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20,良い演奏


「とっても良いわよ。もう一度弾いてみてちょうだい。」




目を閉じて、私の奏でる音に合わせてうっとりとした様子で頭をユラユラ揺らして聴いてくれたピアノの先生がいた。






「この曲を、すっかり自分の物にして演奏しているわね。そこが素晴らしい所なのよ。」






習っていた門田先生が旅行に行っている間の一ヶ月限定の、臨時の先生だった。






私は小学3年生になっていた。




そして、引っ越しをして転校する事になり、一緒に登校していたマリちゃんとも離れ離れになっていた。






ただ、門田先生のレッスンは続けていたので、転居先の集合住宅から、バスを乗り継いで、旧鎌倉地区まで一人で通っていた。






「珠代ちゃんはお稽古を怠けているんでしょう。指が動いていないわね。」




門田先生から言われる事として、主な内容はいつもこうだった。






隣の市との境界に近い土地ではあったが、鎌倉市内からは外れずに済んだ転居先は、父の務める建設会社の社宅である集合住宅だった。






門田先生は、臨時の先生として、私の新居からほど近いエリアにお住まいの方を紹介して下さったのだ。






臨時の先生のレッスン室で、緊張気味に弾いた曲を思いがけずも褒められた。






「やっぱりいいわね。うっとりしてしまう位ね。」リクエストに応えて、二回目の演奏を終えた私に、先生は言った。






家に帰った私は、ピアノの前に自発的に座った。




褒めて貰った曲を、なぞる様に何度も弾いた。




元々素敵な曲だったが、本当に良い演奏がどんどん出来る様になって来ている気がした。






ずっと弾いていたかった。






しかし、母はそんな自己満足を見逃してくれる人ではなかった。






「丸貰ったんなら、いつまでもしてないで次の曲の練習しなさい!」






ページをめくられた。






よそよそしい、初めましての曲の楽譜。






頭の中には、暗譜した、先程まで繰り返し弾いていた曲がまだ響いている。






でも、目の前に現れた、新しい曲の譜読みを強いられると、見事に興ざめだ。






心。




私の心は、伸びようとすると何故かチョキンと刈り取られる。






一ヶ月などあっという間に過ぎ、間もなく私はいつもの様に、門田先生のレッスン室で背中を丸めてグランドピアノに向かっていた。






いかに毎日怠けているかを的確に指摘され、感情を動かす事なく淡々としたまま、時間になるとロボットの様に椅子から降りて、夢から醒めたシンデレラさながらに、さようならと言って家路に就いたのだった。



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