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18,跡継ぎ


父方の祖父は、剣道の名士だった。






旧鎌倉と言われる地区にある祖父母の家に行くと、応接間の奥の部屋に、剣道の道具が収められていた。






実際に祖父が胴着を付けて、竹刀を振っているところは、残念ながら見た事がない。






祖父は、家父長制の色が濃い時代の真っ只中に生きた人だったので、当然の様に、長男である私の父を跡継ぎとして定めていた。






飛ぶ鳥も落とす勢いの、高度成長期の日本の建設業界の最前線で、エンジニアとして采配をふるう長男が、建設現場を取り仕切りに行った瀬戸内地方から、どこかの島の娘を連れ合いにしたいと言って連れて帰って来た。






古くは小田原城に仕える武士として、代々栄えて来た祖父家である。




長男の連れ合いには、きちんとしたお見合いを経て、由緒ある家柄の娘をあてがうのが筋だと信じて疑う事はなかっただろう。






嫁には、しっかりと家を継ぐ男子を産んで貰わねばならぬ。






そこが一番重要な、嫁選びのポイントとなっていた事だろう。






「ちゃんと親の言う事聞かなきゃ、親にも兄弟にもみんなから相手にされなくなるのよ!」




私を叱る時の母が、唐突にそんな事を口走って、私は一体なんの事やら、身に覚えもない事を咎められている気がして、ポカンとしてしまう事がよくあった。






今思えば、母の結婚は、かなり無理な力がかかっていたのかも知れない。






嫁ぎ先が遠方である。




親としては、近隣の島に嫁いでくれるのが一番安心で有難いと考えていたであろう。






長男である。




跡継ぎを意識しているであろう義両親との、先々の関係なども、案じていたであろう。




また、長男という事は、小姑の問題も自然発生するだろう。






父が働いていた建設現場に、高校を卒業して家事見習い中だった母が、事務関係のアルバイトをしに行ったのだ。






そこで二人は出会い、恋に落ちたという事か。






恋愛結婚の先駆けと言われてしまうくらいの、まだまだ古い時代であった。






熱く燃え上がる恋だったのだろう。






おそらく両家共、その子たちの結婚には少なからず反対意見をとなえたと思われる中、振り切るようにして、恋を実らせた、情熱的なカップルだったのだ。






しかして、結婚後まもなく授かった長子は、男子ではなかった。






「あんた、お母ちゃんのお腹の中に大事なモン忘れて産まれて来てからに。」




と、私の顔を見る度に桂子おばは言っていた。






下ネタの一種かと思って、小さく笑って毎回聞き流していたが、今になってみると、そのおばのセリフの裏に横たわっている重圧が、不気味に覆いかぶさって来る。






産まれる子の性別は当然、母どころか父にとっても感知し得ない領域であるが、私がうっかり母のお腹に大事な物を忘れて出て来てしまったせいで、うら若き瀬戸の花嫁は、生涯に渡って理不尽な責め苦を負う事になってしまうのだった。






母は第二子も産んでいるが、妹もまた、忘れ物をして産まれて来てしまったらしい。






「どしてお姉ちゃんの忘れ物を拾って出て来んかったん?」




妹はおばにいつもこう言われていた。






桂子おばの下ネタ好きには際限が無いな、と呆れて聞いていたが、ただ聞き流して笑い飛ばすには、あまりにも重く暗い現実の影が邪魔をして来るのだった。






親にも兄弟にもみんなから相手にされなく…






追い詰められていた母の叫びだったのだと、今ならわかる。






孤独に耐え忍んでいた母の、精一杯のSOSだったのだ。






子供だった私は、そんな母を励ましてやれる様な、何かを出来ていたのだろうか。






全く思い出せない。



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