28. 恭子への想い
誰もいない家に帰り着くと、すぐさま自分の部屋へと直行してベッドへダイブ。
もう眠くってしょーがない。取り敢えず明日は予定もないことだしぐっすり寝ようzzz…
……と思っていたのが、…眠れない。瞼を閉じて眠りに就こうとすると何故だかある風景が脳裏をかすめる。
本当に楽しそうな笑顔で仁志と話していた恭子の顔…。
―――俺は恭子の事をどう思ってたんだろう…
分からない。考えたことが無いから…。
そもそもどうして中学に入ってからあれ程恭子に対して歪んだ感情を持つようになってしまったのか…。
大切な人から離れようってなぜ考えてしまった?
全ては自分の自信のなさから出た嫉妬のような感情が原因…。だが本当の理由はそこじゃない。
なぜそれほどまでに恭子の事を意識した?… どうしてあれ程むきになった?…
俺はいったい何が嫌だったんだ? ……いや、そうじゃないな…。
―――本当は何が怖かったんだ?…
思い返してみてもぼんやりとした記憶しかなくはっきりと思い出せない。
当然といえば当然か…。
その後に始まった初恋の人との恋愛、そして裏切りという結末…それらがあまりにも衝撃的すぎて他の記憶が消し飛んでしまっている。だから昔の感情が思い出せない。……
……なんてな。
こんな茶番はもうやめよう。
俺はいったい何を怖れていたのか……多分そこを突き詰めれば答えが出るんだろう。
恭子と話す機会が増え、最近では近くにいることが多くなってきた。
そのためだろうか……ぼんやりと霞んでいた昔の記憶が少しずつ色を取り戻し鮮明になってきている。
昔は踏み込んで考えることから逃げ出したその領域… 俺にとっての恭子の存在の意味…。
曲がりなりにも恋愛というものを経験した俺が今から思い返せば、あの時の本当の自分の気持ちがどうだったのか…そこに辿り着いて明らかにするのは可能だろう。
だが今の俺は答えを求めることに躊躇している、…いや、拒絶している。
明らかにしてどーする?… 知って何をする?…
その答えがどちらに転ぼうが俺が恭子に何を言える?…
あれだけ酷い態度を取り続けた俺が、今更自分の気持ちに気付いたからって何をいう権利がある?
自分の本当の気持ちに気付こうとせずに反発心から他の女の子を好きになり、そしてその子との破局の際に自分勝手な暴言を吐いて恭子との関係を断ち切った俺…。
―――さすがに、……ないよな。
今の恭子には好きな人がいる。…俺ではない他の誰か…もしかしたらそいつは俺の親友。
4年前、まだ中学生になったばかりの頃の俺の本当の気持ち…
知らない方がいい、気付かない方がこれから3人で楽しくやっていける。
恭子と仁志は俺にとってかけがえのない友達… だから二人の邪魔はしたくない。
これからは恭子に役立つことを何かしてやりたい…。
ほんの少しでもいいから何か恭子のために力になってやりたい。心からそう想う。
中学時代、俺は恭子から離れていった。自分から恭子を遠ざける態度を取った。
だが恭子の態度は何も変わらなかった。そんな俺に対してもいつものように変わりなく近くでいようとしてくれた。
やがて俺に彼女ができるとそれに気遣って恭子は俺から距離を取っていった。
今ならわかる。……どれだけ恭子が俺の事を考えていてくれたのかが。
―――そうだよな…。
俺が恭子をどう思っていたのか…
もう考えるまい。 その答えは出ない方がいい。
◇ ◇ ◇ ◇
テストが終わった翌日の金曜日、俺はこれと言ってやることもなくボケっとして魂の抜け殻のような状態で過ごした。昨日の思考で得た結論がずっしりと心に重くのしかかり、なぁ~んにもする気が起きないって言うか…。
ちょっとアンニュイな気分で虚しく時間を過ごしていたのだが……
あれ?… 淡く切ない過去の感傷に浸っている今の俺って…なんかカッコよくね?…
―――もしかして… 俺ってハードボイルド?…
中二病は完治したはずだったが何故だか高二病が発症してしまったボク…。
ちなみに俺が言ってるハードボイルドとは俺の脳みそがハードにボイルドされて完全に煮詰まっているってことだかんね。
じ、じぶんのことをカッコいいなんて……ちょっぴり思っちゃったけど本気で思ってる訳じゃないんだからねー!
