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34,弾ける花


いとこの知恵ちゃんが言った事は本当だった。






母の位牌が収められたお仏壇の前で、思い出話をする相手は、いつも妹だった。






五つも歳は離れていたけれど、母に関する思い出はやっぱり共通していて、話せば話すほど気持ちが安らぎ、ああだったこうだったと次々とエピソードが思い出され、あっという間に時間が経つのだった。






そんなある日、妹と私は仏間で思い出話をしているうちに、やけにしんみりしてしまった。






どちらかが沈黙したら、どちらかが絶妙な間をとって話を繋げていく、姉妹ならではの会話術が、その日は途切れっ放しになっていた。






各々が頭の中で、堂々巡りの様な母への思いを、繰り返し考えていた。






考えても考えても、引き返す事の出来ない、取り返す事の出来ない、母との日々であった。






ジクジたる思いっていうのはこういう事を言うのではないかと、苦々しい気持ちを噛みしめながら、お互い畳の上に座っていた。






するとその時に、隣の応接間から唐突に大きな足音がした。






居間にいた父が、応接間を通ってこの仏間にやってくるのだな、と思った。






しかしまあ、なんて大きな足音を立てて。相変わらずデリカシーを欠く行動をする人だ。






場違いなまでに派手な足音が応接間を抜け、仏間への廊下を進んで来たと思うと、その勢いのまま、スパーンと仏間の障子を開けるのだ。






父が一体、母の思い出話をしている娘たちに、わざわざ何か言いに来るほどの、どんな用事があると言うのだ?






お行儀が悪い、と私達だったら叱られる様な障子の開け方をして、どういった了見なのだろう。






妹も私も、背中を丸めて鬱々として畳のへりばかり見ていた姿勢のまま、顔も上げず、父の声を待った。






しかし、何も起こらず、静寂が戻った。






不思議に思った私達が顔を上げて障子を見たのは、ほぼ同時であった。






「音、したよね。」




「足音したよね。」




「それでここバーン、と開いたよね。」






妹と私が何度、顔を見合わせても、障子は数ミリも開いていなかった。






大きな音で、つい今しがた開いたはずなのに。






また別の日は、慶弔休暇を終えて妹が出勤し不在の時に、私が一人で仏間にこもった事があった。






午後だけ有休を取って、少しのんびりした心持ちで生花店に寄り、母が好きだった百合の花をブーケにしてもらって、持って来ていた。




障子をぴったりと閉めて、一人でお仏壇の前に座り、母に思いを巡らせ、鬱々としていた。




「生前は一度もこうやってお花なんか持って来てあげたこともなかったなあ。母の日にお花をあげた事くらいはあったかな……。」







どのくらい座っていただろうか、ふと、仏花の花束の中の一本のお花に目が止まった。




母は、よく室内に百合の花を飾っていた。学校から帰ると、家中に百合の強い香りが充満している事も多かった。




「カサブランカっていう百合なんよ。私はこのお花が一番好きなの。」





存在感がある、誇り高い美しさをたたえている花だけど、匂いが随分キツいなあ、と私は感じて、母のカサブランカ愛に対しては相容れない気持ちが強かった。





それでも、母にお供えをしようと選んだ花はやはり百合の花であった。ただし、匂いが強いカサブランカは避けて、ややおとなしい印象のテッポウユリにしたのであった。






可愛いお花だな、と思う暇もなく、その一本のお花が、まるで指で弾かれでもした様に、弾けて小さく揺れた。






たった一本だけ。






ああ、ママがやったんだな、と思った。






(あんたにもちゃんと言ったでしょ。)




(パパはああいうやり方しか出来ない人だから、あんたがちゃんとパパの面倒見てあげてって、言ったでしょ。)






母とドライブしながら会話した、あの時の、「私が死ぬのは良いのよ。」の発言を思い出した。






父は私に伝えないだろう、と母はわかっていたという事か。






父はそういうやり方しか出来ない人だから。






母は私にあの時、直接本人から教えてくれていたという事か。






「パパは何て言ってる?」






母は自分の余命について疑いを持ってそう言ったのではなかったという事なのか。






あの時、私に直接伝えてくれていたのか。






一本のお花が弾け、私の心は急に柔らかくなって、本当の事が分かる気がしていた。






ちゃんと、考えて貰っていたんだ。






振り返ってみれば、妹にばかり、母の看病を押し付けてしまった部分は多々あった。






父と私との板挟みで、苦しい思いもさせてしまったのではないか。






妹に対して、恨みがましい気持ちを持つのは間違っている。






素直にそう思った。






すると、また今日も応接間から元気な足音が聞こえて来るのではないかと楽しみになって来たが、とうとう聞こえて来なかった。






「また来るね。ありがとう。」






私は母の位牌と百合の花に向かってそう言って、自分で障子をそっと開けて、父のいる居間に向かった。



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