3。バク #1-3
職員室は棟の端ら辺に位置して、僕らはその向こう側の端まで全力で走った。階段の上がって僕らは一時休憩と称して見つからぬよう隠れながらに座ってる。
ゼエゼエと二人の荒い息が暗い廊下階段で微かに響いている、肺の中に全力で空気を入れ込む、僕は強ばりつつある身体を極力休めて、雪さんはキョロキョロと辺りを見渡しながら僕に言う。
「巻いた?」
「わかんない」
「怖すぎだよね、なんなんあれ」
「わかんない」
「わかんないしか言わなくなった!大丈夫か!香!」
「わかんない」
「置いて行こうかな、一人で帰ろうかな」
「ごめんなさい」
「よし治った」
五分かそこら駄弁って休憩をし、それからまた体を上げて歩き出す。
道中では沢山話した。普段何をしているのか、どんな子と一緒に普段遊んでいるのか何が好きで何が嫌いか。将来の夢は何なのか、この先の進路とか。いろんなことについて話しながら歩いた。自然と笑みが溢れてきて気持ちのいい空間が僕を心底温めてくれた。日向ごっこしてるみたいで不思議な感覚になってしまう。
雪さんがこっちだと道を示してくれる。それに頷いて静かに進む。彼女の声、肌や手の温かさ、感触、匂い。その全てに僕は惹かれてた。
知ってる感覚、少し前、あの子に抱いていた感覚と瓜二つ。そっか。
久しぶりに感じた。嫌なのに、妙に嬉しいと達観してしまう、一緒に居たいと。思っている。一緒にいるとずっとそう考える。自然と考えてしまってる、無意識にじゃない、僕が意図して考えてる。全てに置いて君がいる、まだ会って間もない君がすでにずっと思考を独占してる。そっか。
僕は。好きなんだ。雪さんのことが好きになってしまったんだ。
唯このいっときの出来事が、この他愛の無い唯一のこの世界が好き、今見ている背中を追って。はにかんだ笑顔や仕草が。君の見ている世界が気になる、何を思って何を考えて何を食べて、何を吸って、何を恨んで、何を好いているのか。
僕は何だか。それに惹かれてる。きっと出会いは偶然でしかない、偶然だからこそだ。必然なんてものはない、運命なんてものはない、でも今ぐらい。奇跡だって思ってしまってもいいじゃないのか?。あれだけのことがあったんだ、あんだけ辛かったんだ。だから少しぐらい縋ってしまってもバチは当たらないから。
全てが鮮明に見えた後で僕は雪の声でハッとした。
「同着。」
目の前には戸締りのしっかりした扉があった。暫し階段を上がり歩いていたから膝が少々痛む、もう歳かな。もう少し一緒に歩いていたかった。
「案外あっさり着きましたね」
「大丈夫?」
「何がですか?」
「なんか…、んーなんでもない」
気になる言種だ、気になる。けど、やめておこ。
「ほんと、着くの早かったね」
「結構話したけどね」と笑い雪さんは「開けるよ」と言って自身の体重をフルで活用してギシギシと鳴り響く扉をゆっくりと丁寧に開けた。久しぶりにのしっかりとした灯りが扉の隙間から縫い入り込んでくる。様々な色の光が世界を満たした。
「綺麗」
僕は言葉を吐露した。ただ無心にドアから覗き映る。空を見上げていた。あたりに建物の価値のない明かりは無く、だた空だけの深海の様な宇宙そのものを目の当たりにしているみたいで、今いる学校の屋上がまるでダンスフロアに照らすスポットライトの如く成っている。曇りが星を隠していたのに気が付いたら雲一つない静寂の世だけが残りグツグツと星間が降り注ぐ。
目に焼きついた情景が瞼の裏にまで張り付いて焼印のようで張り詰めた心を解いて、僕は僕の意思とは関係なく前へ。前へと。進んでいた。見惚れはにかんだ筋肉が液体になったように口角がせり上がり下に下がろうとしない。
「こんなに綺麗なものって近くにあったんですね」
詳細に言えば近くなんてない、何億キロと離れた先から届いている光だ到底近くなんて言える代物ではない。でも触られそうなほどに近く感じる、錯覚というやつか。心臓が内臓が脳みそが地震に結われ跳ねる。少し、緩んで泣いてしまいそうだった。雪さんの前で泣く姿なんて見せたら笑われてしまう。あくまで「強い」を演じなければ、男としての僕としての像として。
そう思ってから僕は雪さんの顔を、瞳孔を黒い目を大きくして横顔を覗く、映画の一つのシーンを見てる等しい程にこれまた神秘的だった。
「雪?」
衝撃で呼び捨てにしてしまった。雪さんは悉く周りに気を遣らず思うがままに泣いていた。美しい空に見合う美しいその顔から小さな涙が漏れている。流星みたいだった。燈が反射して涙が落ちる星に見えた。
「綺麗、だ。」




