1、願いの園、群風と銀華。1-3
布団の中が全体的に暑い。心地の良さが最悪の暑さに早変わりした、だからと言って外には出ない、寒いし、その気力がないに等しいから。家の外は風が強いし、雑魚の僕は簡単に空へ飛ばされて身動きができなくなってしまうのだ、紙と大差ないほどに薄っぺらい。心が途方ない瓦礫に埋もれてしまった潰れたみたいだ。
どんだけ時間が経ったかもわからない、水も食事も風呂も呼吸も何もかもを諦めて毎晩毎朝布団の中に引きこもり続けている、しこたま泣いてゲロを吐いて、三回辺り吐き終えたら何も出てこないし。高校の書類、取りに行かないと……。
行かなければならないのに体が随分と言うことを聞かない。理性が適っているが像にでも踏まれているみたいに重たい。あの通学鞄とは比にならない極上の重さにため息が猛烈に吐き続ける、
声が出ない。と言うよりは出せない。出し方がわからない、忘れてしまった。赤子でも発せられるはずの発声を僕はできなくなってしまった。
それなのに、時間だけがずっと経過して止まってくれない。夜もそうだ、朝が毎回来やがる、来るな来るなと喚こうと止まってくれやしない、手をこさえ祈っても通じていないようでおはようと太陽が星と月を殺し目覚めてやってくる。
学校は冬休みから一度も行けず、教師が何度か家まで声を掛けにきたがその度に無視してたらすぐにいなくなった。そういえばこの前雄介が来た配られたプリントをポストに入れにきたついでにとインターホンが二、三回なったような気がするがそれも無視した。
人間は三日から一週間飲まず食わずで死んじまうらしい、だからギリギリまで耐えて水を少し飲んで、ご飯はほとんど摂らず。
散々世界が移り変わった。そのおかげで春がきた。
多少動けるようになった、発声はイマイチだけど。今日は高校の入学式、ついにその時が来てしまった。僕は高校生に進化するんだ、歩いて蔵岩高校へ向かう、季節感がよくわからなくて、体温調節がバカになっているのが嫌なほど身に染みる。
気温は二十度を超えているのに暑いと感じない。側溝に石を蹴り入れ、朽ちて千切れた雑草も蹴り入れる。憂鬱で眠い。寝たい。寝たら、また彼女が出てくる。死んだ日が何度も聡明に映って映画をスクリーンで座りながら見ているかのように拘束され無理やり見させられる。
高校生か。やりたかったこと、一生懸命成し遂げたかったこと、その全て雪が関係していた、バイトも行事も遊ぶこと、その何もかも。横にいてくれると思ったから。頑張ろうって気になれていたのに。どうしようもない鬱陶しさと呪いだけを残して、僕を残して死にやがった。
空を見上げれば肌にチクチクとぐっと吸い付く太陽光に瞼を下へと降ろしてしまう、網膜が大きく反応しているのだ、奥がジンジンと刺激を受けている。冬特有の冷えた空気を吸い込みヒリっとした感じもない、ただすんなりと酸素が全身へ走り隔てる事なく進んで行っていく。
これから。また。春を終え、夏が来て、秋を告げて。この冬に暮れる。
つまんないな。一才の面白みに欠けてしまうと嗚咽すら覚えてしまう。
久梨原香、蔵岩高校、体育館。
話が長い、蒸し暑い。
後は校長の全体集会で終わりというのにさ、終わりの時間九時過ぎじゃなかっただろうか、今もうすでに二十分経ってるじゃないか。年寄りは頭が固くて話が長いのが定席だけどさ、もう少し早く終われないかな、良い加減腰が痛くなってきたんだが。
体育館に入学生全員分の椅子が用意されその後ろには保護者用の椅子が置かれ沢山の親御さん達が見える、在校生の分も置かれて、体育館にどんだけの数を詰め込むんだとか思うけど、それよりもよく入ったなという関心がそれを無にしていた。
「皆さんには、岩倉高校の生徒という認識をしっかりと徹底して覚えていただきたく、問題等を起こされぬよう、心より願っております、タバコや公序良俗を反したものを見つけた連絡が来たなどがありましたら、停学、もしくは最終的最悪な場合は退学という選択もあることをお忘れないよう、最後に」
何回目だよ、最後にって言葉、ほんといい加減にしろよ。つまらない話ばっかだし当たり前の話されても何にもならないだろ。
