表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/19

第17話 数え方が変わる

 新しい取り決めは、たった、一枚の紙で、来た。


 施療院の壁に、それは、貼り出された。エルナの色札の、すぐ隣に。同じ高さに。まるで、並べて、貼ることに、意味があるかのように。


 ミラが、それを、見上げていた。


「エルナ様。これ、なんて、書いてあるんですか」


 エルナは、読んだ。


 二度、読んだ。


    *


 ――運び込まれてより、一日のうちに、亡くなりし者。これを、施療院の死者に、数えず。


 そう、書いてあった。


 文字は、美しかった。理由も、添えてあった。運ばれた時点で、すでに手の施しようがなかった者を、施療院の死者に数えるのは、施療院の働きを、正しく測る、妨げになる。ゆえに、分けて、数える。


 筋は、通っていた。


 美しく、正しく、通っていた。


「……エルナ様?」


 ミラが、心配そうに、顔を、覗き込んだ。


 エルナは、壁の紙から、目が、離せなかった。


 ――嘘は、書いていない。


 誰も、殺していない。誰の死も、消していない。ただ。数え方が、変わった。それだけだった。


    *


 その日から、ヴィクトルの帳面では、死者が、減りはじめた。


 実際に、死んでいる者の数は、一人も、変わらないのに。門前で息を引き取った者。運ばれて夜のうちに冷たくなった者。彼らは、もう、施療院の死者では、なかった。「運ばれる前に、すでに」亡くなっていた者に、なった。


 ヴィクトルは、その帳面を、評議に、上げた。


 新しい筆頭医が、着任して、わずか、半月。宮廷施療院の死者は、目に見えて、減っていた。


 王宮は、それを、褒めた。


 そして――褒めたぶんだけ、削った。


    *


「布が、来ない」


 ハンナが、空になった棚の前で、言った。


「熱冷ましの氷も、半分だ。癒し手も、二人、王宮づきに、引き上げられた。……死人が減ったんだから、そんなに要らんだろう、ってさ」


 エルナは、帳面を、閉じた。


 からくりが、見えた。


 死者が減る。減ったから、施療院は、余裕がある、と、見なされる。余裕があるなら、物も、人も、減らしてよい。減らせば――門前で、夜のうちに、死ぬ者が、増える。


 だが、その者たちは、もう、死者に、数えられない。


 だから、帳面の上では、死者は、また、減る。


    *


「回るのですよ、それが」


 ヴィクトルは、穏やかに、言った。


 執務の卓に、エルナの写した帳面と、自分の帳面を、並べて。彼は、少しも、慌てて、いなかった。


「お嬢さん。私は、一つも、嘘を、書いていない。あなたも、読んだでしょう。門前で亡くなった方を、この院が、救えましたか? 救えなかった。ならば、それは、この院の、死者ですか?」


「……死者です」


 エルナは、静かに、言った。


「その方が、門の前で、亡くなったことに、変わりは、ありません」


「感情の話を、しているのではない」


 ヴィクトルは、微笑んだ。


「数え方の、話です。数え方を決めるのは、数える者だ。……あなたが、赤と青と黒に、分けたようにね。あなたも、決めたでしょう。誰を先に診るか。誰を、後にするか」


 エルナの、喉が、詰まった。


 同じだ、と、この人は、言っている。同じ武器で、同じことを、しているだけだ、と。


「違います」


 やっと、それだけ、言った。


「私が、分けたのは。……一人でも、多く、生かすためです」


「私が分けたのは」


 彼は、羽根ペンを、置いた。


「一人でも、多く、予算を、通すためです。……それの、何が、いけない? 予算が通れば、この院は、続く。院が続けば、人は、救われる。……お嬢さん。あなたのやり方は、正しい。ただ、金が、要る。私は、その金を、取ってきているのですよ」


    *


 その夜、ラインハルトが、軍の帳面を、持ってきた。


 戦線から運ばれた兵の、名と、刻と、生死。軍は、軍で、数えている。そちらでは、誰も、数え方を、変えていなかった。


 二つの帳面を、並べた。


 ヴィクトルの帳面では、死者は、二十一人。軍の帳面と、施療院の門前の記録を、合わせると――


「三十四だな」


 ラインハルトが、短く、言った。


「十三人。消えたわけじゃ、ない。数から、外されただけだ」


 エルナは、その、十三という数を、見ていた。


 名前が、あったはずだった。運ばれた刻が、あったはずだった。誰かが、その手を、握っていたはずだった。


「団長」


「なんだ」


「私、怖いです」


 エルナは、初めて、それを、口に、した。


「ケラー様は、数字を、燃やそうと、しました。……あの方は、数字が、怖かったんです。だから、私は、勝てました。でも、あの人は」


 ヴィクトルは、燃やさない。


 抱えて、可愛がって、飼い慣らして、思うとおりに、語らせる。


「……あの人は、数字を、怖がって、いません」


 ラインハルトは、しばらく、黙っていた。


 それから、エルナの帳面の上に、そっと、手を、置いた。触れたわけでは、なかった。ただ、その、頁の上に、大きな手のひらが、覆いのように、置かれた。


「なら、こっちの数を、絶やすな」


 低い声だった。


「飼い慣らされていない数が、一つでも、残っていれば。……そいつが、いつか、勝手に、語る」


    *


 三日後。


 評議から、召喚状が、届いた。


 呼ばれたのは、エルナでは、なかった。ヴィクトルでも、なかった。


 ――エーミール・ケラー。


 もう、任を解かれた、あの老いた男が、たった一人で。疫病下の、すべての死者の、責を、問われる、ために。


第17話、ありがとうございます。

今回の敵は、嘘を書きません。数えるのを、やめただけです。「数え方を決めるのは、数える者だ」――エルナが自分の武器で、初めて逆に斬られる回でした。

そして、次回。ダーレム侯は、ケラーを守りません。切り捨てます。

第15話で「魔法をかければ済むと、五十年、そう教わって、そう教えてきた」と言い残したあの人が、最後に、エルナに何を残していくのか。見届けていただけたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