あんまり暇なんで一人でこんなボケ突っ込みをかましているとスマホからピコンッって音が鳴った。
―――いったい誰よ?… ピン芸人としての修行の邪魔をしやがる奴は…。
『やっほー 本郷君』
なんだ、…やっほーさんか…… じゃなくて蝶野さんか。
(ピコンッ)
『あ、あのね…』
(ピコンッ)
『明日のことを決める前に…』
(ピコンッ)
『話しておきたいことが…』
(ピコンッ)
『あるんだよね…』
あのさ、…なんでこんなに小分けにして送ってくるの? さっきからスマホがピコンの連打でうるさいんですけど…。
それに話しておきたいことって?……
取り敢えずラインを開いたが、蝶野さんからのメッセージはそれからも続いていった。
『今まで隠してたことを……言っちゃうね…』
―――なんだ? …急にこの重苦しい雰囲気は…
何か言いにくいことを伝えたい?… だから文章が細切れに?…
『私さ、本当の事言うとね……ちょっと苦手って言うか…』
『ううん、ごめん。正直に言うと前から嫌いだったんだよね…』
ちょっと女神様、…何をカミングアウトしようとしてるんです?…
『中身は空っぽのくせしてね、…見た感じだけいいように見せてるところが特に…』
―――中身は空っぽで見た目だけ取り繕ってるって……俺でしょ?
『はっきり言って許せない…』
ええぇぇぇっ~! 俺ってそんなに嫌われてたの? 全く気付かなかった……ってか、ど、どーしよ…
ま、マズいな… やっぱ養分吸いすぎたのが原因?… 俺、やっちまった?
『もう見るのもいや…この世から消えちゃえばいいのにって思う…』
……あーあ、生存権さえ完全否定されちゃったよ……おれ。
『ほんっと大嫌いなんだ…』
―――本当にごめんなさい蝶野さん。死を以ってお詫びさせて頂きます…。
『――ピーマン――』
…………。
へ?… ピーマン?…… それってかの有名な緑黄色野菜のやつ?
それとも俺を比喩して言ってるの? どっち?…ねえ、どっちなの?
『………それって、…野菜のピーマン…だよね?』
『―――野菜以外にピーマンってあるの?… 本郷君?』
良かったぁ~~~ 俺じゃなくて野菜の方だった…… ってあれ? なんで俺って自分の事を野菜と同列に見てんの?
『ピーマンってさ、見た目は鮮やかでおいしそうに見えるのに噛めば噛むほど苦い味しかしないって… あれ詐欺だよね?』
『…そ、そうだよね…』
取り敢えず同調しといたが、ちょっとだけピーマンがかわいそうに思えているボク。
中身がないってところに妙にシンパシーが…。なぜかピーマンに同情を禁じ得ない。
『だからね、食事のときは出来たらピーマンの入ってないものを頼んでほしいな~なんて……』
『了解しました…』
…………。
『―――あのさ、…話しておきたい事って… もしかしてそれだけ?』
『そうよ。だって目の前に青椒肉絲なんか出てきたら帰りたくなっちゃうもん…』
『―――そうなんだ…』
『いきなりこんなこと話して驚いた?』
『……ええ、それはもう…』
驚いたなんてもんじゃありませんよ。 ……色んな意味で。未だに心臓がバッコンバッコンですってば…。
ちょっとアンニュイな気分なんて一発で吹き飛んだ。想像の斜め上をいった訳の分からない蝶野さんのカミングアウトを訊かされた俺は、シリアスモードを一瞬でかき消されて蝶野さんペースに嵌っていった。
それからもラインは続いたが、「めんどくさい」と蝶野さんが言いだし通話に切り替えてお話を継続。その後はさんざん彼女の好き嫌いについて歴史的経緯を踏まえながら色々と訊かされたのだが…
屈託のない感じで楽しそうに話されると、ついつい俺の方もすっかり話に聞き入ってしまっていた。
本来の目的は待ち合わせ場所と時間を決めるだけだった筈が、気付けばどーでもいい無駄話を1時間以上もしていた結果となったのだけれど、何というか……あっという間に時間が過ぎたように感じた。
やっぱ蝶野さんと話していると楽しい…
それは彼女が類い稀なる美少女だから?… そうではない。
なんというか、…彼女は思っていることを素直に相手に伝える。そこに裏表はなく計算もなしに…。
だからこそ彼女の話は疑いを持たずに聞くことができて心に届きやすい。
それに彼女は歪んだ眼で他の人を見たりすることも絶対しないし… 本当に素晴らしい人だ。
―――やっぱ本質的なところが似ている……恭子と。
だからなんだろうか、…蝶野さんと話していると何処か懐かしい感じがするっていうか何と言うか…。
彼女が喜ぶようなことをしてあげたい。 …純粋にそう思う。
お世話になっているから… 当然それもあるが、それ以上に…
見返りは何もいらない…。ただ自分がそうしたいと思う……それだけだ。




