2、小人ノ指揮者 1-2
狼が走り出してこちらに走ってきた。僕は驚いて背を向けて走り出す。叫んだ。怖かったから。どうしようもなかった。
「あぁあぁあぁぁぁあ!!!」
がなりと絶号に混じった雄叫びを心の底から溢れた恐れで押し出す。
助けて、助けて。助けて!。助けて。
あんまりだ。あんまりにも程がある。助けを求めても誰も居やしない、自分の責任。そんなのわかってる、自分が逃げて誰もいないところに走りまくって。その結果がこれ?、神様。なんでなの?背後からはとてつもない速度でこちらへ進んで近づいてくる音が響いて仕方がない。
へばりついてる、自分勝手。遠く遠く。そのまた遠くへ、どれだけ行っても付いてくる。責任からは逃げられない。
僕は後ろから押し潰されて「うっ、」という吐き出した空気と共に地面に沈む。
暖かい様な気持ちのいい様な手触りのいい感触が背中いっぱいに広がる反面、表では冷たい地面と小石で最悪の気分だ。ぷにっとした肉球の当たる感覚、それを感じたと同時、熱さを覚えた。
驚きもあってか喉が枯れる程に息が潰えるほどに叫び続けた。熱さの正体、それは痛みだ。喰われてる、背中から硬い頸椎ごと噛まれて裂ける音が聞こえる、初めて聞いた、耳元で聞いた。頭蓋骨がへし折れる奇怪すぎる擬音、鼓膜いっぱいに降り注ぐ柔らかい蝕音。
痛い、痛い。痛い、痛いよ、、母さん。助けて。ごめんなさい、ごめんなさい。
現実は残酷なまでに僕を責めて喰らい続ける。背骨がイカれ、臓物が食われる痛みが全身に広がる、暖かい血液が僕から流れていくのがわかる、腹に中いっぱいに描き回られている様な、少しずつ感覚が消えて断面の痛みだけが近づいてくる。
鉄の匂い、味喉の奥から何か、吐き気と一緒に吐いた。ゲロだろうか、血だろうか。わからないんだ、暗いから、というか目を開けられない。力を精一杯込めなければ耐えられない、今にも失神して死ぬ。やだ、やだ。いやだ。
違う。目が無い、筋肉が断裂してる?それとも、もう既に潰れてしまったのか。
死ぬんだ、僕。今、こんな場所で、思いもしなかった。まさか食われて死ぬなんて、どうせなら。もっと綺麗に死にたかった、看取られなくていいから、最後を飾れるものが望みだったのに。花が枯れていく、一枚一枚。ヒラヒラと。花びらも尽きた頃。
牡丹の花のように。その実が落ちる。
…………あっ。。
その声と同時に何かがプツッと切れた気がした。どうしてしまったのだろうか、手探りで何がを探してる。見えない、雨降ってたような。降ってたんだっけ、雨って降るんだ。なんで降ってない。?狼だったっけ。狼?、あれ?何だっけ、どこ?
手が冷たい。凍える程に空気がひりついてる。口から息を吐き出せば吐息が可視化されて、何度なんだ今。
森にいたはず、なんでこんな場所にいるんだ。しかも押し潰されて腹も頭も食われてたのに、平然と僕は今立っている。
周りは真っ白の世界に覆われて何も存在していない。足場すらも、だけどその場に立っているという感覚だけは鮮明にわかる、重力はある。体が地面にくっついている感じはしっかりと腰が理解している、下にも上にも空間がない、浮いているのか何かにくっついているのか。
「あのねぇ、馬鹿だよ、馬鹿。香は」
「え、」
聞き馴染みのある確かな声。一通り高くて心地のいい世界で一番好きな声、大好きなあの子のもの。
「雪?」
「にひっ」と雪は笑った。可愛かった。胸がヒリヒリする。鼻の奥がジーンとして涙腺が緩んでいく。彼女の元へ一歩でも側へ歩きたい、進みたい。抱きしめたい。
「なんで。雪、雪!」
僕は目の前に立っている彼女に思いっきりタックルをかますように抱きついた。この感触、柔らかくて優しい匂い。雪だ。彼女そのもの。
ぽっかりと欠落した心の節が蟠りを取り戻したみたいだ。嬉しい。愛してると言いたい。
「なんで、死んだの、僕、僕」
「そんな泣くんじゃないよ、弱虫な後輩くんよ。私だって死にたくて死んだんじゃないし、香ともっと遊びたかったもん」
「じゃあなんで、」
「なんでって言われてもなぁ、私が知りたいぐらいだし。んまぁそういう運命だったんだよ、投げやりかもしれないけどさ。私は私の人生を終えたってことなんかな。不本意だったけどもさ、てか!あんたが遅刻するからでしょうが!寒い中か弱ーい女の子一人にしておくって大分やらかしてるよ?」
「それは、その」
僕は雪から一歩離れて顔を覗き込む。モジモジしている僕を見て雪は「んはは!」と大笑いしやがった、僕だってずっと後悔してきたのに。
それでも図星だし、どうしようもないほどに言い返せない。僕が悪い。
「元気だった?香」
「元気だったよ。雪は?」
「私もほれ、元気百倍!」
「そっか、うん。よかった」




