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83. 全てを知って…そして



 どれくらい考え込んでいたのだろうか?


 気付けば外の世界はすっかりその様相を変化させていた。ほんの少し前まで全てを紅に染めていた夏の夕陽はとっくにその力を失っている。


―――二人の間に空白の時間が存在する理由。


 どうしてもその理由を知りたい。……私はそう思っていた。


 それは余計な詮索……そう言われれば返す言葉も無いが、二人との関係が近くなるにつれてその理由を知りたいと思う気持ちは増していくばかりだった。


 修二君と知り合い、その後に彼と恭子ちゃんの関係を知った私。

修二君に対して思うところがあった私は彼女に訊きたいことが沢山あった。だから私は彼女から多くの話を訊いた。そしてその時に、この思わぬ事実を知ることになった。


 私はそれから彼女と急速に仲良くなった。だが、それは秘密を知りたかったからではない。単純に私は初めから彼女に興味があったからだ。修二君を媒介にして知り合った私と恭子ちゃん。今では私の親友とも呼べる人物となっている。


 偶然から知り合い、そこから多くのことを語り合って私達は関係を深めていった。恭子ちゃんは本当に何でも私に話してくれた。―――空白の時間に関すること以外は。


 だから私はその事に触れることを諦めた。これだけ仲が良くなったにもかかわらず恭子ちゃんはその理由を完全に覆い隠す。それが何を意味するのか?……簡単に想像がつく。誰にだって知られたくない事情というものはある。それは理解できる。


 彼女が触れられたくないというのなら、知らない振りをするのが友達ってもの。

そう思っていたのだけれど…。


 最近になってやはり知るべきだと思い始めた。

それは興味があるからではなく、私と恭子ちゃんの関係が予想以上に深いものとなったからだ。知っておかねば私は無意識に彼女を傷つけてしまう危険がある。


 だが、そう思ったとて恭子ちゃんにそれを訊ねることなどできない。だから私は修二君からその理由を訊こうと考えた。


 彼に尋ねたとしても全てを語ってくれる保証など無い。

だけど、今の彼なら全てを語ってくれるだろう……自分でも不思議に思うが、何の根拠も無いのに私にはそのような確信めいたものがあった。


 そして今日、その機会が実際に訪れた。

学校から遠く離れた別の世界。私達を知るものは誰も無く、二人だけの空間に私達はいる。―――訊くなら今しかない。


 私は修二君に答えを求めた。彼なら答えを与えてくれると信じた。

彼は、私の期待に応えてくれた。私が知りたかった疑問に対する全ての答えを教えてくれた。


 彼の口からは次々と真実が語られていく。


 2年前に修二君から絶交を告げたこと。それ以後、本当に絶縁状態が続いていたこと。彼が謝罪したことにより関係が戻ったこと。今では完全に昔と同じ状態に戻っている事。―――そして、私と彼が知り合ったときには本当に他人であったこと。


………冗談だよね?


 そう言いたくなった。 冗談ではないって分かってるのに…。

だって、そんな事信じられない。私だけじゃない。クラスの皆だって誰一人こんなことを信じれる者などいない。


 本当に仲の良い幼馴染……誰もがそう思っている。そう納得している。

それが……クラス替えで一緒になった時は完全なる他人であり、関係が戻ったのは最近の事? 本当に2年間も絶縁していた?


―――その事実からどうやって今の二人を想像出来る?


 修二君と恭子ちゃん、二人の間に何かしらの問題があったことぐらいは想像出来ていた。だけど、この事実は私の想像をはるかに凌駕してしまっている。



 余りの驚きで私は思考が追い付かなくなってしまった。

だがそんな私をよそに、修二君は落ち着いた様子でそこから彼が歩んできた人生を語り始めた。


 まだ幼かった頃、親同士の付き合いから恭子ちゃんと知り合い、そこから二人は共に過ごすようになっていった。しっかり者の恭子ちゃん。彼女のお世話になってばかりの修二君。だから彼はそのお礼にと、恭子ちゃんが楽しく過ごせるように無邪気に努力した。


 優しさを与える者、それを受け取りその気持ちに報いようとする者。………二人の強い絆はこの繰り返しからできたものなんだ。


 その話を訊いて、私は少し落ち着きを取り戻すことができた。

この話ならよく理解できる。今の二人の様子と完全に繋がる。不思議と思える部分など何処にも無い。



 やがて話は中学生時代へと移る。

すると、修二君の口からは信じられないような言葉が次々と述べられていった。


 恭子ちゃんに嫉妬した? 苛立ちを覚えた? ―――だから恭子ちゃんに挑んだ?


