5、飛騨夜。1-5
久梨原香。自宅
本当に付き合ってしまった。付き合ったんだ。僕が?雪と?。夢なんじゃないか?。夢であるならもう目覚めるような真似はさせないでくれ。永遠に夢であってくれ。
寝たら覚めるんだろうか。
いつもの日常に。
そんなの嫌だな。
「ふふふ」
笑みがどこまでもなくならない、頬が筋肉痛になってしまう。湯水が如く湧き出てくる高揚感を噛み締めて決して忘れぬよう、深く脳に刻み込む。
毛布を全身で抱きながら布団で寝転ぶ。何度も「ふふふ」という不気味な笑い声が部屋の中を埋めて聞こえる。場所が場所ならきっとオバケと間違われて怯えられるかも、お化け屋敷のキャストの才能あるんじゃないか?。やらないけど。
「雪が、僕と。僕と、雪が。」
ずっとそればっかり愛を好いている。
心ここに在らずにずっと笑ってる。お風呂に入らずそのままなので身体が汗でベタついている。それに気が付かず布団をずっとゴロゴロとしてだけてる。自堕落でスライムにみたいにぺったりとして。
何処からともなくため息が出る、嫌な気分を飛ばすためのものじゃなく、幸せを噛み締める為のため息。感動してるんだ、今の人生に。漫画じゃん、ドラマじゃん。ありえないと思っていた「付き合う」が叶ったのだ。
そして僕はうつ伏せになって、布団のすぐそばに投げ捨てられるように置かれたバッグから本を取り出す。
「父さん、僕。幸せだよ。、、母さん。まだ僕の顔を見てくれないんだ、どうしたら。母さん。元気になってくれるかな」
母さんは未だずっと、暗いままで、僕と顔を合わせてくれない、衣食住を与えてくれるだけありがたいんだけど。学校のお金も払ってくれているし、僕は文句を言うことは烏滸がましいったらありゃしない。ずっと働きずめで何を目的に生きているんだろう、母の、母さんの趣味ってなんだったっけ。
「会いたいな、早く、明日。ならないかな」
窓を見上げれば月が見える。まんまるの黄色い満月、晴れてるんだな。まだ微かに花火の匂いを感じる。気のせいかもしれない。焦げた火薬のガサついた匂い。
久梨原香。学校。
「待った?」
「残念、待ってますん」
「どっちだい?」
いつも通り、お昼休みを過ごしていた。最近は教室で給食を食べられるまでに成長した。
みんなの目が気にならなくなったからだ。というかみんなが僕を毛嫌うのが飽きたようにも思えるけど。どちらにせよ結果オーライ。
「あ、そこの範囲まじ怠いよ、てか橋爪先生でしょ?確か数学の先生。引っ掛け多いから気をつけてね」
公民館の裏、僕らの日常が通常に運転され続けている。僕らは今期末テストに向けての勉強をするために、教科書を開いてる。1日1日で教科を変えて、テスト期間の間。一冊教科書を手に持ってそこで時間まで勉強している。例えば、月曜は国語。火曜には英語を。水曜は数学、木曜になれば社会、金曜には理科を。って感じでしている。
後輩の僕は雪に聞けは範囲はある程度わかるのだけど、雪はそう行かない。大変そうに必死で勉強している。
「気を付ける、雪はここどうやったの」
「私?私はねー、ここの方程式大嫌いだから忘れた!」
「マジかよ…。」
んはは!と悠々に爆笑する雪に、僕は呆れるように声を漏らした。
「大丈夫っしょ!言うて十点か五点ぐらいだし。てか香の頭なら自分で行ける!頑張れ」
指でぐっとマークを作りキラキラした眼差しで僕を写している。
「そういえば今更かも知れないんだけどさ、雪って友達いるじゃん?少なからず、いいのこんなとこに居て、僕は嬉しいしさ。いいんだけど、そっちの日常を疎かにしちゃったらそれこそ後々大変なんじゃない?」
「はっはっは、私はね。めんどくさいやつって言われて美香とか小百合ぐらいしか話してくる子はおらんのじゃ、なんかね、体育とか外でると気は休んだり、ずっと長袖を着てたら厨二病だーとかさ。本当にあいつらの方がめんどくさいやんけ!」
そういや前に言ってたな、体育は基本休んでいるって。いじめってほどかはわからないけど。妬みの対象になってしまうのか。みんなにとっては体育はだるい物だ、皆はそれを平等に感じているが雪はそのだるさを感じていない。だから妬ましさや嫉みを皆が感じてしまうのだ。だからと言ってそれを口実に迫害するのは絶対に違うけど。
人って自分と違うものを見ると、それを怖いってどっかで無意識のうちで考えているんだろう。
「その美香って人よく聞くけど、どんな人なの?」
僕にとっての雄介みたいなものなんだろうけど。
「んー、なんていうか、ちょっとおっちょこちょいでポンコツで可愛くて。いいやつ?」
「え、語彙力どこに行っちゃったの」
「そんなん、犬に食べさせましたとも」
「何ってんの」
手をぱちぱちと叩いて「ほら勉強!時間ないんだから」と教科書を指で刺して言って。僕はそれに「はいはい」と流すように言い放ち再び勉強の座へと戻る。
それから暫しのち沈黙が続いた、二人とも集中しているから、話す事を忘れて数学の教科書と睨めっこ。もはやその沈黙すらも愛おしい、心地のいい静寂が連なって幸福感を満たしくれている。
狭い狭い世界が今を震わす。どんな雨風が吹いたとしても僕の今の花は決して散ったりはしないだろう。
「楽しい?」
僕はよくも考えず、適当に雪に言う。理由なんてない。
「楽しいよ?どしたの」
「いや特に理由はない」意味もなく会話を始めたが、帰着する場を見つけられずそのまま会話が終わる。ただ単に楽しいが欲しかっただけ。我儘である。
「暑いね」以前ほどの蒸し暑さはないけれど、依然として夏は続いている。空気は乾いてジメジメした感覚もない。過ごしやすいと言えばそれはそうなんだけど、雪がくっ付いてくる、嬉しいのだが、如何せん暑い。
「それなー、春とか秋が一番楽だよね」
雪の言葉にうんうんと頷く。
「今日は放課後。そのまま帰っちゃうの?」
「そうだねー、お母さんに怒られちゃうから」
「厳しいよね、雪ん家って」
「んまぁ、それだけ大事にされてるってことっしょ。私はそれでいいと思ってるし、嫌だなーとかも思わないし。なんなら尚更頑張らないとって元気もらえるんだ、たまーに、自由の少しは欲しいなってなるけど、それで今後何にもできなくなっちゃったら元も子もないし。」
本当に、家族想いのある良い子だよな。僕なんか、あんななのに。羨ましいな良い家庭を持てて、それに頭もいいし容姿もいい。才色兼備って雪のためにある言葉だろ。また僕も家族でご飯食べたいな。




