81. 恋する資格…Ⅻ
「修二~ ご飯できたから降りて来て~」
「へ~い」
階段の下から聞こえてくる恭子の弾むような明るい声。その声に従って俺は一階のリビングへと降りて行った。
「あれ? 母さんは?」
「私の家に行っちゃった。『修二の事よろしくぅ~』って言ってね…」
はあっ… ほんと、溜め息が出る。うちと恭子の家はどーなってんだか…。
子供を本郷家に纏めておいて放置プレイ。母親同士は高科家で優雅にお茶会ってか。まったく、信用されてんだか育児放棄されてんだかよ―分からん。
でも、そんな母さん達なんだが、やはり大人だなって思ってしまうところがある。なんだかんだ言っても、俺や恭子はまだ親の手のひらの上で保護されながら生きてるんだと今は実感している。
俺はいきなり恭子と絶交した。そして2年の月日を経て今度はいきなり仲を戻した。だが、母さんはその事について俺に一言も言ったことがない。知らない筈がないのにそれに触れなかった。仲を戻して恭子が再び俺の家に来るようになっても、それを当たり前の事として受け入れている。恭子の母さんも俺に対して然りだ。
離れても何も言わず、戻っても何も言わず、俺達の親はどんな状況でもそれを受け入れる。そして二人の母親は子供に関係なくどんな時でも互いの親睦を大切にしている。
―――思う事あれど何も語らず。ただ面倒を見てあげるのみ。
やはり親というものは凄いものだと思ってしまう。
テーブルに着き、座りながらぼんやりとそんなことを考えていると、恭子の元気な声が聞こえてきた。
「は~い、お待たせ。恭子ちゃん特性のカレーだよ~」
「へ~え… カレーなんだ。通りで香ばしい匂いがしてた訳か…」
「うん。修二のお母さんがもともと用意してたもんなんだけどね。でも料理は私がやったんだよ。……偉いでしょ?」
「うんえらいえらいでは頂きます」
ベシッ!……
「 『 感謝 』ってスパイス知ってる? それを入れるとすっごくカレーがおいしくなるらしいよ~」
「恭子様……感謝いたします。有難く頂戴させて頂きます…」
「は~い、よくできました。次からは気をつけましょうねぇ~」
恭子の躾はおふくろより厳しい。この辺は昔から全く変わらない。
「でも、ほんと良かったよね~ 二人が上手くいって…」
お昼ご飯のカレーを二人で食べていると、恭子はスプーンを宙に浮かせたまま遠い目をしてそう呟く。俺の話を訊いて二人の想いの深層を知った恭子は、その感慨に耽りながら何かを思っている様だった。
「まあそりゃそうだろ。両想いなんだから当然だ。暗い過去が足を引っ張ったが、それさえ克服できりゃ後はすんなりいって当たり前だよ」
「確かにそうだけど… でも、私が思ってたよりもずっと想いが深くって。やっぱりただ好きってだけじゃなかったんだね」
「そうだな。あの二人の場合は本物の恋だと思う。その辺のカップルとは訳が違うよ。なぜ惹かれるのかが明確で、しかも相手の望むものを互いに与え合ってるんだから。これ以上ないって感じだろ?」
「互いに与え合うかぁ~」
「忠司は加賀美が笑顔でいることを望んだ。それを叶えるために頑張った。加賀美はそんな忠司の想いをいつまでも得たいと願った。そして忠司だけにその笑顔を向けようと誓った。二人の想いは見事に一つに纏まった。……あの二人こそ本当の意味で恋する資格を持ってるって思うよ」
忠司と加賀美、二人の想いを訊かされた時を思い出しながら俺はそう語った。
あれだけの強い想いを持ちながらも、忠司に無理強いしたくない加賀美はただじっとその傍で待ち続けた。トラウマに悩みながらも、忠司は加賀美が求めるものをずっと与え続けた。二人の想い……それは俺が理想と考えた恋の形だった。だから俺はその恋が成就することを願わずにはいられなくなった。
「………やっぱり―――修二は恋したことがあるんだよね。 私には経験が無いから恋に何が必要かなんて深い部分はわからないな…」
少し寂し気な表情をしながら恭子はそう呟く。
