2、小人ノ指揮者 1-7
おじさんは、自分で持っていた缶コーヒーを開けて空を見ながら一口飲んでる。僕もペットボトルの蓋を開け一口飲んだ。
「甘い、」
甘ったるい味と匂いが鼻腔と口内に目一杯広がってくのがわかる。
「甘いよねぇ、おじさんも甘いの飲めなくなっちゃった、コーヒーが一番美味く感じるよ、歳取ったら君にもわかるよ」
歳かぁ取りたくないな、子供のままがいいってのは違うけど、大人にもなりたくない。働くなんてめんどっちい。
僕は思っていた疑問をおじさんに問うてみた。
「なんで、ついてきたんですか、見ず知らずの僕にジュースまで買ってきて、何も持ってないですよ。僕、返せるものなんて何にもないです」
「なんでついてきたんだろうね。おじさんにもよくわかんないけど、きっと君のお父さんだったらこうしてあげたんだろうなって、特に深い考えはないよ、そうしたほうがいいと思ったから、そうしただけさ」
父さんだったら、こうするのかな。するだろうな。お人好しの優しい父さんだったから。
「ありがとうございます、」
「いいのさ。僕は大人で君は子供、大人が道を作ってあげるのは当然のことだからね、これからどうするの?君にあてはあるの?」
「君、じゃなくて香です。久梨原香っていいます、あてはないです、ただ。夢を叶えたいだけできっとそれが終わったら帰りますよ」
「そっか、香くん、それはどんな夢?聞いてもいいのかわかんないけど」
また腕を組んだおじさんはそっとどこかに視線をやっている。
「彼女に、また会いたいんです。彼女に会える場所を探して。探して。そのあとは、さっきも言った通り多分帰ります」
馬鹿げた話だ、もう死んでいるのにまだ会えるなんて思ってんだ、僕。
「深くは聞かない、でも。それじゃあ、辛いと思う。一人ぼっちだよ、これからずっと」
「大丈夫かどうかはそん時にならないとわかりませんし、実際今は大丈夫でいや、ちょっと寂しいけど、どうって事ないです」
「大変だよ、一人で生きていくってのは。何もかも一人で乗り越えないといけないんだ、もし。立ち止まってしまったら、後ろはどん底でたてなくなっちゃうかも」
僕は誤魔化すように笑いながらに名も知らないおじさんに言う。
「そんなんしょっちゅうでしたよ、立ち止まって。後ろみて、足元見て、心をのぞいて。あったのは僕の荒んだ気持ちだけで、寄り添ってくれた人たちの優しさはどこにもなくて。でも思い返せば、それを踏み躙っていたのは僕で、それで後悔して。また止まって。その繰り返し、今だってそうですよ。一切変わろうとしない自分の醜さに呆れながらに生きてますから。
今日はなんでか口がよく動く、スラスラと言葉が出てくる。縮こまらず辿々しくならない。まるで雄介や雪と喋っている時と同じだ、気遣いも愛想笑いも考えなくていい。正真正銘の僕の本音。
僕はおじさんの顔を見て、おじさんにはそれに気がつき僕を見る。
「おじさんは、なんて名前なの」
「おじさんか?おじさんはね、健二っていうんだ。健康の健に漢字の二で健二」
「健二さん、ありがとうございます」
「いいのいいの、僕が個人的に善意を差し出してるだけだし、助けになったならよかったよ」
どう言葉を返そうか、考えた。ぐるぐると回る思考を捕まえて僕なりに考えて出た答えはこれだ。
「ありがとう。お父さん」
健二さんは動揺したような顔をしてからすぐに笑顔に戻った。
「帰るんだよ、お家。心配してるだろうから母さんも」
目は少し濡れていた。ウルウルと街頭の光が微かに反射しているのが横目からでもわかった。善人なんだな。こんな人がもっと沢山居たらいいのに。
「はい、そうさせてもらいます、話、聞いてくれて本当ありがとうございます、感謝してます」
「うん、それじゃあおじさんは帰ろうかな。夜遅いし香くんも気をつけてね」
僕は言葉を発さずただ頷くだけ。健二さんは行ってしまった。なんだったんだろうか、あの人は。この微量な数時間は僕の数少ない心からの思い出となった。急に現れて急にいなくなった。ほんと忍者みたいな人だった。あの人は最後まで笑顔を絶やさなかった。
「ま。帰らないけど」




