第12話 数字を読む会議
疫病の死者数が、宮廷で、問題に、なった。
きっかけは、王だった。王都で、幾人が病に倒れ、幾人が、生き延びたのか――王が、正確な、数を、求めたのだ。戦線が悪化するなか、兵と、民の損耗は、国の力に、直結する。数は、王にとって、感傷では、なく、勘定だった。次の戦に、何人を、送り出せるのか。その、土台の、数字だった。
こうして、宮廷医療を統べる者たちの、評議が、開かれることに、なった。
筆頭医ケラーが、報告に、立つ。彼の手には、彼の書かせた「正しい経緯」が、あった。疫病は、もともと軽微であり、時とともに、自然に退いた、という、筋書きの。
そこには、二つの数字の食い違いなど、どこにも、書かれて、いなかった。隔離した区画も、しなかった区画も、ただ「施療院」と、一括りに、されていた。
*
評議の間に、エルナは、いなかった。
下働きに、宮廷の評議へ出る、資格など、ない。エルナは、施療院で、いつものように、帳面を、つけ、退きゆく病の、後始末をしていた。自分の書いた数字が、いまごろ、宮廷の高い天井の下で、どんな筋書きに、書き換えられているのか――それを、知りようも、なかった。ただ、手を、動かすしか、なかった。
だが、評議の間には、一人、場違いな男が、いた。
黒い外套の、軍医団長。
「アシェンバッハ団長。……戦場の御方が、宮廷医療の評議に、何用か」
ケラーが、露骨に、警戒を、見せた。ラインハルトは、答えず、一枚の紙を、評議の卓に、置いた。乾いた音が、静かな間に、響いた。
「防疫は、軍の管轄だ。疫病下の、兵の損耗は、軍が、記録する。……これは、その記録だ。検分を、乞う」
卓の上で、紙が、開かれた。
そこには、二つの数字が、並んでいた。隔離した区画で、生きて帰った者の、割合。隔離せず、魔法をかけて、放置した区画で、生きて帰った者の、割合。
同じ病。同じ時期。違うのは、分けたか、分けなかったか。それだけで、くっきりと、割れた、生死の、数。
評議の間が、静まりかえった。誰も、しばらく、声を、出さなかった。
「……この数字は、どこから」
評議を束ねる、白髭の老貴族が、問うた。ラインハルトは、静かに、答えた。
「宮廷施療院で、この疫病のあいだ、一人の者が、毎日、記録を、取っていた。誰が、いつ運ばれ、いつ様子が変わり、いつ、亡くなったか。……この数は、その記録に、基づく。一日も、欠けていない」
「たかが、下働きの、帳面です」
ケラーが、割って、入った。声が、上ずっていた。
「素人の、走り書きを、公の数字と、並べるなど。団長は、戦場の流儀を、宮廷に、持ち込まれる、おつもりか。あれは、記録の、取り方すら、心得ぬ者の――」
「素人の、走り書きか」
老貴族は、ケラーの「正しい経緯」と、ラインハルトの数字を、並べて、見比べた。老いた指が、二つの紙のあいだを、行き来する。
「では、筆頭医の報告には、なぜ、隔離した区画と、しなかった区画の、生存の差が、一言も、書かれておらぬ。……軽微な病が、自然に、退いたのなら。なぜ、同じ施療院の中で、場所によって、これほど、生き死にが、違った。この差は、いったい、何だ」
ケラーの、額に、汗が、にじんだ。
なめらかだった弁明が、その、たった一つの問いの前で、行き場を、失っていた。
*
その報せは、夜、施療院に、届いた。
評議は、結論を、先送りに、した。だが、二つの数字の、食い違いを、「なかったこと」には、できなくなった。王が、真偽を、検めよ、と、命じたのだ。
ラインハルトが、施療院へ、戻ってきて、エルナに、それを、告げた。
「お前の数字が、王の、もとへ、届いた」
エルナは、しばらく、その言葉の、意味を、飲み込めずに、いた。
下働きの、無能と呼ばれた娘の、帳面が。王の、もとへ。
「私は、何も、していません」
エルナは、小さく、言った。
「ただ、数えて、書いただけです。声も、上げていません。評議の間にも、いませんでした」
「それで、いい」
ラインハルトは、言った。
「声を上げた者の、言葉は、聞き流せる。うるさい、と、耳を塞げばいい。……だが、数字は、聞き流せん。そこに、ただ、在るからだ。お前は、叫ばずに、いちばん遠くまで、声を、届かせた。……大した、女だ」
エルナは、帳面を、そっと、抱いた。
叫ばなかった。罵らなかった。ただ、毎晩、ランプの下で、一行ずつ、書いてきた。役に立たないと、言われ続けた、数える癖で。指が、インクで、汚れる、それだけの、夜を、重ねて。
その一行の、積み重ねが、いま、王の、もとまで、届いていた。
――数字は、勝手に、語る。
いつか、そう、言ったことが、少しずつ、本当に、なろうと、していた。
第12話、ありがとうございます。
エルナ自身は、評議の間にいません。それでも、彼女の「数字」が、代わりに、語りました。叫ばずに、いちばん遠くへ届く声――それが、この物語の主人公の、武器です。
次回、「治した」と誇った男の嘘が、崩れます。続きを見守っていただけると嬉しいです。




