1、願いの園、群風と銀華。1-2
「起きてよ…。」
なんで?置いてくの。まだ。約束。果たせてないよ?。雪?、、ひとりにしないでよ。
その時、膝の上に置かれてた雪の手が、ヒラっと何かの拍子で落下して宙ぶらとなった、力の入っていない無機質なメトロノームの動きみたいに、風に煽られた鯉のぼりを遠くから眺めている時に似た動きだったが、それもすぐに止まった。
やっと理解した。脳が嫌でも追いついた。もう。ダメなんだって。
喉が焼けるように痛い。周りの音が何も聞こえない。顎も痛い。どうして、息をしようにも息が出ていくばかりだ。耳が煩い。心臓が煩い。黙ってくれ。死ね。
喉が痛い理由。何もかもがうるさい理由も理解した。
何も聞こえてないのではない、扱消されているのだ、声に。僕の声に。叫んでるんだ。今。何度も。何度も。何度も。何度も。歯を剥き出しにして嗚咽を噛み殺して、不細工な声が途方もなく刹那を切り裂いて延々と外と内から聞こえて仕方がない。
雪を抱きしめたまま。必死に叫んでる。さながら遠吠えの如しで。動物みたいに泣いてた。
後になって彼女の手紙を読んだ、なんで、手紙なんて都合よく書いてたのだろうか。まるで死ぬのがわかっていたかのように死の原因らしきものと家庭の環境、その節々が色こく綴られていた。それはまるで遺書のようで、彼女は自ずと死ぬつもりでもあったのだろうか。言ってくれてば着いていくのに。
彼女は白血病にかかっていたみたいだ。冬、消えたベランダでつけた傷口から菌が入り込んで、少しずつ身体が蝕まれていた。吐き気がした、彼女に寄り添えられなかった自分への嫌悪、それと。雪の家族への憎悪で。
ニュースにはならなかった。どうしてだろうか。こんなの世間の的でしかないのに。僕の父の時はあれだけ大騒いでいたのに。なんでだろうか。やっぱり、金は嫌いだ。みんなそれに惑わられてる。金のために働いて、金のために死んで、金のために暮らす。
葬式だって行ったよ、入れてもらえなかったけど、僕は部外者だって言われた、みんな僕の顔なんて見たこともない、誰だ?って感じの顔してて、それでもズカズカ入り込んで彼女を見ようと、それで。追い出された。彼女の顔を最後に見たかった。
……………クソが。
久梨原香。一月四日。柳桜公園。
雪が死んだ。死んでた。気づけなかった。
僕のせいで死んだ。
座ったままで息をしていない。人形みたいだ。
「寒い……」
警察が僕を取り囲んでいる。誰かが通報したみたいでみんなの視線を僕が釘付けにしている、きっと叫んでいる不審者がいるとかで呼んだんだろう。でもそれどころじゃない。警察は数人で僕を見てくる。僕はそれを睨む、睨みつける。ものすごい形相で。
涙で滲んで充血した目は野生動物となんな変わりない薄気味悪い生き物に退化して、雪が連れていれたらどうなるのだろう。この形は保たれるのだろうか、それとも焼かれて骨だけになるのか。
この綺麗な顔をもう拝むことができないってことになるんだろうか。
「嫌だ」
恐る恐るでも少しずつ近づいてくる警察を見て嫌気と憎悪がどこからともなく湧き上がってくる。もう何にキレているのか正直わかってない。八つ当たりにすぎない。
「近づかないで!、連れて行かないで!」
ただひたすらにそれを叫び散らす。連れていくぐらいなら、僕も殺してくれ、彼女と最後まで共に居させてくれ。
手が当たる、警察の知らない奴の手が触れる瞬間。僕はそいつを引っ掻いた。この寒さだ少しの傷も大きな痛みになりえる、僕は泣いて雪を抱き締めながら知らないやつの目を見る。
そいつはキレもせず罵倒もせず、ただ優しい目で僕を眺めてる、嘘つきの眼。
「大丈夫?何があったか話せる?お兄さんに話せるかな、大丈夫。連れて行ったりしないから。話してみて」
僕は遮るように言う。
「違う!嘘つきだ、みんな僕から何もかも奪ってくんだ!、なんでそこまでして奪うんだ!。悪いことだって別にしてないじゃないか、それなのにお前らは何にも知らねーくせに勝手に悪者に作ってさぁ!、何が命は平等だ!嘘つきが!。盗んでばっかりのお前らが一番悪者じゃないか。
なんなんだよ。その目!なんで、そんなんで僕を見るんだ、いい加減。みないでよ」
咽び泣きながらに嗚咽混じりに言葉を漏らす。聞く耳なんて持ってはくれなかった。僕はそのまま取り押さえられて事情聴取を受ける羽目になった。
力一杯踠いて手を振り払おうとしても、大人の力には敵わない、ましては数人がかりを相手に勝てる訳がない。
何もかも黙秘した。喋ったところで僕は何も知らない。知って何になる。ただ遅刻して遅いできたら彼女が死んでたなんて、誰が信じるか。僕だって信じてないのに。
何時間だろうか。経過した時間は変わらないけれど、程なくして母が来た。明らかに憤怒が立ち上っているのがすぐにでもわかった。俯いていてもわかるほどに母は僕への怒りでいっぱいだ。
どかどかと僕の方へ歩いてきて、母は何も言わず僕を叩いた。
僕は何も反応しない。どうでもいい。それで怒りが紛れるのならそれでいいじゃないか。
「この、親不幸者が」
「どっちがだよ」と一言。僕が母を突っぱねたのは初めてのことだった。微かに見える母の手を震えていた。なんて言われるのかな。このあとは、「出ていけ」なんて言われるのだろうか。言われたら出て行ってやる。もういいよ。
すると母はまた片手を広げて僕を叩こうとした。警察の人がそれを止める。どうせ止めるのなら最初から止めてくれよと、不満を覚えてしまう。
高校も決まってバイトをするかしないを二人で話そうとしたらこれだ。
最悪だ。
神様、なんなんですかあなた。いい性格していますよね。本当に。
気力が全て削がれた。生きる希望も明日の楽しみも。全部が消えて失ってしまったもので、空っからに乾いた砂漠にでもいるみたいだった。
ただただ床を見つめている。自分のしている息の音が鬱陶しく気分を逆撫でしてくる。どうしてこれは止まってくれないんだろう。もういっそ首切ってしまいたい。
「一人にして」
僕はそう言って立ち上がる、母の視界にいたくなかった。もう、僕は、嫌いだ。もう。僕に家族はいない。いなくなった。
「香。」
遠のく僕を母が呼び止める。
「父さんにそっくり、大きくなったね」
その言葉に僕は足を止めた。顔を上げ振り向き母の顔を見る。
「ほんと、そっくり。」
「母さん、もういいよ」
どんな顔をしていたのだろう、僕は。鏡があったらどう映って後悔したんだろうか。
「疲れた。先、帰る」
御託でしかない。信じれないよ。もう、何も。
「帰る」




