジのようなきもい速度で、生乾きのタオルを手に取って洗濯機の上に置き、服を脱いで適当に捨ててそのまま浴室に入る。
そのまま浴室の壁を見て身体が固まる。
何だか知り得ない感情が芯の方から漏れ出てく。懐かしさとでも伝えればいいのだろうか。はたまた愛執か鍾愛か何か。頭がさらに痛む、ドクドクと身体を啄んで狂わしてく、それを忘れるためにシャワーをつける。
流したばかりのとてつもなく冷えたシャワーを浴びる、そもそもとして身体が冷えきっているからかそこまでの抵抗は感じない、けれども人には限度というものがある。
震えて手が悴む。唇が戦慄く。熱を求めてガタガタと揺れて暖かさを求め探している。
この感じ。あの日みたいだ。
八木さんと初めて会った時。空から雨がどこまでも降り注いでてその後に確か雪が降り始めた。ふふっと懐かしさで笑みが出てくる。あの時八木さんが僕を見つけてくれなかったら僕はどうなっていたのだろうか。ボロボロで泥まみれで汚れの僕はきっと何処かでのたれ死んでいたのだろうか、それとも餓死かな。いずれにせよ心地のいい結末は来てくれなかっただろう。ほんとに感謝でしかない。
ほんと。好きなように人生を謳歌していた気もする。好きな時間に起きて、好きなだけ寝て、好きなように物を盗んでは食べて。吐いて。
次第に冷たかったシャワーは温かみを施して身体を包んでいく、暖かい。心地がいいポカポカさが包んでくれる。悴んだ手は奥から熱くなって僕を満たす。肌より下が火傷をしたような感覚だろうか。これが極度にまで広がると確かヒートショックを起こしてしまうんだっけ。
理由はそこまで知らないけど、最悪死んでしまうらしい。限界まで冷えた身体、若しくは限界まで熱くなった身体へ一気に身体の体温を変化させるととんでもないことになってしまうってこの前ネットで見つけた。
身近にも死は隣り合わせに存在しているのだなと再認識されよくわからない感覚を覚える。
簡単に言えば今の感覚と何処となく近いのかもな。と妙に面白おかしくなって頬が少々上がっていた。
そっか、思い出した。
「あ。あれか、中一の頃の雪と雄介。懐かしい、写真を見たからかもな、最近はあんまり見て来なかったし、久々に顔を見た、元気かな、雄介。それとみんな」
みんな?みんなって誰だ。僕の脳には雪と雄介しかいないというのに。
ふと鏡を見て思い知る。老けたな………。と言ってもまだ十八だ。皺以前より少し増えた気がする、隈も、、最近よく寝れてなかったせいかな、肩幅も少し増えた。
こうマジマジと見てしまうと随分と大人に変わってしまったように思える。手も足も背中も大きくなった。謝りたいな。あの頃の自分に。
筋肉はそこそこに骨格は大きくなる。少し嬉しいような寂しいような。子供のままが良かったって思ったり、大人になりたいなって思ったり。
しっかし自分勝手のないものねだりで飽き飽きする。
「明日からまた平日だし、電車、バス。だるいな」
ずっとだらけて休んでいたい、なんで休みってこんなに早く無くなってしまうんだ、てか今日なんもしてないし。
ふと浴槽の方に目をやる。
浴槽には水が溜まってる、昨晩お湯を抜き忘れてしまったようでもうとっくに熱は引いてお湯ではなくただの水になった後だ。それに気がついて浴槽の栓を勢い良く抜っこぬくと渦を巻いて水が排水口にへと吸い込まれていく、うずまきの勢いは収まることを知らない様に勢いに乗ってさらに大きく肥大化する。
何処まで膨れ上がってしまうのかと期待を持つのだがそれもすぐに収まってしまった。水が無くなり渦が死んだ。一見強かったはずの渦は水があったから強くあれたのである、水が少なくなれば渦も鎮まる。