周りを見たら僕と同じ考えの人たちがとんでもない数いそうだ、顔を見ればわかる、不満に歪んだ顔がそれを物語っているんだから、座っていて静かなずの足がコツコツと小さな音で貧乏ゆすりをしているものも居る。言っちゃ悪いがうるさい。自分だけがイラついてる訳じゃないんだ、配慮してくれよ頼むから。
抜け出してもう帰ってしまうか、考えた時、やっとありがたーい校長のお言葉というヤツがが終わりを告げた、そのあと教頭や数人の教師が幕を閉め僕らは難なく解散した。
周りは「同じ学校、また三年間よろしくね」「これからよろしく、名前なんていうの?」「ライン交換しよーぜ!俺、茅野って言うんだ」とかバカみたいに浮かれ散らかして話し合っていて、勉強するための場所だろこと感癖つけて僕はそそくさとその場を後に体育館の端っこの方で話しかけてくるなと近づくなオーラを全開にして背中の体重を壁に預けて居座る。雄介も同じ高校だって言っていた、どこに居るのかわかんないけど、きっともう沢山友達を作って楽しんでいるんだろう、彼の脳には僕はいないんだから。
家族同伴ということもあったが母は来なかった。忙しいんだってさ。忙しいんだってよ、一度だって僕の晴れ姿なるものを母は見てはくれなかった。
学校のチャイムと共に、体育館を出ていく。デカい車、小さい車はたまたバイクが校庭に規律正しく整頓しているのを流し目で早歩きで玄関を抜けていく。あの二年のおかげでだいぶ僕はコミュ障になった。初対面に必ず起こる気まずい雰囲気、沈黙、話し声が嫌になってしまったんだ。
愛も変わらず声が出てこない、発しようとしても感電してるみたいに喉が強張って固まる。
出せないのではなくきっと僕が出す気がないんだ。その証拠に毎晩、唸るように喘ぐように「雪」の名を吐くように口にしているのだから。保健室の目の前を通り過ぎる時、呼び止められた。
「そこの、アンタ…すごいやつれているけど大丈夫?」
僕は声の方へ振り向いて声の主を映す。それは白い羽衣を身に纏い明らかに保健室を管理している人なんだろうな、っていうセルフプロデュースがされている、知らない奴に心配されたい気分じゃないから、僕は無視して歩いて行った。偏差値は高い方ではないけれど、低い方でもない。所謂普通の学校、可もなく不可もない、普通の学校。
中三の頃、如月先生が「久梨原くんならもっと良い高校いけると思うんだ、内心もそこそこで悪くもないし、挑戦してない?」と言われたが、当然僕は無視した。
「のんびり過ごしせたらそれで良いです、別に高みなんか目指してないですし、そういう大層なところはもっと適任な人がいるだろうし、僕はそこで満足ですよ」
「そっかぁ、まっ無理強いしても身体が持たないよな、お前がそう言うんだったらそれでいい、所でサッカー部こないか?」
「毎回会ったらそれ言ってくるのどうなんです?僕じゃあ荷が重いです、それに三年ですよ、もう後少しで卒業だし。今入ってもバカにされて村八分ですよ」
「そんな悪い奴らはいないと思うけどなぁ」
「先生の視点じゃ限度があるんですよ、学生視点で見てあげてください、如月先生とか優しいんですから多分出来ますよ」
「お、お前からの褒め言葉、久々に聞いたど。いつも辛口評価の久梨原くんが、みんなに自慢しないとな!」
「茶化さないでください、帰りますよ」
懐かしいな、如月先生、今何してんだろ。良い先生だし色んな生徒から慕われているんだろうな。距離が近い女子とかはキーちゃんとか言われてたし、あん時の如月先生満更でもない顔してたな。写真撮れたら最高だったのに。
高校上がって早々、これか。また友達できないな。中学の奴らはそこそこでほどんどが知らない中学からの入学らしいから話に行けば友達の一人や二人できるだろとか考えても見るけど、実際の僕は勇気が死んでるから、新しい環境に適応が遅いんでなんもできんかった。
校門を出て、家まで歩いてく、あんまり通らない道を歩いて高校まで行って新鮮な気持ちで来たは良いけど、どうせ半年ぐらい経つとまた見慣れた景色になっていくんだろうな。嫌いじゃないけど。それはそれで暇なんだよな。




