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花盗人  作者: 楠ゆう
2章 流星の燈

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5、飛騨夜。1-7

              久梨原香。教室。

 

 ガラガラと引き戸を開け教室に入っていく。特に気にすることもなくズカズカと教室内を歩いて自席へと座ると、雄介がこちらへ駆け寄ってきた。


 「香〜、この後社会だから、黒板消すのお願いしていい?」


 「いいよ」と一つ返事で僕はそれに従う。僕の係は社会科だ。雄介も社会科。だから社会の時間になる前にはものの用意だったり、配るプリントがあれば職員室まで行ってそれを教師から受け取る。


 受け取るのは基本的に雄介がしてくれるから僕は教室でイタズラに書かれた黒板を綺麗にして準備を整えておく。


 係決めは雄介にかなり助けられた。オドオドしていた僕に率先して一緒にやらないかと誘ってくれたんだ。断る理由も何一つといてないので。勿論オーケイした。数人からはじっと睨まれたのを覚えている。男子は確か、「俺だって雄介と一緒がよかった」「なんであんな地味なやつなんかといるんだよ」とか言われて女子からは何も言われてない。けれど陰で何か言われているようで、そこら辺ではありがたいが何を言っているのか気になってしまう。当然悪口でしかないんだろうけど。


 僕は椅子から立ち上がり、教卓の方へと向かう。その時後ろから雄介とは違う声が僕を呼び止めてきた。


 「ねぇ、久梨原くん」


 誰かと思ったが、声の特徴から荒井さんであることを脳ですぐに理科した。「どうしたの?」と振り向きざまに答える。


 荒井芽衣さん。最近よく話しかけてくれる子だ。校外学習の時同じ班になって、バスの中で隣同士で話して以来よく話しかけてくれる。


 「髪の毛どうしたの?なんかお昼前よりもすごいことになってるけど」

 「あー、これか、忘れてた、そんなに変?」


 「変っていうか、なんか。犬みたいになっている、どしたの」

 「なんて言ったらいんだろ、まぁ気にしないでいいよ、僕も気づいてたらこうなってたし」


 適当に嘘をつく、外にいて〜とか話したら何言われるかたまったもんじゃない。


 「直してあげようか?櫛あるよ私」

 「ありがたいけど、櫛じゃ直らないと思うよ、結構髪硬いし」


 「とりあえずおいで」


 連れられるがまま荒井さんの席まで連行される、本当に気にしなくていいのに。


 「とりあえず、ほら座って」

 「はい、」


 笑ってる、笑顔の荒井さんが僕の髪をいじり始めた。櫛で髪を解く。するとやっぱり髪が櫛に絡まって頭が持っていかれる。癖っ毛ってどうにかならないものかな。母の方は直毛でサラサラヘアーで父がモジャった天パで僕は父の血を色濃く受け継いでしまったようだ。複雑な気持ちだ。嬉しいような、少し要らない邪魔だなとか思ったり、でもこの顔じゃあ直毛は似合わないと思うから別にいいか。


 「すごい天パだね、これどうなってんの」

 「僕にも良くわかんない、お風呂入ってドライヤーかけて終わって見てみるともうこれだし、寝癖はめちゃくちゃ付くし。炎天下だと光の熱をもろに受けるし」


 「縮毛矯正とかかけたりしないの?」

 「何それ?」


 縮毛、矯正?初めて聞く単語だ。イマイチピンと来ない。どういう意味なんだ。


 「あー、男の子ってそういうの無頓着だもんね、知らないよね。髪の毛くるくるの人とかにするやつなんだけど、すごいサラサラになるんだよ、時間が経つと取れちゃうんだけど、ほんと自分の髪じゃないって感じるんだよ」


 「初めて知りました、そんなのあるんだ」


 「そうだよ〜、私も癖っ毛だけど、縮毛やってるからサラサラなんだ、ほら」


 荒井さんは自分の髪を撫でながら僕に問う、見違えるほどにサラサラしている、これで癖っ毛は無理があるだろ。本当なら相当すごいことだ。ヒラついた髪が水の流れる滝みたく、畝り伝っている様に見える。黒い髪が光を反射して光沢を持ち艶やかに目に映る。


 どうなってんだ。おかしな構図じゃないか、急に教室に戻ってきたと思ったら、荒井さんに髪を解かしてもらっているこの状況。誰が予想できる。少なくとも僕は一切として予想していなかった。


 「ありがとう、荒井さん、黒板とか消したりしないとだからそろそろ行かないと」

 「あーそっか!、ごめんね、呼び止めちゃって」


 そう言って僕は立ち上がり、荒井さんに軽く会釈をし今度こそ黒板の方へと行く。微かにチョークで白く汚れた黒板消しを手に取る。慣れたものだ。最初こそ、教卓の方までいく勇気が微塵も湧かなかったが今じゃあなんも思わなくなった。やっぱり慣れってすごいな。臆病でもここまで取り繕うことが容易になるんだ。


 僕はその暫し汚れた黒板消しを使って汚れを落として直ぐに席へも戻る。手の平にはチョークが微かについていて僕はそれを制服のズボンでゴシゴシと拭いた。


 「そろそろ、本気で飽きてきたな」


 本を見つめる。もうそろ飽きてきた。メメントモリ、何度読み直したのだろうか、最低十回は超えているだろう、もはや読まずとも文の節々が浮かび上がって来るまでには覚えしまっている、著者の想い嘆きはとうに理解し尽くしているんだ、その全てがわかりきっているわけではないのだけど、僕はもうこの本の一部のようなものだ。


 トン、トンっと本の表紙を指の爪で叩く。何も考えず。ただひたすらにぼーっと授業が始まるまで待っている。


 背もたれに全体重を乗せてふぅっと適当に息を吐きつける。また雪のことについて考えている、こういう時、雪はどうしているんだろう、美香って人と話しているんだろうか、それとも勉強でもしているのかな。最近思考が雪の事でいっぱいでどうしようもなく仕方がない。僕が悩んでいる時、雪なら。彼女ならどうするのか。それを、常日頃考えが尽きないのだ。尽きない、思考が。彼女と一緒に居たいよと言う思いがどこからともなくこんにちわしてきて、たまらなく。仕方がないほどに。


 「会いたいぃ」

 ぼそっと口に出す。デカい声は周りに聞こえてしまうので息に漏らして誤魔化す。


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