2。あの頃へ。#1-4
「まった?」
「いえ、」
平然を装って僕は咄嗟にそう答える。横からの声、雪さんのものだった。耳の近くで囁かれたものでギクっ!っとなりはしたが日々のドッキリでそれはもう慣れた。
校門前で僕らは不自然にも駄弁っている。
少々、と言うか大分おめかしをしている彼女は暗い中、スポットライトを浴びるかのように上から街灯が差している、まるでアイドルのごとく彼女は成っている。普段の学校姿とは違う一見したら全く違う人にも見える。
僕はというと制服のまま。お風呂も入らずそのままで来てしまった。洋服は何を着ていこうか迷った末諦めて制服のままになった。圧倒的にファッション力不足に尻もちついてしまう。
それを見た雪さんは、僕に疑問を問う。
「何ー、香、制服そのまんまできたの?寒くない」
「多少寒いですけど、気にはならない程度です」
「そっか」と一言。僕の横を雪さんが通って行く。いい匂いがした、優しいフローラルな果物の香り。
「じゃあ、いこっか」
「はい」っとだけ僕は答え、彼女の後ろを僕はひっそりとついていった。アヒルの子のように、母にだるいながらも連れられてそのまま跡をついて行く子供みたいに。
校門からは入らず学校の外周をトコトコ歩く。まるで犬の散歩だ。
「どこに入れそうな場所なんてあるんですか、見た感じなんもない普通の感じで変わりがわかんないんですけど」
「こっちの方、体育館の方のー、古い一階のところにある職員室あるじゃんあそこの窓の鍵空いてるんだよね」
「なんでそんなこと知ってるんですか、」
僕の通っている学校は第一職員室と第二職員室があり、僕らが今行こうとしているのはきっと前者の方だ、確か古いからとか行き来がだるいからとかそんな感じの理由だったと思う。使われなくなったのは、僕が入学する前に使われなくなったものだから、中に入るのは初めてだ、楽しみだな。
「私のリサーチ力はすごいんだぞ!なんで知ってんだか私もあんまりわかんないんだけどね」
「一人でいつも探してるんですか?」
「一人っていうか、まぁ基本的にはそう、たまに友達引き連れて探したり遊んだりしてる」
学校の監視カメラには映らないよう離れの弊を越える。あまり手慣れていないように見えるから普段からこんな事をしているわけではないんだろう。側から見ればとんでもない不法侵入者で不届者の烏合だ。
「星って他のところじゃダメなんですか?、」
「特別感のある場所がいいでしょ、こうゆう普段行けない場所とかで見た方が思い出として残るじゃん、そっちの方がいいでしょ、大人んなったらこの話しようね」
大人になったらって、そんな未来まで知り合いでいるかは分からないのになぜそんなことを言うのだろう。同然嫌なわけじゃない、むしろ歓喜で満ちている。
「バレたらどうするつもり?」
「そりゃあ、逃げの一手でしょ、囮はあり?」
「なしです」
これ、ひょっとしてだけどバレた時のこと想定してないな。
「それ、平気?連絡とかもしされたらかなり後々後悔しません?」
「やばいってか、多分ぶち殺されると思う」
笑顔の中に。そっと限りない恐怖感というか、そういうものを感じた。誤魔化しているけどそれじゃあ賄いきれないぐらいの恐ろしさ。知っているけど言葉に表せない、表せて仕舞えばそこで終わってしまう、そこで止めてそれ以上が引き出せなくなる。そんなんでは終わらせたくなかったんだと思う。自分でも何だかよくわからない。本当にわからないんだ。
「冗談だって信じてるよ」
「当たり前よ、そんな簡単に殺されたりしたいよ、逃げるもん」
自信満々に物怖じしない彼女。それと対照的に怯えた僕。
「逃げるって、そんな簡単なもんじゃないでしょ、、」
そう言って周囲を見渡す、普段通っている学校のはずなのに全く知らない場所みたいだ。全くの恐ろしさなんて感じない鬱陶しさすら覚える圧倒的気怠さの象徴の学校が、微かに愛おしさを兼ね備えて出迎える。それでいて月明かりのせいだろうか、神秘的に目の中で踊るように燦々と映ってる。まるでダンスホールだ。
これから、と言うかもうしているか、不法侵入。犯罪を軽く飛び越えてしまった。
