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40,指輪が増えた日


一歳になったばかりの孫娘の元気な泣き声が、唐突に病棟に響き渡った。






ベッドでうつらうつらしていた私は、ハッとして目を開けた。






孫娘を脇に抱き抱えて、入院患者達の迷惑にならない様に足早に廊下を歩き去って行く娘の後ろ姿と、イラついているであろう娘の気持ちを代弁するがごとき高らかに響く靴音が残った。





私の孫娘なのであった。





母から譲り受けた形見を、いとも簡単に捨て去ったあの日から、怒涛の如く時は移ろい、私は第一子である娘が授かった孫娘を愛でて暮らす、おばあちゃんとなっていた。






そして、母が発病したのとほぼ変わらない年齢で、ガンという病を得て、治療を受けていたのだった。






抗がん剤による化学治療、放射線照射、骨髄移植等の、内容も密度も濃い最先端治療を八ヶ月間にわたって受けたのだ。






治療の合併症により、集中治療室で二回ほど息を引き取りかけたが、その二回目の時に、母と、そして母を追う様にして他界していた父とが、二人揃って私の所に現れて、まだこの世でやる事がある、今頑張らないとダメだと言って、叱りつけてくれたのだった。






主治医を持って奇跡と言わせしめた生還を果たした私であった。






きつい治療で身体的に厳しい状況が続き、最早この世に未練は何一つ無く、少しでも早く楽になりたいと、天国の両親に迎えに来てくれる様念じていた私だったが、十数年前にキッチンで無造作に捨て去った母の金の指輪に関しても、後悔の念ひとつ抱いてはいなかった。






苦痛に耐え兼ねる娘を目の当たりにすれば、きっと救いの手を延べてくれるはずだと踏んでいた両親から、まさかの叱咤激励を受けて、この世に戻って来た私の頭に、金色の指輪のイメージが浮かび上がっていた。






病に倒れる直前、私はお揃いの金の指輪を三つ、ハワイアンジュエリーのお店で注文していた。






長女と、孫娘と、そして私の分だった。






お揃いのピンクゴールドの指輪を、私はクリスマスプレゼントとして注文した。






お店に受け取りに行った時、三つ並んだゴールドの指輪を見て、何故だか目頭が熱くなっていたのを覚えている。






急な入院で、実際に娘親子に手渡すのは、病室でという運びになってしまった。






孫娘はまだ小さいので、ベビーリングの可愛いサイズ感の物である。






各々リングを左手の薬指にはめて、手を並べて写真に収めた。






ゴールドに繊細な彫りが施されているリングで、光をキラキラと反射させてとてもゴージャスな雰囲気で、見ていて飽きない。






孫娘はキラキラがいたく気に入って、思わず口の中に入れて味わってみたいという衝動に駆られたのか、親の目を盗んでパクリと口に含み、その後危うく喉に詰まらせかけるというインシデント案件があったのだ。






慌てた娘が孫娘の口をこじ開け、無事にベビーリングを取り出した際の、驚いて大泣きをする孫娘の声でうたた寝から覚めたという、冒頭のエピソードに繋がる訳である。






(みちこばあちゃんと同じ様に、ママも50台半ばで死んじゃうのかな。)






娘も息子たちもそんな風に感じたそうだったが、私は帰って来た。






心底辛い時、両親に助けを求める事になるとは、自分自身驚きであったが、同時に至極当然の事の様にも思われた。






そして両親によって、この世へ返された私なのであった。






「たーちゃん!」






「これから楽しい事がたくさんあるんだから、今頑張らなくちゃダメだ!」






私は今、母が亡くなった年齢を超えて、生きている。






そんな私が想うのは、ああ、親って死んでも、有り難いなあ。という事である。






金の指輪が新たに増えた事を、きっと私と同じ様に、母も喜んでいる事だろう。と思う。






母の人生を生き直そうとしていた過去の私。






しかし、自分の人生を生きるべきなのでは、と漠然と感じ、潔く指輪を捨てたのであった。






こうして新たな指輪を、娘達と一緒になって愛でるようになるとは、当時の私も想像だにしていなかった。






つまり私の選択は、間違っていなかったのだ。






人にたくさん傷付けられ、多くの人を傷付けて来たが、自分を信じて道を切り開く生き方が、実は正しかったのだという事に気付くのに、優に六十年という年月が必要だったという事なのだった。






壮絶な人生を送った母だったが、きっと亡くなる寸前には、自分自身の人生を愛おしくそっと抱きしめて逝ったのだろう。






母から受け継いで、今では三つになった金の指輪の絆に支えられながら、私も最期の時には笑顔で逝ける様に、心穏やかに生きて行行かれたら、それだけで十分幸せなのではないかと、ふと思うのであった。



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