恋を知らない自分に対して、それを知る人達との違いを感じていたんだろうと思う。いつもの恭子らしからぬ戸惑いがその言葉から感じ取れる。
虚ろな表情でテーブルを見つめていた恭子。
だが、急に元気な表情を取り戻し、キラキラと輝くような眼を俺に向けてきた。
そして恭子は俺に訊ねる。
「………ねえ修二」
「ん?」
「私にもあるのかな……」
「何が?」
「―――恋する資格」
期待を胸に秘めた恋する乙女。―――恭子はそんな顔をしていた。
恋をしている自分はそれを訊かずにはいられない、そう感じさせられるような表情だった。
「あるに決まってんだろ」
「やったぁ~ 私も幸せな恋をすることが出来るんだね」
恭子は大きな声でそう言うと、満々の笑みとなる。
眼を細くして頬を緩ませ、口元を綻ばせながらクスクスと笑う恭子の笑顔は本当に楽しそうであり、そして嬉しそうであり、見ているこちらを明るく照らすような笑顔だった。
恭子はその笑顔のまま、もう一つだけ俺に訊ねた。
「当然、修二にもあるんだよね?……恋する資格」
「―――ああ、もちろん俺にもあるよ」
「そうだよね。私にあるんだから修二にだってあって当たり前。そうじゃないとおかしいもん、うんうん」
「しっかり相手と向き合うことができる事。自分の我儘ばかりを言わないで、相手を想いやれる事。……そして相手を裏切らない事。 これさえ守れれば誰にだって恋する資格はあるよ」
―――そう、この条件さえクリアできていれば、資格はある。
「うん、私も修二の言う通りだと思う。それが一番大事だと思う。……クスッ、でもそう考えてみるとね、やっぱり佐藤君と加賀美さんって理想のカップルだよね? すべての条件を完璧に満たしちゃってるんだもん」
明るい未来を予想して翳りの無い美しい笑顔を浮かべる恭子。だからできればこれは言いたくない。せっかくの楽しい雰囲気を壊したくはない。だけど、やはり言っておかねばならないと思った。恋には暗い面もあるという事を。
「恭子、その資格についてなんだけどね、もう少しだけ訊いてくれるか?」
「えっ? どうしたの修二。 まだ何かあるの?」
「ああ。もう少しだけね…」
「……うん、わかった」
「逆の考え方をするとね、さっき言った条件を満たさなかった場合、そいつは資格を失うことになる。たとえ今は資格を持っていたとしても、裏切りを犯せばすぐにその資格は消失する。元カレが加賀美を失ったように、……そして、俺が彼女を許さなかったようにね……」
やはり言うべきではなかったか?……一瞬ではあるが、そんな想いが脳裏をかすめた。恭子の笑顔は瞬く間に消滅し、ぎゅっと口を噤んで表情が強張った。
しかし、
「大丈夫。私はそんなことしない。―――修二、分かってくれるよね?」
直ぐに恭子は俺の眼をしっかりと見据えながら、はっきりとそう言い切った。余りの迫力に、俺が思わず気圧されそうになるような強い意志を恭子は示した。
「わかってる。お前は絶対にそんな事はしないよな…」
そうだよな。確かに恭子は誰も傷つけたりなどしない。
でも俺は………そうでは無いかもしれない。
食事を終えた俺と恭子はそれからもリビングで喋っていた。
良く知る近しい友人同士が付き合い始めた。……
恋する乙女として、それに胸をときめかせるのは道理というもの。だから恭子の興奮は醒める気配を見せない。更にそこへ……
「きゃあああ~ 見て見て修二! まどかちゃんがまた送ってきた~」
どーやら加賀美は早速忠司を拉致したようだった。
カップとして成立したばかりだというのに、いきなりデートと言う名を借りて忠司を拘束している。
「うわぁあああ~! ま、まどかちゃん大胆…」
その写真を見て、俺も……ってな感じに。
ほっぺに「ぶっちゅううう~♡」ってやつ。仰け反る忠司を強引に引き寄せてべったりくっついて写っていやがる。
だけど……なんとまあ幸せそうな加賀美の顔。それに顔を真っ赤にして照れている忠司もなんだか嬉しそうな表情をしてやがる。
「でもほんと、いいなぁ~」
二人のラブラブ写真に当てられた恭子は羨望の眼差しでその写真を見つめていた。