共存してるみたいなものなんだ、どちらかが居なくなって仕舞えばもう片方も次第に崩れて壊れ崩壊して粉々になってく、共存性って綺麗で切なくて苦しくて辛いなんていい言葉なんだろうか。「ふふっ」とまた笑って彼のことを考える。面影しか脳裏に映らないけどハッキリとどこか鮮明に覚えてる。
今。雄介、、何してるんだろう。
もう十八。大学に行くのかな、いや就職かもな。どうなっているんだろう、大人になった姿気になるな、あの陽気な青年がどこまで成長しているのだろう。落ち着いてイケメンにでもなっているんだろう。きっと。
耳に艶なく降り注いでくるシャワーの音に心を傾けて僕はシャワーで濡れた手の平を見る。
僕は。何してんだろ………。
あの頃を特別だと思うこと。それはただの未練でしかない。あの頃が恋しくて今でも芯の底で宝石みたいに輝いていて忘れてしまいたくって。
でも結論を言えば大切だから忘れられないし忘れたくない宝物みたいな扱いをどこかでしていて。そのくせ、嫌になればすぐに投げ出したいって蓋して放り出そうとする。そんな自分が嫌で嫌で仕方がないんだと。
でも実際はどちらでも無い。好きでもないけど。嫌いって嘘を吐き続けるんだ。でもそれでいいんだと思う。
雪がいないんだ、好きも嫌いもあるもんか。そう考え至ってしまうといつも自分を傷つけようとする、その度に八木さんに叱られる「自分の体を大事にしなさい」って、何度も叱られた。
自分を傷付けると言っても肉体的物理的に痛めつけるものじゃない。精神的にくる攻撃というか要は自滅してるだけだ。
というか、「嘘」ってどこからが嘘の範疇になるんだろう。
なんで。
どうして嘘はいけないこととして認識されているんだろか。人が傷ついてしまうから?でも人が喜ぶ嘘もこの世にはある、存在しているんだ。であるのに悪であると差別されていく。
それならばどうして逃げ道は嘘でしか作れないんだろう、狂言と虚言を並べてはお粗末に誰にでも嘘を吐く。「これは本当だ、嘘の何一つない真実だ」って言葉も本当ではないかもしれない、内は自分しか知らないから。どう信じても信用は感じ得ることが難儀で。
さながら二枚舌とでもいうのか。
だからと言ってそう訝しんで人と接するのは違うのかもしれないと何度も悟り唱えた。信じれないなら拘るのは辞めるべきなのだ。それでも関わらないと生きていけないから関わる。息絶えてしまうから。
好き嫌いは嘘の層。二枚舌。人を喜ばせる嘘と苦しませる嘘。きっと僕はその後者しか選択できないんだろう。もうその道に来て歩んでしまってるから。後戻りなどとうの昔にできなくなってるから。
「こんな筈じゃなかったんだけどなー」
だからこそ、嘘を本音で本質で包んで埋めれるように歩み進むしかない。
道がないなら作ればいいと自分の人生なんだから自由でいたらいいと。そう教えてくれたのは。僕自身だ。
綺麗事でしかない。綺麗事なんて嫌がっては避けてきたはずなのに結局はそれに縋り頼っている。だからと言ってそれも選択肢としての一つなんであろう。
それが道だ。それも歩みだ。それも一生だ。だってこれは。紛れもない列記とした事実。
これは「僕の本、僕の物語なんだから」
後悔はもう残さないって決めたのだから、あの時花を流した時に。いい年にすると決めてしまったのだから。覚悟はもう決まっているんだ。
決めたんだ。雪は望まないけどきっと。これは僕の物語だ、だから僕が決める。復讐として、最悪は僕じゃなくてもいい。他も誰か、知らない誰かにでもそれを担ってもらうさ。でもできることなら僕が。
…………僕が。
僕はシャワーを閉めた。
「良い年にするから。待っていて、雪」
大きく息を吸って、言葉を露にする。代々縁に積もれる事はきっとないと思う。確証なんて何一つとしてないけれど。
僕は手を汚す。決めたから。
美化されてたまるか、こんな人生も過去も。
僕の恋はまだ終わってない、愛も友情も信頼も全部。
「まだ頭痛てーや」




