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33,華族


知恵ちゃんに来てくれる様に頼んだ二階の座敷で、窓辺の壁に背を沿わせて力なくもたれながら、私は畳の上で膝を抱え、少し崩れた体育座りをして待っていた。






知恵ちゃんがここに来てくれても、私はちゃんと筋道を立てて話が出来るのだろうか?






忙しそうにしていたから、まだしばらく来ないだろう、その間にちょっと話す内容の整理をしておこう。






いやそもそも、起こった出来事を聞いてもらったとして、私の気持ちはわかって貰えるのだろうか?






わかって貰えるように、私は上手く話せるだろうか?






考えがまとまらず、ふと首を後ろに回して窓の外を見た。






二階の窓から見ると、木々の彼方に小さく、素朴な建物を確認する事が出来るのだ。






平屋と思われる、何の変哲もない、むしろ雨風に耐えていられるのが不思議になる様な、こじんまりとした日本家屋に見えていたそれは、当時は知らなかったが、後から聞いたところによると、当時でも300年以上前に、天皇の息子さんが(皇子様!)、京都の西賀茂の里山に建てられた別邸の離れだったそうだ。






皇族の皆様が、かの山荘でしばしば茶会を楽しんでおられたという、やむごとなき建造物であったのだ。






私が生まれる数年前に、京都から鎌倉のお隣さんの土地に移築され、私が二歳になる年には、国の重要文化財に指定されたそうだ。






茅葺き屋根の、田舎家風の作りながら、庭石や枯山水なども共に移され、元通りに配置され、江戸初期の朝廷文化を継承する文化財として、現在では雑木林に人の手が入り、遊歩道なども整備されて、有料で公開されている様である。






その様な珍しくも有難い文化財に背を向けて、半ば不貞腐れていた私の前に、間もなく知恵ちゃんが姿を現した。






窓辺にだらしなく座る私の姿を認めると、黙って座敷に入って来はって、はすかいにスっと正座しはった。






背筋をピーンと伸ばして座らはって、これ以上美しい正座の姿勢はあらしまへん。ほな、ご相談とやらを伺わせて貰いましょか。という様に、清らかな視線をまっすぐに私に向けはった。






知恵ちゃんは、亡き母や桂子伯母と同じ瀬戸内産まれで、京都で育った訳でもなんでもないのに、何故だかこの時に限っては、はんなりの中にもピリリとしまる、折り目正しさの様なオーラを全身から放ってはった。






知恵ちゃんからの視界には、私の後ろのガラス窓いっぱいに、お隣さんの土地に広がっている見事な林の木々が見えていたはずだ。






そして無意識に、かの山荘も目に写った事だろう。






「知恵ちゃんもずっと前から知ってたんだよね?うちのママの事。」




思い切って私から話を切り出した。






「知っとったよ。」






「みんなが知ってたみたいよねえ。」






「・・・」






「みんなが知ってて、私が知らなかったいう事もショックだったけど、妹が、妹までどうして教えてくれなかったのか、どうしても分からないんよ。」






「・・・」






「本人にも聞いたんだけど、父から口止めされてたからって。




でも私にはどうしても分からないんよ。




姉妹なのに、私たちの母親の事なのに、口止めされたからって、言いなりになる?」






悲しみと悔しさと怒りの感情が湧き上がり、涙を隠しきれずに訴えた。






「ふうん。」






知恵ちゃんにとっては、私の訴えの内容は何ヶ月も前からとっくに承知していた訳なので、何も今更驚く様な相談でも告白でもなかった。






私は涙を拭いながら、知恵ちゃんのリアクションを仰ぎ見た。






言うべき言葉を探している様な、気の抜けたような相槌を打ったあと、知恵ちゃんは再びグッと背筋を伸ばして、正座した膝の上に揃えた両手に心持ち力を込める様にして言った。






「とこちゃんが教えてくれなかったいう苦しい気持ちはわかるよ。ウチも二人姉妹やし。」






「ほんでも、みっちゃん叔母ちゃんが産んでくれた、この世にたった二人の姉妹なんじゃけ、仲良うやっていかにゃいけん思うよ。」






たった二人の姉妹。




母が産んでくれた、この世にたった二人の姉妹だよね。その通り。






そのたった一人の妹に、こんな大事な事を隠されていたんだよ。






そんな大事な時にこそ、姉妹や家族の絆を強く固めて、後悔の無いようにするのが本当なんじゃないの?






母は一体、幸せな最期だったと言えるのか?






一分の迷いもない知恵ちゃんの瞳が表す、揺るぎない正義の様な物に強く押されて、私は自分の胸の中でしか、思いを話すことが出来なかった。






「わかった。そうだよね。」






急に聞き分けの良い年下のいとこの面を被ったかの様にうつむき、ありがとうと礼まで口にした。






「落ち着いたら下に降りて来んさいね。」






「うん。」






こんな時でも、家族、親族の前では取り乱す事は許されないのだ。






心に重い蓋をして、真の思いや望みや疑問は、表になど出す物ではないのだ。






まるで、華族って感じだ。






誰一人、自分に正直な者などいない、皆が仮面をつけていつも穏やかで平和な、華族。






やむごとなき人々の集まりには、私は溶け込むのはお断りだと思った。






背筋を伸ばして正座をして、300年前の歴史と対峙していた知恵ちゃん。






華族の日常を波立たせる物ではない、と迷いもなく私に説教したのは、古の京の都からさまよい来ている、皇族たちの魂だったのかも知れない。



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