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37,お料理の腕前


母は生前、連れ合いに先立たれた義理の父の家に、長男家族として同居しなければならなくなった際、お台所に少し手を加えて、ガスオーブンを導入したいという希望を述べた様だ。






いつも器用に、様々な手作り料理をたくさん作っていた母だった。






平屋だった祖父の家に二階部分が増築されて、子供部屋と客間とが隣り合わせに配置された。






階下では、御手洗を水洗にして、お風呂場をリニューアルした他は、なんと言っても業務用ばりの大型ガスオーブンがデーンとお台所に備え付けられた事が画期的だった。






母は、水を得た魚の様に、日々オーブンの扉を威勢よく開け閉めしては、魔法使いよろしく色々なご馳走を次々と作り出していた。






「ガスだから火力が全然違うのよ!出来上がりも全く変わって来るから。」






鎌倉梶原のお友達のお宅にお呼ばれで出かけ、お友達のお母様が作って食べさせて下さったチキンのお料理がすごく美味しかった、と報告すると、数日後には、オーブンの中でチキンにこんがりと程よくお化粧を施させ、満を持してホカホカで登場させるなんて事も難なくやってのけた母であった。






バターロールを作っている時は、パン生地を発酵中のイースト菌の良い香りがこたつの中に充満し、こたつの温もりが部屋中に満ちて行くように感じて、心までほっこり温まる様だった。






生地を伸ばしてひとつひとつクルクルと巻き上げロールパンの形にして、天板の上に巻き終わりを下にして並べて行く。






オーブンに入れると、焼き上がりが近づくに連れ、なんとも香ばしい香りがしてウキウキしたものだ。






口に運ぶと、止まらない。もう一個、もうひとつ、と手が伸びてしまう程の噛みごたえと、芳醇な小麦粉とバターの風味であった。






また、学校から帰って来ると、我が家がさながら古民家カフェの体を示している事も往々にしてあった。






大き目の立派なシュークリームが、カスタードクリームを溢れんばかりに湛えて、いちごの帽子を被り、粉砂糖をふんわりとまとっている。






そんなシュークリーム達が、一見しただけでは数え切れないくらいに、ズラリと並んでいるのだ。






ホクホクとご相伴にあずかる放蕩娘の私は、多分これは当たり前の出来事では無いだろう、などと、美味を楽しむのと裏腹に、多少後ろめたく感じているところがあった。






こんなにしてもらえる子は、そんなにいるものじゃないだろう。






父も母も健康で、経済的にも不自由が無い。仕事に追われるのみの日々を強いられる事無く、好きなお料理やお菓子作りを極める事が許されている我が母だからこそ、こんなに美味しい手作りスイーツにあり付ける私がいるのだ。






私は、果たしてこんなに恵まれた境遇に甘んじて生を営む資格はあるのだろうか?






(男の子じゃないのに?)






そんな時、通奏低音の如く心の奥底で決まって聴こえて来る声だった。






もし私が男の子だったら、よっしゃこの家を立派に継いで嫁さん貰って、次世代にも繋ぐで〜!






と、堂々と、三個目のシュークリームを掴んで頬張る事が出来たのではないかなあ?






いつからそんないじけた考えに支配されていたのか記憶にはないが、小さい頃から少しずつ、粉砂糖の雪のように静かに積もり積もっていた物なのかも知れなかった。



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