4。勿忘 #1-3
「また来ます?ここ」
「来たいですね。かなりお気に入りかもって感じですね、どうでした」
僕たちは食事を終えて外の遊歩道をゆっくりと二人歩いている。腹も膨れて気分も良い。いつもよりも景色が何だか綺麗に見える、心も腹も満たされているからかもしれないけれど口角が通常時よりも少々上へ移動している。自然と嬉しい、楽しい。心地がいいと脳が踊っている。
まるで薬物でハイになっている時と似ているのかも知れない。ドラマやアニメで見るラリっている人の気持ちはこんななのかな。それは違うか。
あれは認識能力や認知能力、思考回路が著しく低下してるからなんだろう、暫し似ている部分はあるけれど根本から違っているだろう。
「何だか楽しそうですね、会った時よりも嬉しそう、お腹いっぱいになったから?」
「多分そうなのかな、ありがとうございます井上さん」
「うちこそありがとうだよ、一緒に来てくれてありがとね」
ニコニコしている井上さんを横目に「はい」と返事をする。特に何も考えずにどこへ向かっているのかも曖昧で変に考えず先を行く。何どか道を曲がり進む、人通りはそこそこに度々見つける、老若男女が前から来たり背後から追い越してきたり。
「そういえばなんでこのキーホルダーじっと見てたの?」
何のことだ?と不思議げに井上さんの方に振り向き思い出した。あぁ。朝のやつか。
「なんで何でしょうね、懐かしいなって思って、昔の友人というか彼女というかそれと同じものを持ってて、それと同じようなボロボロのキーホルダー『私が直してあげるんだー』とか何とか色々言ってて、それを思い出したって感じかな」
「その人ってさ今何してるの?」
「もういない。死んだ、僕が中三の頃に彼女が高校一年生の時にいなくなった」
「そっか」と下向いた井上さんが少々低い声で言った。
同情をしてくれているんだろう、誰に?雪の方に?僕の方に?或いは両方か。
「私もね高一の時、一人親友が死んじゃったんだ、その。さ。もしかして何だけどさ、あ、嫌だったら言わなくていいんだけどさ名前とか聞いてもいい?深い理由とかはあんまりないんだけどさ、なんていうか知りたいなって」
僕は考える。別に言っても言わなくても特に大して変わらないが、引っかかる。彼女の姿を思い出しながらまぁ良いかと結論が脳裏に映り出された。
「雪って名前。良い子でしたよ。たまにポンコツでしたけど」
「もしかしてなんですけど、苗字は怕竹、だったりします」
歩く脚を止めて井上さんの背中を見る。それに即座に気が付き僕の方へ振り返る。呆然と僕は顔を見る。空っぽのすっからかんの脳みそをギリギリで微かに動かす。開いた口が塞がらない、唖然に絞り出すように息を吐くが風にかき消される。
「何でそれ。知ってるんですか」
安堵しているような哀しそうなそして何処か辛そうに井上さんは俯いてる。
「やっぱり、そうなんですね。雪彼氏いるって言ってたもんなぁ、恥ずかしがって何も教えてくれないで、勝手に居なくなって。爆弾隠し持ち過ぎだよ」
微かに僕らの髪が翻る、気持ちが情景に映し出されたような、さっきまでの幸福感はどこに行ってしまったのか。
「てことは同じ学校ってことですよね」
「あ。そっか同じか、え?香くんて歳下ってことなの。ずっと同じ同級生だとと思ってた、えまじか。嘘歳下まじか」
「もしかして引いてます?」
「違う違う!、というか歳上かと。敬語とか落ち着いてたりしてるからすごい大人だなーって」
ポカンと驚いた様子の井上さんは今知った事実にとてつもなく驚愕していて眉間に皺を寄せている。
「そっか、良かったら雪の話聞かせてくれない?二人の時とかさ普段何話してたのかとかさ、どうせこの後することとかないしさ。どっか遊びながら行こうよ」
井上さんはニコッと笑って言う。よく知ってる、無理してる顔だ。その場を取り繕って嘘をついてる顔。何度も見てきた、嘘の顔。どうにか楽しくようと空気を和ませようとしてくれてるんだ。僕はそっと前を向いてゆっくりと歩き出した。
「どこ行きますか」
僕の後ろをついてくる。前を見ているからどんな顔をしてるのかわからない。かといってどんな顔をしているんだろうと覗き込むのは気持ちが悪いと思われるだろうからそんなことはしない。嫌われたくないから。せっかく友達になれたんだ。
もう失いたくない。より大切にしなくてはいけない、友情を履き違えていけないから。
「どうしようか、カラオケとか行く?」
「自分あんまり歌とかに興味がなくて多分つまらないって感じちゃいますよ」
「そんなことないよー。あーでも二人とも楽しめないと意味ないか、じゃあどしよ。何も思い付かない」
僕の隣を歩きながら手を組んで上を向いてる。険しい表情をして必死に脳を動かしている。二人で遊べる場所。僕もそっと考える、どこかあるかな。今し方考える、けれども浮かばない。遊びに出かけることがまず無いから何も出てこない、井上さんに任せようかな。
「もうお腹いっぱい?」
井上さんが僕の目を見て言う。
「お腹いっぱいってわけじゃ無いですけど、どう何でしょうね、腹八分目って感じでもないし。まぁ食べれはします」
「お。じゃあそしたらさカフェとか言ってさ話たりしようよ、聞かせてよ雪の事」
「いいですよ。」と前向いたまま答える。もしかしたらそっけない態度に見えてしまうのかもしれない。どうでもいいか。
色々か、噛み砕いて話せるところは話そう。全部話せば僕からきっと離れていってしまうだろうから。
気持ちの悪い程の人かどうか危ういような話がほとんどで世間話程度でしか話せないかもな。後悔ばっかだ、本当、過去に戻りたい。やり直したい、他に道が沢山あったはずなのに。手の汚れた僕は誰からも愛して貰えない。
____あの時。
微かに思い出す、生暖かい血の匂いと刺した時の感覚、手の痛み。吐き気。顔。
今じゃないだろ、思い出すのは。一人の時にしてくれ。馬鹿野郎。
「僕のせいじゃない」
「ん?何か言った」
「いえ何も」
それから僕らはカフェに行ったり、本屋に行ったりクレープを食べたりタピオカを初めて飲んだり。時間が簡単に過ぎていった。雪の事僕の今までのこと。噛み砕いて説明した。好きなこと、嫌いなこと。父さんと母さんのこと。僕と雪が付き合ってからどうなったのか。どうでも良いことも井上さんは笑ってくれた。
過去の話は時間が経つほど美学になる、それを手厚く実感した。だけど綺麗にはしたくない、あの時を蔑ろにしているようで嫌だから。あの頃の僕は最悪で心は本当だから。それを美化するのは烏滸がましいくて仕方がないだろ。
良い日とは程遠い、何かが足らないんだ。
どうしてだろうか……………。




