3。バク #1-2
久梨原香…中学、旧職員室。
無邪気な笑顔が辺りを包んでいる。今と過去が繋がったみたいな気分だ、そんなわけないのに、でも嬉しかった。また話せた様な気がした。あの頃の母さんと父さんと話せた。もうとうにないあの声あの背丈あの色、匂い、手触り。全てがあの頃のままだった。
「落ち着いた?」
そう言うと抱きしめていた手をそっと解いて僕の顔を見る。目が合った。窓からの月明かりで普段よりも妖艶にそして緊迫として目に映った。
「ありがとうございます」
「寂しい?」
「何がですか?」
「いやー、なんか、寂しそうだなって、平気?」
鋭いなやっぱり、的を得てる、確実にしっかりとバレている。確かに今、僕はすごく寂しい気持ちでいっぱいだ。何というか感傷というか言い表せない何かを背負っているように感じる。でもそれは負い目ではない。今までなかった感覚。吹っ切れたわけじゃない、ほんのちょっと、大人になってしまった気がする。嬉しいような苦しいような、でも僕はしらを切って嘘をついた。
「さぁ、わかんないです」
「そっか、」と言ってそれ以上は何も聞かず、僕の背中をそっとポンと摩った。痛いよ。手加減してよ。
それに僕は内で完結して口には出さず答えずで、吸い寄せられるように職員室を出る。雪さんは後ろをついてきた。
すると雪さんは僕に怯えたような口調で僕の制服を掴んで言う。
「雰囲気だいぶ変わるね」
「そうですね、知らない場所みたいだ」
薄暗い廊下に微かな月からの隙影が辺りを微妙に照らしている。非常口の緑の灯りが鮮明に見える。緑は安全色と言ったものだけど雰囲気がガラッと変わると急に怖く見えてしまう。
窓は開いていないのにカーテンが靡いている。それは換気扇から微かに漏れ出た風で翻っていた。漏れ出た微かな風でヒィゥとあまり聞かない環境音に身がギッと強張るのを感じた。
僕らは歩く。道標もなく淡々と愁を背負いながら。ふと雪が開きっぱなしの扉を横目に見ながら言う。
「てか教室、鍵かかってないんだね」
「それ思いました、防犯とか気にしてないんですかね」
「もしかしたら警備員さんいないかもね」
「それはどうだろう」
「てか超暗い、ちょう怖いね、手繋ぐ?」
「遠慮しときます」
「えーさっきまで甘えてくれたのに、残念」
「もう二度と甘えませんから、賭けてもいいですよ」
「よし、勝負だ!」
そんなことを言いながらスタスタと進んでく。口角が明らかに上がっているのがわかる、筋肉痛になりそうで明日が怖い。
そして、僕らは奇妙なことと遭遇した。心霊的なのか人為的なのか、今はまだわからない。後ろからスタ、スタ…と足音が聞こえたような気がした。雪さんがそれにいち早く気が付いて僕に耳打ちをしてきた。
「ね;え」
「何ですか」
僕はいつも通りの音量で雪の問いに答えると雪は少々震えた顔で「声が大きいよ」と言われ少し怒られてしまった。あまり現状が理解できていない僕は困惑で足を止めた。
「なんで止まるの!?後ろ!足音聞こえない?、人の足音」
「聞こえます?」
スタスタ……
スタスタ…………
次第に足音の正体は進んできている。僕の耳にも届くぐらいその音はだんだん大きくなってこちらに近づいてきている。お化けか、いやそんなのいるわけがない。現実的に考えてあり得ない。お化けとか子供の戯言じゃないんだ、童話じゃない御伽話じゃない。絵本でもない。
そう思っても身体は震えてしまう。雪さんを見たら彼女もかなり不安そうにしている。雪さんは僕の手を掴んで安心しようとしてる。細い手、暗い中でも見えてしまうぐらいに白い手が僕に触れる。いや見えるというか透けているような、そして奥から一点の明かりがこちらにノソノソと重みのある音に変わり近づいてくる。恐怖で身体が悴む、産まれたての子鹿みたい。僕らはそれを見ていることしかできなかった。目の前の何かはこちらに段々と近づいて来ているのに。何が起きるのか、心どこかで気になっているんだ。
慌てふためいた雪さんは僕へと語りかける。
「おお、お化けとかじゃないでしょ!!、幽霊とかそんなの居るわけないし。でもだとしたら、、、これ。」
言葉を詰まらせた。最悪の場合が脳裏によぎったからだ。
「もし、これが人だった場合だけど、どうする?」
「どうするって逃げるしかないでしょ」
やばいぐらい焦っている。想定していなかったわけじゃないけど、実際に起こってしまうとこうも焦ってパニクってしまうものなのか。
「逃げる先の話ですよ、そのまま外に逃げるのか、星の見えるところまで行くのかって話ですよ」
「私は帰りたくない!ここまで来たんだもん逃げ帰る訳にはいかない、だから行く!屋上まで走ろもし人なら、、」
「わかりましたよ」
気が付いたら身体の震えは無くなっていた。雪さんの声に当てられたのは気持ちが落ち着いたのか、僕は訳のわからない一点の光ではなく、彼女の目に見惚れていた。綺麗だった。生き生きしている生者としての眼が身体の強張りを解いてくれたんだと思う。鼓舞してくれた。やっぱり、惹かれてしまっているのかな。
「とりあえず急いで屋上まで行きましょう」
「行こう」が阿吽としての合図となり僕らは忍足で目的の場まで急いだ。
僕らは走った。走った。走って、走って、、、走った。




