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〜母を見送る 30,重いテーマ


「私が死ぬのはいいのよ。それよりパパの事が心配なのよ。」






私が運転する車の助手席で、母が語っていた。






何気ない普段の雑談めかしておきながら、いきなり重いテーマに関するコメントを聞かされたものだから、私は少なからず面食らっていた。






死ぬ? 母が?






ええと、話の脈絡はどうなっていたんだっけ。






黄色から赤に変わった信号に気を留めつつ運転操作を行いながら、脳内は混乱し、高速でつい先程の母との会話の記憶を手繰り確認した。






確か、こんな風だったはずだ。






娘「最近は、病院はどんな感じで行ってるの?」






母「総合病院の方は、来月行けばいいのよ。インターフェロンは近所のクリニックでやってもらえるから。」






娘「インターフェロンは毎日受けに行ってるの?」






母「一日おきよ。」






娘「総合病院の方の主治医は、どう言ってるの?」






母「なんも言われないのよ。」






娘「もう入院とかしなくていいの?」






母「クリニックに通ってくださいって。」






娘「それ、もうサジ投げられてるんじゃないの?」






思い出した。






私のこのセリフの後に、冒頭の母の重いテーマの発言が続けられた運びであった訳だ。






失言だったかな。




サジ投げられてるなんて、ひどい事言っちゃったのかなあ。




でも、父からは母の病状がそんなに悪化してるとは、何も聞いていないし。






年子で子供を次々と授かり、育児休業もそこそこに職場復帰をして、日々てんてこ舞いに忙しかった私は、その日は久しぶりに母に会ったのだった。






普段から父とは連絡を取り合う習慣が無いため、母の闘病の進捗については、日常的には報告を受ける機会がなかった。






それでも、こうして顔を合わせると母の口から報告を受けたり、実家に顔を出して直接会えば、父からも母の治療状況を教えて貰うことは出来た。






母の闘病は、離れて暮らす娘の想像を遥かに超える程の壮絶な物であろう事は、残念ながら想像する事が出来た。






その日は確か、母の体調が良かったので買い物に行きたいという話があり、たまたま私がお供をした様な形であった。






嫁いだ娘にたまに会うという事は、母にとっては嬉しい事であったと思う。






買い物を済ませ、雑談に花を咲かせながらの帰り道。




普段の闘病の様子を知らない、嫁いだ娘を相手に、母は明るい口調で終始おしゃべりを楽しんでいる様だった。






ところが、ふとした言葉尻に、母は自分の病気がかなり悪い状況になっているのではないか、と、探りを入れて来ている様なフシがあった。






「パパから聞いてない?」




「パパ、何も言ってなかった?」






娘の表情の小さな変化も見逃すまいとでも言う様な、まっすぐな視線で聞かれると、こちらも何となく緊張して来る。






もしかして母のガンは、随分悪いのだろうか?






指の怪我の止血のために、当時で15年程前に受けた血液製剤から、C型肝炎のウイルスに感染し、皮肉にも順調に発病した母であった。






さらに残酷にも、体調不良で受診した時には、肝炎から肝硬変へと進行してしまっており、治療を施しても病巣は消えず、更に肝臓ガンへと進行していた。






母の為に何もしてあげられない自分を、多忙な日々を送る中でも、心に刺さったくさびのようにいつも後ろめたく感じていた。






母は、娘が父親と連絡を密にして、母の病状について良く知らされている可能性について勘ぐっている。






その上で、娘が取るべき態度は一つであろう。






母の心配、不安を一気に吹き飛ばしてあげる事だ。






娘がこう言っているのだから、大丈夫だろう、自分の取り越し苦労だった。と肩の荷を下ろして貰う事。






母との会話で、病気についての核心に近付いて行くに連れ、その考えは私の中で大きな信念となった。






実の娘が、死にゆく定めの母親に向かって、「サジを投げられてる。」なんて言う訳がない。






ああ良かった、やっぱり考えすぎだった。






母には、そんな風に感じて貰いたかったのだが、私にとっては意外な反応を母は示した事になる。






「投げられたんかねえ?」とクスッと笑って、「私はいいのよ。」






それより残される連れ合いの事を既に心配していた訳であった。






現在と違い、余命告知などは、当時はまだ当たり前ではなく、父親はひた隠しに隠して、親類などにも知らせていなかったのだった。






どこから母の耳に入るかも分からない。






父は徹底した対策を講じていたのだが、母は察していたのだろう。




心の中が全て顔に出る様な、実直な父であったから。


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