25,金の指輪
幼い子供だった頃から、毎年お誕生日が来ると、「何が食べたい?」と母に聞かれた。
私は物心がついた時から、大のラーメン好きであった。
七五三でお宮参りに行く時に、正絹の着物を買って貰って着飾って出かけ、お参りの帰りにご飯を食べようという事になると、すかさず「ラーメン!」
着物を汚すのが関の山だから、今日だけは堪えてくれ、と寿司屋に連れて行かれる。
おめでたい日に華やかなお寿司とは、定石至極ながら、ラーメンへの執着は断ち難く、仏頂面でかんぴょう巻をかじって帰った。
風邪をひいて熱を出し、学校を休んで小児科に通院する日も、診察が終わった後にはご褒美の様に、帰り道にラーメン屋さんに連れて行って貰った。
その日も病院の帰りに、何度か行った事のあるラーメン屋さんに寄った。
母も私も、そのお店の醤油ラーメンがお気に入りで、二人して同じ物を注文した。
大食漢の子供ではなかったが、ことラーメンとなると、食べるスピードは遅いが、いくらでもツルツル吸い込めた。
「早く食べなさいよ。」麺をすする合間に母が言う。
「だって熱いんだもん。」
フーフー息を吹きかけながら、マイペースで麺を口に運ぶ。
(ナルトが乗ってる。メンマ美味しい。向こうはほうれん草か。)
湯がいたほうれん草がトッピングしてある部分に目をやると、何やら違和感を覚えた。
ほうれん草が茶色っぽい。
なんだろう?凝視しているとやがて全貌が浮かび上がった。
立派な蛾の成虫が、両羽を広げた形でほうれん草と一緒にスープに浸かっている。
「虫がいるよ。」
何故だか落ち着き払って母に報告をすると、母も慌てず淡々と店主に知らせる。
恐縮したおカミさんは、替えの新しいラーメンを作って持って来てくれたが、呑気な私は、蛾に気付かないままに6〜7割は食べ進めてしまっていたのだ。
お腹のスペースは残っていなかったと思われるが、熱々の大好きな醤油ラーメンのリベンジは、ラーメン狂の私にとっては、願ってもない幸運だった。
ショッキングな、蛾の混入という事実にも怯まず、7割方平らげ、タダで出された二杯目もペロリと食べて行った親子。
見方によっては、虫です詐欺親子の様にも思えて来る。
そんなラーメン狂だったが、お誕生日のメニューのリクエストに、ラーメンを挙げた事は不思議と無い。
母の作ってくれる、スパゲティミートソースが私は好きだった。
甘めの味付けが、子供心をくすぐり、食べた後の満足感も格別だった。
「ミートソース!」
リクエストの質問に答える私に、(またか。)とも(やっぱりね。)とも取れる、ニヤリとした表情を残して、母は調理に取り掛かっていた。
小学校中高学年ともなると、親の行動を冷静に観察する力も育って来るのか、私は、一連の調理を終え、娘に食べさせた後、洗い物を済ませる母の後ろ姿を見ていた。
食器類に加え、鍋やザルなどを洗い上げ、水を切る母。
(子供にご飯を食べさせるのって、大変な仕事だなあ。)
しかも仕事は毎日毎日休み無しだ。
母の左手の薬指にはいつも、金の指輪がはまっていて、日々の大変な仕事を母と一緒になって苦労してこなしている様だった。
泡にまみれ、水にさらされ、日に照らされ。
そのゴールドの指輪が母の手と共にあるのを目にする度、何故だか私の気持ちはふさいでいった。
大人って大変だ。私、子供で良かった。




