27,ぼくとつ
布団干しをマメにしていた母だった。
お天気が良い日には必ず、ダイニングキッチンのベランダの柵と、隣室の居間の窓の柵とに、家族全員分の布団をずらりと並べて干していた。
気持ち良さそうな日の光をさんさんと浴びながら、眩しげに目を細めて、布団を持ち上げ次々と干していく母の姿を、我が家のベランダの真下に設置されていたブランコに乗って座りこぎをしながら眺めるのは、とても楽しい気分だった。
我が家のある2号棟の前方には、高層の1号棟の建物がそびえ立っていて、2号棟の住民の眺望は妨げられざるを得なかったが、全体に渡って被って建てられていたのではなかったので、半分くらいの世帯からは、1号棟に遮られる事なく、前を通る二車線の道路と、きちんと段差の付けられた歩道とを見る事が出来た。
お天気の良い日、季節は春だ。
母は気持ち良くお布団干しに精を出していた。
ふと、前の歩道を歩いている人物に目が止まる。
かなりの距離があるので、小さくしか確認できないが、母は、その人物が誰であるかを疑いもなく確信していた。
歩き方と、姿かたちですぐわかったと。
私が学校から帰って来ると、待ちかねた様に勢い込んで報告して来た。
「笠智衆さんが歩いてたのよ!その前の道!」
重鎮の俳優さんは、その界隈にお住まいで、現在は大学のキャンパスになっている、当時の撮影所まで徒歩で通っていらした様だ。
あるいはオフの日であったのかも知れないが、朴訥とした生き様をそのまま表されている様な足取りだったと、母は感激しきりであった。
「ほら、『男はつらいよ』に出て来てたでしょ!御前さま。お正月に映画観に行ったでしょ!」
はあ、そういう話か。
あの御前さまが歩いてたのか。
すると、お坊さんの袈裟ではなくて、私服に身を包んだ俳優さんが、少し背を丸めて、ゆったりと歩いて行く姿が目に浮かぶ様だった。
別の日も、ルーチンの様に母はお布団を干す。
お隣の部屋の奥さんが、たまたま前を通りかかったそうだ。
ベランダの前で立ち止まり、「やったね〜。」としげしげ見ながら奥さんが言った。
怪訝に思った母が、その方の視線の先に目を落としてみると、思いもよらぬ事態が起こっていた。
大きく立派な地図が出来ている。
私が学校から帰るのを待って、母は嘆いた。
「まさかおねしょの布団干してるとは思わなかったわよー。」
「それもお姉ちゃんの方よ!」
「なんで言って行かないのよ?!」
私は小さくなってひたすら恐縮している。
朝、自分でも恥ずかしくて情けなくて、何より自分自身信じられなくて、言えなかったのだ。
お布団干しが好きな母のおかげで、さっぱりと乾いたお布団で、その夜も眠ることが出来た。




