第28話 閉じるか、開けるか
評議は翌朝に開かれた。宮廷医療の評議だった。かつてエルナが末席にも座れなかった部屋に、いま、彼女の席があった。
座って、気づいた。この席からは、部屋にいる全員の顔が見えた。
「南の街道を封じるべきである」
最初に発言したのは近衛の将だった。
「三本の道を軍で塞ぐ。荷も人も通さぬ。王都に斑を入れぬ手立ては、これに尽きる」
「異存はない」
「異存はない」
貴族たちの声が続いた。早かった。反対する理由が誰にも無かったからだった。
「では、街道筋の村は」
エルナは言った。声が止まった。
顔がいくつも彼女に向いた。それは奇妙な向きかただった。誰も彼女を見下してはいなかった。ただ、この娘が口をきくのを、まだ見慣れていなかった。
「村は、王都へ薪と石と野を売って、穀を買っております。道を塞げば、三日で穀が尽きます」
「病を入れるよりは、よかろう」
「街道筋に暮らす者は、六つの村で二千を超えます」
エルナは言った。
「王都は十万です。二千を捨てれば十万が助かる。……計算としては、正しゅうございます」
部屋が静まった。
「では、何を申したい」
「まだ、申しておりません」
エルナは言った。
「数えているところです」
*
評議のあと、廊下でハンナに捕まった。太い腕がエルナの前を塞いだ。
「あんたが決めることじゃないよ」
ハンナは低く言った。
「二千の村を干すか、十万の都に病を入れるか。そんなもの、あんたみたいな娘が決める話じゃない」
「はい」
「王様が決めりゃいい。侯爵さまでも将軍さまでもいい。あんたは、来た人に札を貼ってりゃいいんだ。それがあんたの仕事だったろう」
エルナは黙っていた。黙っているエルナを見て、ハンナの声が少し掠れた。
「……あんた、変わっちまうよ」
「いや」
声が横から来た。テオドール院長が壁に手をついて立っていた。
「それが、あの職だ」
老人は言った。
「診て、分け、並べ替え、物と人を配する職。……あの広間で、そう読み上げられたのを、わしも聞いた」
「院長先生」
「ハンナ。おまえの言うことは正しい。だがな」
院長はエルナを見た。
「決める者を置かねば、全員が待って、全員が死ぬ。……あの裁定の文言だ。わしらは、それを勝ち取ったのだぞ」
ハンナは口を開いて、閉じた。
それから舌打ちをして、行ってしまった。
*
その夜、エルナは机の前に座っていた。軍の帳面が積んであった。ラインハルトが自分で持ってきたものだった。
街道の関を、この半月に通った荷と人の数。日ごと。道ごと。刻ごと。
彼女は数えた。
*
夜が更けた。ランプの油が減った。
――東の道は、荷が多い。石と薪。人は少ない。
――西の道は、人が多い。市の日に集まる。荷は軽い。
――中の道は。
エルナの指が止まった。中の道だけが、両方だった。人も荷も通る。そして、いちばん短い。村から施療院まで、荷車で一日だった。
クラウスが引いてきた道だった。彼女は目を閉じた。
閉じるという言葉を、体の中で転がしてみた。閉じれば、王都は守れる。閉じれば、村は死ぬ。開ければ、村は生きる。開ければ、王都に入る。
二つしか無いように見えていた。
――なぜ、二つしか無いのだろう。
目を開けた。
――門と、同じだ。
エルナは思った。
施療院の門は、閉じてもいないし、開け放してもいない。門番が立って、診て、分けて、並べ替える。だから、あの門は、あれだけの人を通してなお回っている。
街道が違うのは、そこに人が立っていないからだった。
立てばいい。
*
翌朝、評議が再び開かれた。エルナは立ち上がった。手には帳面が一冊だけあった。
「閉じません」
部屋がざわめいた。
「では、入れると申すか」
「入れません」
エルナは言った。
「東の道と、西の道を塞ぎます。二本です。……そして、中の道を、一本だけ、残します」
「残してどうする」
近衛の将が言った。
「そこから入るぞ」
「入れません。関を置きます」
エルナは帳面を開いた。
「洗い場を作ります。屋根を作ります。札を作ります。通る者は、そこで一度、止まります。熱のある者は通しません。熱のない者は、荷を置いて、村へ帰します」
「荷は誰が運ぶ」
「王都側の運び手が受け取ります。村の者と王都の者を、一度も触れさせません」
「そんなものが、回るのか」
「回ります」
エルナは顔を上げた。
「私は、それを、この院の門で、三月やってまいりました」
沈黙が落ちた。長かった。やがて、評議の長が口を開いた。
「……失敗すれば、王都に病が入る」
「はい」
「誰の責になる」
エルナは息を吸った。
この問いが来ることは、昨夜のうちに分かっていた。分かっていて、答えを用意していなかった。用意した答えは全部、嘘に聞こえたからだった。
「私です」
彼女は言った。
「ですから、私が決めます」
*
部屋を出るとき、脚が震えていた。廊下の柱に手をついて、しばらく動けなかった。
――貼るのとは、違う。
札を貼るのは、目の前の一人を見て決めることだった。
いま決めたのは、まだ倒れていない人のことだった。顔も知らない。名も知らない。二千人の、これから熱を出すかもしれない誰かのことだった。
紙の上で、決めた。
エルナは柱に額を当てた。
*
戸口に、黒い外套が立っていた。何も言わなかった。ただ、エルナが顔を上げるまで、そこに立っていた。
第一部のエルナは、目の前の一人を見て決める人でした。今日彼女が決めたのは、まだ倒れてもいない、顔も名も知らない人たちのことです。紙の上で、二千と十万を天秤にかける。それが、決める職でした。
ハンナが止めます。この人はいつも、いちばん大事なことを、いちばん不器用な言い方で言います。そして院長が返したのは、彼女たち自身が検分で勝ち取った言葉でした。
柱に額をつけている彼女の横に、あの人が黙って立っています。声はかけません。そういう人です。
次回、街道に一本の道が通ります。




