第47話 返ってきた控え
門の前に、荷車が七台停まっていた。
どれも違う車だった。轅の形が違い、幌の色が違い、車輪の大きさが違う。同じ場所から来た車ではないと、一目で分かった。
御者たちは互いに知り合いでもないらしく、それぞれ手綱を持ったまま、門のほうを見ていた。
「どちらから」
エルナが聞くと、いちばん手前の男が言った。
「北の峠の下です。うちの先生から、これを施療院へ持っていけと」
「中身は」
「紙です」
*
荷を下ろした。麻袋が二十六。木箱が九つ。どれも重かった。ミラが一つ開けて、中を覗いて、それから顔を上げた。
「エルナ様。……全部、字です」
エルナは箱の一つに手を入れた。束が出てきた。麻の紐で括ってある。表に一行だけ書いてあった。
――疫の年の手順、写し。看たる者の控え。
字は下手だった。急いで書いた字だった。エルナの知らない誰かの字だった。
*
束を解いた。
中身は、日付と、名と、熱の出た日と、下がった日だった。冷やした刻が書いてある。向きを変えた刻が書いてある。癒し手を配った刻が書いてある。
そして、いちばん下の欄に、二つの名前が並んでいた。
――看たる者、二名。
エルナは、その二つの名を長いこと見ていた。
*
手順の五番目だった。
――看る者を、必ず二人一組とせよ。一人にすれば、その者が倒れたとき、記録が途切れる。
二人一組にすると、二人が書く。二人が書くと、控えが二枚できる。一枚は院に置く。もう一枚が、余る。
余った一枚を、彼らは送ってきた。
誰も、そうしろとは言っていない。裁定には書いていない。手順にも書いていない。ただ、二枚できたから、一枚を、配ってきた場所へ返した。それだけだった。
*
二台目の車は、東の川向こうからだった。
三台目は西の港。四台目は南の、関のさらに向こうの村の施療院。五台目と六台目は、名も知らない土地の名を言った。七台目の御者は、書付を出して読み上げた。自分では場所の名を言えないほど遠い場所だった。
院の広間に、袋と箱が積み上がっていった。ハンナが手を止めて、それを見ていた。
「あんた」
「はい」
「これ、全部、あの三枚から出たのかい」
「はい」
「三枚だよ」
ハンナは言った。
「婆さんが書いたのは、三枚だ」
*
昼を過ぎて、八台目が来た。
その車には、別のものが積んであった。
――薬種払い出し、控え。
エルナは箱の蓋を開けて、手を止めた。
裁定は二つ出ていた。一つは手順を王国中へ配れというもの。もう一つは、薬種の払い出しの控えを施療院に納めさせよ、というものだった。
王都では、その二つ目は死んでいた。差し戻しの紙で止められていたからだ。
だが、王国中の施療院では、止まっていなかった。
止めるには、一つ一つに紙を出さなければならない。北の峠の下にも、東の川向こうにも、西の港にも、名も知らない土地にも、全部に。
誰も、そこまでは止めていなかった。
*
エルナは箱の中の束を取り出した。
いつ、どこで、いくらで、誰に。ケルンの帳面と同じ形をしていた。同じ形をしていて、書いた者が違う。売った側ではなく、受け取った側の記録だった。
売った側の記録は、売った側に都合よく書ける。
受け取った側の記録と、突き合わせると、そうはいかない。
「ミラ」
「はい!」
「箱を、年ごとに分けてください」
「はい!」
「三十年前と、十七年前と、此度です。三つに分けてください」
ミラは走り出した。走りながら「三つ!」と叫んだ。この子は指示を復唱すると速くなる。
*
夕方までに、広間の床が埋まった。袋が三十一。箱が十四。束にして、数えきれない。エルナは端から順に、書いた場所と年を確かめて、並べ替えていった。
いつもの仕事だった。診て、分けて、並べ替える。物が紙に変わっただけで、手つきは着任した日から何も変わっていない。
テオドール院長が、広間の入口に立っていた。
老人は敷居を跨がずに、そこから床を見ていた。跨がないのは、いつもの癖だった。
「エルナ」
「院長先生」
「これは、なんだ」
「控えです」
エルナは顔を上げた。
「返ってきました」
*
院長は、そのまま長いこと立っていた。
それから、初めて敷居を跨いだ。
杖をついて、床の上の束のあいだを歩いた。一つ屈んで、束の表書きを読んだ。読んで、また立ち上がって、次の束へ行った。
「これを、誰が集めた」
「誰も集めていません」
エルナは言った。
「返ってきただけです」
*
彼女は自分の書いた三十七枚を思い出していた。
あれは一人で数えたものだった。十七日かけて、夜だけを使って、誰にも読まれないまま束になった紙だった。
いま、床にあるのは、それとは違う。
北の峠の下の誰か。東の川向こうの誰か。名も知らない土地の、名も知らない二人一組。全員が、自分の持ち場で、自分の患者を数えていた。数えて、二枚書いて、一枚を返してきた。
エルナが数えたのではない。
みんなが、数えていた。
*
三十年前、この紙は消せた。院は一つしかなかった。院を一つ潰せば、紙は全部消えた。だから祖母の帳面は物置に残り、誰にも読まれずに三十年眠った。
いまは、違う。
紙は王国中にある。北にも東にも西にも南にもある。一つを止めるには一つに紙を出さねばならず、全部を止めるには全部に出さねばならない。
壊すには、壊す先が要る。
エルナは立ち上がった。
「ミラ」
「はい」
「ハンナさん」
「なんだい」
二人が振り返った。エルナは床いっぱいの紙を見た。
「侯爵さまは」
彼女は言った。
「壊す先を、間違えられました」
お読みくださって、ありがとうございます。この物語でいちばん気持ちのいい回になったと思います。
門の前に停まった七台の荷車は、どれも違う車でした。轅の形も、幌の色も、車輪の大きさも違います。同じ場所から来ていないからです。
中身は、紙でした。
祖母の手順の五番目。二人一組にすれば、二人が書きます。二人が書けば、控えが二枚できる。一枚は院に置いて、もう一枚が余る。余った一枚を、彼らは配ってきた場所へ返してきました。誰も、そうしろとは言っていません。裁定にも手順にも書いていない。ただ、二枚できたから、返しただけです。
エルナが一人で書いた三十七枚は、十七日かけて、誰にも読まれずに束になりました。床いっぱいの紙は、違います。顔も知らない土地の、名も知らない二人組が、それぞれの持ち場で数えていました。
三十年前は、院を一つ潰せば紙が消えました。いまは、壊す先がありません。
この回が刺さった方は、どうか一押しをいただけると嬉しいです。