 どうしていきなりそうなるの? 二人で支え合ってきたんじゃないの? なのに何故そのような感情を抱くようになっちゃったの?


 分からない。

一体どうしちゃったの? 何故そんな事をする必要があるの?…修二君。



 だが、その後に語られた彼の言葉はそのような疑問を簡単に吹き飛ばすほどの衝撃を私に与えた。



「結局、何をやっても恭子には敵わなかった。それに恭子からはよく叱責されるようになっちゃって…。だから俺は恭子の傍で居るのが辛くなって離れていったんだよね。何となく一人になりたいと思ってさ…。」


………恭子ちゃんから離れていった? 修二君が?


「ほんと、自分のダメさ加減を思い知らされたよ。だから恭子の傍で居ると自分が惨めにしか思えなくなったっていうか…ね」



………えっ?


 なにそれ? どういうことなの?


 そ、それってまさか!



 修二君の心を砕いたのって―――恭子ちゃん?!

恭子ちゃんの存在が彼から自信を奪ってしまったの?



 予想だにしなかった過去の出来事を訊かされて、私は思わず狼狽した。

彼が抱えている心の傷、その全ての原因は裏切りを犯した初恋の彼女にあると私は思っていたのに……



 しかし、話はそこで終わらない。更にその先へと続いていく。


「そんなときに俺は彼女と出会ったんだ。陽気で明るく元気のいい娘でさ、思ったことを何でもはきはきと喋ってくるんだ。そんな彼女がある日俺に言ってきたんだよ。――『どこがダメなの? 私はそう思わないけど…』って。 俺はなんだかその言葉に救われたような気がしてね…」


………。


「だから俺も彼女のために何かを…って思うようになったんだよ。結局、そこから俺は彼女に惚れちゃったのかな? あはは…」



 信じて疑わなかったもの……その前提が崩れると人は思考を停止させてしまう。ましてや、正しい答えが受け入れ難いものである場合は尚更だ。


 私の想像は完全に覆させられた。

修二君の心を砕いたのは恭子ちゃん… そして、その心を癒したのが初恋の彼女…


………もう、何も分からない。






 私は家に帰り部屋に入ると、机の前に座って心を鎮めるように努めた。

修二君から語られた真実の言葉が鮮明に思い出される。だが、その言葉に対して素直に納得することなど私には到底できない思いだった。でも、これが真実。それだけは間違いない。……


 私の脳裏には全てを話し終えた修二君の顔が思い浮かぶ。

冷静だった。落ち着いていた。そして、とても穏やかだった。酷い体験を語っているなどとても思えないものだった。


―――修二君、あなたはどうしてこうも冷静に語ることが出来たの?



 心の傷など本来なら誰にも触れて欲しくないものだ。それを彼は穏やかな表情で包み隠さず全てを語ってくれた。そんな彼の感情の全てを汲み取ることは私にはできない。だが、彼の心情なら少しは読み解くことが出来る。


 彼はもう何のわだかまりも持っていない。恭子ちゃんに対しても、そして、初恋の彼女に対しても。



 修二君は何らかの気付きを得た。だから、彼は変わることが出来た。



 昔の自分を顧みて何かを感じ、彼はそこから新しい自分をつくり上げようとしているのだろう。……私はそう感じる。


 今の彼にはもう何ら黒い感情など無い。嫉妬や怨嗟などは全て消え失せている。だから程恭子ちゃんと完全に昔のような関係を取り戻せている。……確かに、そう考えれば全てに合点がいく。



 修二君と恭子ちゃん、二人が離れていたのは絶交してからの2年間ではない。実質的には中学1年生からの4年間となる。


 4年間……普通なら関係を戻すことなど無理だ。いくら幼馴染とはいえ4年の月日は余りにも長すぎる。それに「絶交」という言葉が重くのしかかっているのだから。


 だが、現実に二人は関係を取り戻した。しかも昔と全く変わらない関係を。

どうしてそんなことが出来る? それはきっと……



………二人がそう望んだから。


 それしかない。



 修二君がなぜいきなり恭子ちゃんに謝罪したのか?

