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35,孫からのプレゼント


母が亡くなった秋の数ヶ月前、夏の盛りに我が家の末の子供が生まれていた。






いよいよ危ない、というので親戚の者たちが母の病室に次々と詰め、ベッドの周囲をぐるりと囲んでしんみりとしている場面が多くあった様に記憶している。






時には母の身体をマッサージしながら、私も部屋の中の人達と色々と言葉を交わした。






母にはモルヒネが投与されていたから、意識がもうろうとしてわかっていないだろうと、あからさまに母の病の事や、元気だった頃の思い出話をする親戚もいた。






聞いていると思わず感極まって、つい涙があふれて来てしまうのを、母の視界に入らない様に慌ててそっぽを向いて隠すのだが、決まって母はそういう時、素早く私の顔に視線を合わせ、私の心の中を覗き込もうとしている様だった。






生後三ヶ月から保育園生活をしていた末の子も、おばあちゃんにさよならをする為に皆と一緒に病室に詰めた事があった。






ベッドを囲んで、うつらうつらしている母の顔を見ながらポツリポツリ話す。






言葉が途切れて不意にしんみりしてしまったその時、末の子を抱いていた夫が、赤子を横抱きにしていたそのままの姿勢で、両腕を伸ばして母の顔のそばに突き出した。






自然と皆の視線が赤子に集まり、なんともタイミングが良い事に、赤子は身動きをして、にっこりと笑顔を浮かべたのであった。






一同も思わず歓声をあげて、重苦しかった雰囲気が一気に和らいだのは言うまでもない。






「たまちゃんが三人も子供産むから、お母ちゃんはこんなに早く亡くなるんだよ。」






そう言っていた親戚のおじさんがいた。






命のバランスという物があって、生き死ににもちょうど良い塩梅がある、というのがおじさんの持論で、立て続けに生を受けた家には、バランスを取るために、失われる命があるのが当然だと言うのだった。






理解ができず、合点もいかず、反論しようにもあまりにも突拍子のない理論に思えて、話の糸口が見つからないままもやもやしていた私であったが、その時の赤子の、輝くような、屈託のない笑顔を見た時、全てのわだかまりが解けて行く様に感じたのだった。






きっと母の耳にも、皆の明るい笑い声は、心地よくしっかりと届いていた事だろう。


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