「まぁ、どうにかなるか」
聞こえないよう息と仲良く吐いた。
「ここってほんとにいつもの学校なんですか」
自然と言葉が漏れ出していた。見惚れながらに僕は口にしていた。
空を見るとポツポツと小さな星がすでにちらほらと見える、微妙に雲が翳りその光を微々と誑しめている。それでも僕の心を奪い取り引き摺り込むのには十分なぐらい綺麗。ここにいる証明をさせてくれているそんな気がする。もう来た甲斐があったと言うものだ。
「綺麗でしょ〜、っと言っても私も来たの初めてきたけどね、さっ行こっか、こっち着いてきて、いつも居る場所だからって気抜いてると迷子になるよ、しかも暗いし転んだらヤバみ、離れないでこっちきて」
柔らかい雪さんの手が僕を掴んで力強く僕を引っ張る。尽く安心する、日和の空で散歩している気分、温かい手これが欲しかった、誰かが道を示してくれるのがこんなにも安心するものなのか、どうして母さんはこれを教えてくれなかったんだろう、前に本で読んだんだ、母や父は子の道標でならねばならぬと、誠としての道として邪としての道は正さねば。そう書いてあるのを見たことがある、どんな本だったかな。覚えてないや。とりあえず今が幸せだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「何モジモジしてんの?もしかして嫌だったりする?触られるの嫌だったら本当にごめん、大丈夫?」
見かねて雪さんは僕に声をかけてきた。
「嫌って言うか慣れてないだけ、です。」
耳が熱くなるのを感じる。恥ずかしいのかな、慣れてないからしょうがない。
「そっか、じゃあ慣れてこっか、ほらココだよ」
そう言って少し進んだあたりで一つの窓を雪さんは指差した、古びた職員室の窓かなり錆び付いていてこれじゃあ鍵なんてかけられなさそうだ。
雪は「よいしょ」っと窓枠に手を掛け勢いよく力任せに、思いっきり窓を抉じ開けとうとした。が、力足らずか華奢なせいか窓はびくともしない。それでも雪さん「んな?」と気抜けながら何度も何度も試してみている。
「あ、あれ、開かない、今朝は空いたのに、鍵かけられたかな、ここまで来たんにまじか」
グイグイと窓を手荒に扱っても動き一つ見せない。
「貸してみてください、もしかしたら自分開けられます」
今度は僕が窓枠に手をかけて思い仕切りに力を入れた。ギギっと鈍い音と錆が落ちる。けれども少し動くぐらいで戸は開かない。しっかり固定されているわけではないけどどうしてだか開かない。何かが引っ掛かっているのかも?頭を抱える。どうしたものだろうかと雪の顔を見るとハッとした様子で話し始めた。
「ねえねえ香、一斉ので引っ張ったら開くんじゃないかな、香がさっき引っ張った時少し動いたじゃん、だから今度は二人でやってみるのそしたら多分開くはず多分きっといや絶対」
「なんか適当ですね」
「いいの、いいからほら手かしてやるよー」
僕と雪さんは窓に今度こそと手をかけ「せーの!」と言って勢いよく窓を開けた。するとバンっと勢い優りに窓が開いた、予想だにしていなかった爆音に僕らは情けなく声を漏らす。
「うお!、びっくりした。やば。死ぬかと思った、、でも!!よっしゃぁ〜開いたね、パチパチ」
手を何度も合わせて嬉しそうにニコニコと僕を見た。
「音、バカみたいに大きかったですけど、警備員さんとかいるんですかね」
「あー、確かに、どうなんだろ」
警備員がいるかもとか考えていなかったのかと少し頭を抱え「えっ」っと声が吹き出た。
「考えてなかったんですか!?」
「まーじで頭ん中一ミリもその考え無かったわ、」
はぁとため息をしてから僕は「ふふっ」と笑った。
「なーに笑ってんの!」
雪さんも冗談混じりに頬を掻きながら笑っている。
「いや、何でも。とりあえず行きましょう、いたら考えればいいですよ、雪さんが言ったんですよ逃げるって、見つかったら全力で逃げますからね、”囮”にしますから」
「じゃあどっちが先に逃げれるか勝負しよか」と雪さんが絶対負けないからね!という気迫と自信の目を向けてそれに僕は「はいはい」と受け流す。
僕らは職員室内に忍び込んでいった。