それは彼には原点に立ち戻る必要があったから。……そんな気がする。


 彼が判断を誤り、迷走を始めたきっかけとなったのは恭子ちゃんとの関係。だから彼はどうしてもそこからやり直したいと考えたんだろう。自分の間違いを訂正したい、そこからもう一度始めたい、そう思ったからこそ彼は恭子ちゃんに謝罪した。今度は間違わないという強い想いを抱きながら恭子ちゃんとの関係を取り戻した。―――推測ではあるが、それはとても修二君らしい行動だって思える。



 では恭子ちゃんはどうなのか?

彼女はどうしていとも簡単に修二君を許し、すぐさま昔の関係に戻ることが出来たのか?


 考えてみれば最も不思議な行動を取っているのは彼女の方かもしれない。

容姿、能力、人間性……どこをとっても完璧だ。思わず修二君が嫉妬してしまうぐらいに…。


 そんな彼女は当然の如く誰からも求められる存在である。なのに彼女は誰とも付き合わない。付き合おうとしない。彼女の傍には沖田君という最高の男子がいるのにもかかわらず。


 なぜ彼女がそうなのか?……


 それは他に求めるものがあったから。

彼女が何よりも求めていたもの、望んでいたもの、それは……修二君との懐かしい過去の日々。


 だから恭子ちゃんは修二君の全てを許した。絶交という言葉を不問にした。

あの懐かしい日々を取り戻せるのなら全てどうでもいいと思えたから…。


 そして、望むものを得た彼女には楽しい日々が舞い戻ってきた。




………全てが繋がる。


 今の恭子ちゃんの様子と照らし合わせても完全に辻褄が合う。離れてからこれだけの月日が経ったにも関わらず、直ぐに関係を戻せたのにも納得がいく。離れてから4年間、彼女は関係が戻る日をずっと待ち続けていたのかもしれない。


 二人で共に過ごしてきた幼かった日々、恭子ちゃんにとってそれは何物にも代えることが出来ない大切な思い出。だから彼女はそこに拘り続けている。



………そうだったんだね。


 私の頭の中に残っていた最後の靄が消えていった。

恭子ちゃんと出会い、関係を深めていく中で感じてきた疑問、それらの全てに答えを得られたような気がした。


 普段は思慮深くとても聡明な女性である恭子ちゃん。だが、修二君の傍に行くと途端にその態度を豹変させる。我儘を言ってみたり、駄々をこねてみたり、………その姿はまるで幼い少女の様だ。


 彼女の印象とはかけ離れたその姿に、私は多少の違和感を覚えていた。だが、私の推測が正しければ全てを説明することが出来る。



 恭子ちゃんが想い描く理想、それはまだ幼かった時の二人の姿。

だから彼女は幼い少女に戻ろうとする。そして、幼い少年のように修二君を見ようとする。


 恭子ちゃんにとって修二君は小学生の時から変わっていない。いえ、変わってはならない。共に過ごしていた時の彼の姿、それが修二君なんだという固定概念に彼女は縛られている。



………恭子ちゃんの頭の中では刻が止まってしまっているんだ。



 だから彼女は自分から離れようとする修二君を引き留めることが出来なかった。いきなり態度を変えてきた修二君の気持ちが理解できなかった。『こんなの修二君じゃない』……きっと彼女はそのように思ったのだろう。


 だがその結果、修二君は恭子ちゃんから離れていってしまった。そんな彼に対して彼女は何もすることが出来なかった。―――そして、そこから修二君の迷走は始まることになった。




 中学生になり、状況の変化を敏感に感じ取った修二君、それに全く気付こうとしなかった恭子ちゃん。そんな二人がすれ違っていったのは必然であったのかもしれない。


 恭子ちゃんが理想に囚われず、もう少し現実に目を向けることが出来たのなら、変わりゆく修二君の心境にもう少し理解を示せたのなら、きっとその先には幸せな未来があったのだろうと思う。……だが、彼女は未だに過去の幻影という呪縛から解放されていない。


 今の二人は最高の関係を築けている。だから恭子ちゃんもそれに満足している。でもそれは全て修二君によるものだ。


 4年前のあの時、自分はどうするべきだったのか?……修二君はそれに対する正しい答えを見つけている。そして、恭子ちゃんが何を求めているのかも知っている。だから彼は彼女が求める行動を取っている。


 でも……それは本当の修二君じゃない。

彼は確実に変わろうとしている。前に向かって進もうとしている。


 彼がどのように変化しようとも恭子ちゃんとの関係を大切にすることに変わりはないだろう。でも、彼が変わり終えた時、彼が何を望みどのような行動に出るのか?……それはその時にならねば分からない。



 修二君が望む未来と恭子ちゃんの希望がすれ違ったとき、二人はどうなるのだろうか?



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