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〜母を活かす 41,里帰り


「ただいまぁ〜」


た·だ·い·ま の「い」の部分を下げる、島仕様のイントネーションを意図的に強調しながら、場違いな高い声音を作って私は勝手口のドアを開けた。





桂子おばの住む島に無性に訪れたくなって、一週間程の予定を組んで、半ば発作的におばの家に向かったのだった。




その日の夕刻に到着する旨は伝えてあったのだが、本土から島への移動手段として、どうしてもフェリーを使いたいというこだわりがあり、最寄りの桟橋に着く便が終了している時間だったので、島のほぼ反対側の桟橋から上陸する羽目になってしまった。そのためだいぶ時間が押してしまったのだった。





(今頃はもう、おじちゃんとおばちゃんは夕ご飯を食べているかなあ)


急がないと!


私は、桟橋の近くにあったスーパーマーケットに立ち寄り、鮮魚コーナーでなるべく地の人しか買わないだろうと思われる、聞いた事も無いような名前の小さな魚を買った。




自分の家に帰るように、おかずを買って、玄関ではなく勝手口から、今帰ったで〜と言って、今日はこれが安かったんよ〜と手早く煮魚にして夕ご飯にする。




そんなストーリーを夢見て、実現する事に、胸が高まってワクワクし過ぎてイガイガする程、私は幸せを感じていた。





ドアを開けると、案の定伯父夫婦は食卓に着いていた。




予想もしない出来事に少なからず驚いて勝手口を振り返る二人は、「八百屋さんがブドウ持って来てくれたんか思うた!」「あんたどして玄関から入らんのじゃ」と不意をつかれてキョトン。





期待通りの反応に、私は達成感とも罪悪感ともつかない、嬉しさや懐かしさや安心感が全部ごちゃ混ぜになった様な、不思議なテンションの気持ちを持て余しつつ、早速調理に取りかかる。





「こがなお魚、関東では見かけんのよ」


「お勝手借りるで〜」「これこれ!ヒガシマル醤油!」




変なテンションは、調理をする後ろ姿にも滲み出ていたと見え、桂子おばが背後で、「ホウね、そがなお魚あんまりうちらも知らんねえ、お父さん」「なんも自分で買うてこうでもええのにから」と低くささやく様に言っているのが聞こえて来た。





大きな病を得て、死に物狂いで治療に耐え抜いたものの、後遺症や著しい体力低下という置き土産を前に、気力も失われて立ち往生をしてしまう日々の中、私の頭にふわりと浮かんだイメージが、母のふるさとであった。





治療終了から6年の年月が過ぎ、職場復帰を果たして、特別支援学校に非常勤で務めを始めていた私であったのだが、病を得る前と比べると体力も気力も愕然とする程に落ちていて、児童生徒さんとたった数時間関わっただけで、帰りのバスに乗り込んだ途端、シートになだれ込む様にして眠りこけてしまう状態であった。





命がけの治療を終えてシャバには戻って来られたが、その代償として、自分を形作っていたはずの数々の要素を失ってしまったのだという現実を、日々じわじわと感じながら生活していたのである。





そんな日々を送る中で、不意に頭に浮かんだ、母のふるさとの景色、人達、八朔、お出汁、懐かしい言葉。




我慢する理由など無い。状況が許すならば、迷わず里帰り決行あるべし。




空の旅に出たいと申し開いた時の、微妙な反応を示し続ける主治医を説得して、私は強引に、まるで何者かに呼び戻されでもする様にして、里帰りを実行したのであった。


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