そして、
「ねえ修二、修二は彼女が欲しいとか思わないの?」
やたらと興奮気味にそのようなことを訊いてきた。
「彼女か…… やっぱいいよな」
「だ、だよね? 二人を見てたら恋したいって思っちゃうよね?」
「確かにそうだな……」
「修二……あのね………」
「―――でも、俺は暫く彼女をつくっちゃ駄目なんだよね~」
「………はい?」
「なんせ約束破ったら俺はヴァルハラ送りにされちまうからな…」
「―――ヴァルハラ?……ってなーに?」
「詳しくはググって。この世じゃない事だけは言っておくわ」
「なんなの? それ……」
それから恭子に追及された俺は美月との経緯を全て話した。
「仁志君の妹さんの家庭教師?」
仁志に妹がいたのを知っていた恭子だったが、名前までは知らないようだった。それに俺が美月の兄を自称していることなど恭子は全く知らなかった。
まあそれは当然の話。俺が美月と本当の意味で打ち解けたのは、恭子と絶交した後の事だ。仲が戻った後も詳しく恭子に説明したことなど無かったので、恭子が知らないのも無理はない。
仁志が普通の人間なら、恭子は仁志から俺と美月の関係を訊かされていたかもしれんが、生憎あいつは普通じゃない。仁志がいちいちそんな説明を恭子にすることなど考えられない。仁志は本当に余分なことを一切語らない奴だ。
「美月にはちょっと借りもあるんでね、俺は美月の受験が終わるまで面倒を見てあげたいと思ってるんだ。だからさ、ヴァルハラは冗談として美月の受験に集中したいから、俺は今のところ恋人を得たいとか思ってないんだ」
「………でもさ、恋人を得てもそれは」
ちょっとそれはおかしいのでは?……
恭子の反応はそのようなものだった。家庭教師と恋人づくり、確かに両立できなくもない。だが、美月の状況はやはり厳しい。そんな美月を尻目に自分は愛する彼女を……やっぱりそーいう気分にはとてもなれない。
「恋人をつくったら当然そっちも大事にしないといけないだろ? 今は良いけど秋を超えて冬になれば俺の時間はほぼ美月に費やされる。それじゃあ恋人に失礼だよな? 俺はそんなに器用じゃないから両立は出来ないと思うし…」
「だ、だけど………」
恭子にやんわりと理由を説明してみたが、やはり完全には納得しなかった。自ら恋愛を制限する俺を気遣ってくれているのだと思う。確かに俺と美月の関係を知らない他人から見れば、俺のやっていることはおかしなことなんだろうって思う。……でも、恭子には分かって欲しい。
「―――美月はね、あのときの俺に力を与えてくれた恩人なんだ。だから……」
俺は本当の理由を恭子に告げた。
だが、「あのとき」という言葉に恭子は鋭く反応し、胸を押さえて表情を硬くする。
「―――そっか。ならしょーが無いね。 ほんと、修二らしいんだから…」
少しして、恭子の表情は和らいだ。
そして懐かしい目をしながら、微笑みを浮かべて俺にそう語りかけた。
「俺の行動ってやっぱおかしいかな、恭子?」
「ううん。凄く修二らしい。昔からそういうところは本当に変わってないね。私は修二のそんな所は好きだよ。だから頑張ってあげてね」
俺を励ましてくれた恭子の顔はとても優しかった。
なぜ俺がこんなことをするのか、それを理解してくれるのは恭子をおいて他にはいないだろうと思う。
「ならさ、私も協力しようか? 受験の時に使っていたノートもまだ残ってたと思うし…」
「ホントか? それは助かる。お前のノートをもらえりゃ百人力だ」
「うふふ… いいよ、協力する。……でもその代わり、見返りは欲しいなぁ~ えへへ…」
「ああ、何でも言ってくれ」
「たまには私を労ってくれること。そうしてくれるのならちゃんと協力する」
「……それだけでいいのか? そんな当たり前の事だけで?」
「クスッ… それで十分なの」
「さすが恭子だ!」
「―――だけどね、約束破ったらどーなるのか……しってるよね?」
さすが恭子だ(怖っ)
やがて夕刻になり恭子は自宅へと戻っていった。
