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19,お茶漬けの味


夏の夕方、まだ夜の帳がおりてもいない時間に、お隣さんのお庭で、ご家族が花火を楽しまれているのを見た事があった。






私のアパートのすぐ隣の広い土地に、庭付きの新しい家が建つと、間もなくご夫婦とお子さんお一人のご家族が入居していた。






我が家は角部屋だったので、お隣さん側にも窓があり、私はその窓のカーテンの隙間から、借景のお庭を鑑賞する事が良くあった。






白い外壁が眩しいオシャレな洋風のお宅で、庭は芝生で覆われていた。






芝生のお庭で花火をするのは無謀ではないかという心配は杞憂に過ぎなかったという事か、その日、私はお隣さん側の窓から、夕闇に踊る花火の色とりどりの光を、吸い込まれる様に見ていた。






トワイライトガーデン花火パーティ、とでも今なら名付けてしまいたくなる様なワクワク感にほだされた私は、翌朝、「花火やりたい。」と母にねだった。






夏休みという訳で、買い置きの花火がある事を私も知っていたのだ。






特に予定が入っている日でもなく、朝のうちは、母も娘の要求をのんでいたのだが、午後になると、予想外にお天気が怪しくなって来た。






「雨が降ったら出来ないんだからね。」と、先回りした母に釘を刺されると、それを言われる回数が重なる毎に、私の熱意が高まってゆくのである。






とうとう本当に雨が降り出して来た時には、世界中が私に意地悪をしているという卑屈な考えに支配され始め、要求を通さない限りはテコでも動かないしつこさを発揮して、そこいら中にあたり散らしていた。






娘との根比べにおいては、ピアノのお稽古でとうに負けを認めていた母だった。






本降りの雨の中、アパートの玄関のドアを開けて、申し訳程度のひさしの下で雨をよけながらの、思わぬレイニー花火パーティの始まりだ。






私はワクワクしていた。






小さい妹を花火から遠ざけながら、母が次々とマッチで灯けてくれる火を濡らさないように大切に雨風から守り、色とりどりの光を放つ花火を存分に楽しむ、はずだった。






思っていたのと違ったのは、スペースだ。






雨に消されない様に、と無理な動きをするうちに、花火の先が、左手首に当たってしまった。






その後は、熱いの痛いの、雨音もかき消す勢いの乱ちき騒ぎであった。






そんなわけで、私の中では不完全燃焼だった花火パーティなのだが、その後、里美ちゃんという、お隣のお宅のお嬢さんと仲良くなる機会が巡って来た。






私と同じ学校の一学年下に、転入して来たのだ。






お互い、学校から帰るとすぐに合流し、アパートの前の空き地や、集落の中の草っ原で、日が暮れ始めて母が迎えに来るまで、飽きずに遊んでいた。






時には、「うちに遊びにおいでよ!」という誘いに乗っかって、母に報告もせずに、新しいピカピカの里美ちゃんちに上がらせて貰ったりもした。






そんなある日、それは日曜日だったのか、午前中からお隣さんの家に遊びに行った事があった。






ピアノ友達のよし子ちゃんの家には、時々遊びに行ったりお泊まりに行ったりしていたが、よし子ちゃんのお母さんがとても規律正しい方だったので、こちらも随分遠慮しながら過ごさざるを得なかった。






ところが、里美ちゃんのお母さんは、底抜けに明るくて、子供たちが楽しく遊んでいると一緒になってキャーキャー言っている様なタイプの方だった。






そのせいか、普段は引っ込み思案だった私も、里美ちゃんの家に上がらせて貰った時は、割と野放図に振る舞っていたのだ。






まだお昼時には少し時間があるくらいの時刻に、里美ちゃんのお母さんが、「一緒にご飯食べて行ってね。」と言って、美味しそうなオムライスを作ってくれた事があった。






里美ちゃんは一人っ子なので、いつもお母さんと二人きりのご飯。お友達が一緒に食べてくれると喜ぶのだと、お母さんは説明してくれた。






湯気が上がっている、たった今作ってくれたばかりの、ホカホカのオムライス。






ご馳走になっても良いかどうか、母に確認するという事も忘れて、私はテーブルに着いて目の前のオムライスに釘付けになった。






里美ちゃんと一緒に、「いただきます!」と言いかけたまさにその時、怒りに目を吊り上げた母の顔が、ダイニングテーブル越しのガラス窓に浮かび上がった。






そろそろお昼時、という事で、娘を迎えに来たのだった。




と言うよりは、よそのお宅のお昼ご飯をご馳走になろうとしている娘を、頭ごなしに叱りに来たのだった。






そんな所だろう、と予想をして来てみたら、案の定だった訳だ。






里美ちゃんのお母さんが、他意もなく、もういただきますも言った所だからと取りなしてくれたのだが、母はそれに耳も貸さずに、声を荒らげて私を呼んだ。






母の怖い顔を見て、恐れをなして立ち上がり、後ろ髪引かれる思いを引きずりながら私は家に帰った。






さっきまでホカホカのオムライスを前にしてテーブルに着いていた私は、今はちゃぶ台の前に正座して、シャケの切り身とご飯を見ていた。






ご飯をよそったお茶碗に、温かいお茶を注いで、焼き鮭をほぐして混ぜて食べた。






お茶漬けを食べている間、母は、私が里美ちゃんの家のお昼ご飯を食べようとしていた事を、いつまでも咎め続けていたのだった。






その次の年、我が家はアパートから引っ越しをして行く事になるのだが、それまでにもう一度里美ちゃんの家に遊びに行く事はなかった。


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