16,川岸の花
父方の祖父は、いわゆる旧鎌倉と言われる地区を選んで、家を建てていた。
近い将来、裏の山が切り開かれて大がかりな宅地が造成される事などは、無論、予想だにせず、太刀洗の源流のせせらぎが古の戦の幻影を映し続けている、質素かつ素朴な土地に、一家は居を構えていた。
長男である父が持った新しい所帯は、祖父の家からバス停一つ分離れた、ささやかな集落の中のアパートで営まれる事になった。
集落の中央には細い道が通っており、バス通りから折れて泉水橋を渡り、界隈で唯一の食料雑貨品店を左に見ながら道を進むと、行き止まりになるまでに、せいぜい200メートル程しかなかったのではないだろうか。
道の途中に、私が住んでいるアパートがあったのだが、不思議な事に、その先の行き止まりの所まで、一度も行った事がない。
一緒に登校していたマリちゃんは、そちら方面から歩いて来ていたが、どんな道になっていてどんなおうちだったのか、見に行った事はなかった。
素朴な道だった。
自動車が一台通れば、幅がいっぱいいっぱいになってしまう。
そして自動車が通るところも、滅多に目にする機会はなかった。
当時は、まだ舗装もされていなかったのではなかろうか。
真っ直ぐに続く細い道が、のどかな陽の光に照らされて、道の脇には草が元気に伸びていて、色とりどりの小さな野の花が混ざり、歩いているとウキウキして来る様な小道だった。
学校帰りには、そんな可愛い野の花を愛でたり摘んだりしながら、お友達とプラプラ歩いて楽しんでいた。
側溝に蓋をしてあるコンクリートの覆いには、ところどころ、持ち上げる時に使う穴が開いているが、道端のお花に夢中になっていた私は、よくその穴に足を突っ込んで転んでいた。
一度などは、膝の上くらいまで穴の中にもぐってしまい、自力でも、お友達の援助を持ってしても、どうしても抜けなくなってしまった。
アパートまで間も無い所まで帰って来ていたので、お友達が母に知らせに走ってくれた。
子供が帰って来るまでの時間でさえ、おちおちゆっくりしていられない母であった。
小道に沿って連なって建つ民家の列を隔てて、並行する様に、滑川が流れていた。
泉水橋の上に立って川を見下ろすと、源流は近いはずだが、随分と川幅が広く、直下は流れがゆったりでも、少し山側の流れを目で追って行くと、川の深さが増していて、川岸の傾斜が険しくなっていて、橋のかかっているあたりより、ずっと荒々しい景色になっていた。
その景色をことさらにじっくりと、母に見させられた事があった。
母は、私より二年ほど上の学年の、同じ学校の児童が、母の日にお母さんにプレゼントしようと思って、あの険しい川岸に咲いている小さな花を摘むために、橋から降りて行ったという話を語り始めた。
花を摘むことは出来たが、お母さんにプレゼントする事は叶わなかったという話だった。
足を滑らせて、その子は川に落ちてしまい、可哀想な事に、溺れて亡くなってしまった、と。
「絶対に、川にお花を摘みに行ったらダメよ!」
と母は語気を強めた。
私は、まるで崖のようにそそり立って川の水をたたえている、目の前の川岸を凝視した。
あそこにお花が咲いているのを見た事がない。
でも、もし見ちゃったら取りに行きたくなるという事?
ならば私は今後一切、見ない様にしようと決心した。
母の日のプレゼント云々に限らず、可愛いお花を見たら、わが子もまた件の女の子と似た様な行動に出るかも知れないと十分に疑われる事を、母は痛いほどわかっていたのだろう。