未だ部屋に残る恭子の残り香。それを感じると、恭子の顔が思い浮かんでくる。大の字になり、仰向けになってベッドで寝ながら、俺は先刻の話を思い出していた。
恋する資格、それは恭子にもあり、俺にもある。
―――ただし、俺には恭子に対してのみ、その資格がない。
裏切りを行った初恋の彼女を俺は許さなかった。
もし彼女が本当に心を改め、今の俺に対して恋心を示したとしても俺はそれを受け入れない。この先もずっとそれは変わらない。
だが、彼女が本当に心を改めたのなら、彼女には恋をする資格はある。……俺以外の人になら。
彼女は裏切りにより、俺の心を傷つけた。
そして俺は恭子を見捨て、絶縁を叩きつけ、恭子を傷つけた。
俺は彼女を二度と恋人にするつもりはない。ならば恭子を傷つけた俺はどうなのか?
………他人の過ちは許さないが、自分の過ちは許される。
どの面下げてそんなことが言える?
自分の捻くれた感情から恭子を見限り、他の女子に愛を求め、その愛の破綻に俺は恭子を巻き込んで心に傷を負わせた。
そんな俺に恭子を求める権利などある筈がない。
俺の心に傷をつくった彼女を許さないのなら、恭子の心に傷をつくった俺が許されるべきでないのが道理だ。
今の俺は確かに昔と違う。
恭子に対してどれだけ俺が見劣りしていても、今の俺なら恭子の横で胸を張って立っていられる。周囲の者からいくら嘲笑されようとも、今の俺なら恭子を支えることが出来ると自信をもって公言できる。
だが、恭子を傷つけてしまった過去だけはどうしようもない。
恭子は俺の全てを許してくれている、それは知っている。
恭子は絶対に俺を責めない。それどころか俺が苦しまないように気遣ってくれている。だが、そんな恭子を見るたびに俺の罪悪感は膨らんでいく。恭子がそれを望まないと知っていても、罪の意識が心を縛る。
忠司の言った一言が、今でも俺の心に突き刺さっている。
―――こんな自分が彼女を幸せにできると思う?
そうだよな。出来る訳ないよな。
俺は自分が許せない。
今の俺が願うのは恭子の幸せだけだ。それが成されるまで、俺は恋をしない。恭子の幸せを見届けるまで、誰に対しても恋心を抱くことは無い。たとえ美月の受験が終わってもそれは変わらない。
気が付けば外は暗闇だった。
それは部屋の中も同じであり、伸ばした自分の手のひらさえ見えなかった。だがその暗闇に眩しいぐらいの明かりがともされる。
『 どうした、忠司。なんかあったのか?』
明かりを放つスマホを手に取り、俺は忠司からの電話を受けた。
『 あはは… ライン見た? 凄く恥ずかしいんだけど……』
照れ臭そうに、だが凄く楽しそうに、忠司は弾んだ声でそう答えた。
初めてのデートを終えた忠司は、すぐさま俺に電話をしてきたようだった。昨日の事、そして今日の事を俺に報告した忠司は感謝の言葉を何度となく俺に述べた。
忠司の声は明らかに異なっている。
俺と話していた時の気弱な少年といった雰囲気はどこにもない。大切なものを得て、それを守っていこうとする強さを感じさせられる。
楽しそうに話す忠司の声に、俺も自然と表情を緩ませながら耳を当てていた。だが、忠司は少し口調を変化させると、あらたまった感じであることを話し始めた。
『 僕は自分が間違ってることに気付けて本当に良かったと思う。僕が本当の気持ちを伝えると、加賀美さんは涙を浮かべながら抱きしめてくれた。その時に思ったんだ。加賀美さんの想いに応えることが出来て良かったって。相手からの想いに応えることがどれだけ大事かって。だから自分の殻に閉じ籠ってた僕はバカだったと本当に思った…』
とても心に響く言葉。忠司の気持ちがストレートに伝わってくる。
『 そうか。変わることが出来て本当に良かったな 』
『 うん。でもこれは全部修二くんのおかげだよ 』
『 そう言ってもらえると俺も嬉しいよ 』
『 だから修二君、僕は感謝の気持ちを込めて君に伝えたいんだ…』
『 何だ? 』
『―――君は間違ってる。君のその考えは誤りだ 』
どうしたんだ、忠司? いきなり何を言っている?
『 愚か者の話、僕には凄く衝撃的だった。修二君にそんな過去があったなんて想像もできなかった。だけど僕はあの話のおかげで後悔しないように、前に進もうと思えたんだ。そしてその結果、加賀美さんの想いをしっかりと受け止めることが出来た。それによって僕は加賀美さんを少しだけでも幸せにすることが出来たと思う…』
『―――なにが言いたいんだ、忠司』
『 相手の気持ちを無視することこそ一番の大きな罪だよ。酷い言葉を言って心を傷つけた僕の事を加賀美さんは喜んで受け入れてくれたよ? そして幸せそうな笑顔を僕に見せてくれたよ? 僕がもし修二君と同じ様な考えだったらどうなったと思う? 僕には資格が無くなったからと言って加賀美さんを無視して離れていたら…… 加賀美さんは幸せになれたと思う?』
『 ……! そ、それは……』
『 たとえ相手の心を傷つけてしまっても、それでもその相手が自分を必要だと望んでくれるのなら、その気持ちには真摯に応えないといけないって思う。応えることによって相手が望む幸せを得られるのなら、それでいいんだと思う。そうすることが相手に対する一番の贖罪になるんだと思う…』
『………』
『 裏切った彼女を修二君は許さなかった。でも高科さんは修二君の全てを許そうとしている。状況が全く違うよね? それなのに同じ考え方をそこに当てはめようとするからおかしくなるんだよ。―――相手から求められる限り、恋をする資格は失わない。だからこの先、もし高科さんが修二君を求めるような時が来たのなら、君は彼女の気持ちに応えないといけないって僕は思う…』
『 忠司……』
『 クスッ… でもまあこれってもしもの話だけどね。 高科さんが修二君を求めてくるのか僕には分からないから。でもね、高科さんの気持ちに関係なく、修二君はそう考えないといけないって僕は思う…』
『………そうか』
『 僕は君の親友だ。だから敢えてそう謹言させてもらう。修二君の誤りは僕が正さないといけない。君が僕にそうしてくれたようにね…』
それから少しだけ喋り、俺と忠司の通話は終了した。
忠司の言葉に俺は一言も反論できなかった。
忠司は論理を語っているのではなかった。相手の幸せを考えるという現実を語っていた。身をもって体験した現実の話はどんな格言よりも重く感じられてしまう。
完敗だ。ほんと、ぐうの音も出やしない。
忠司の言葉に今すぐ従うってことはできないかもしれない。
手のひらをくるりと回すように、感情というものは一瞬で変えることはできない。だが、変えていかねばならないと思った。
この先、もし恭子が俺を求めてくることがあるのなら、その時、俺の罪は許されたんだと考えよう。そして、まだ幼かったあの時と同じ気持ちで恭子を見つめ、そこからどう答えるべきかを考えよう。歪みの無い今の俺の心なら、きっと正しい答えが出せると思う。
しっかし、親友からの謹言は心に刺さるな。もうグッサグサって感じ。
いきなり俺に意見なんかしてきやがって、忠司の野郎……
―――さすが俺の親友って感じだな。




