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13,負けず嫌い


桂子おばの家は、母のお里の隣り島にあった。






おばの実家でもある大田商店と違って、海から少し離れた、と言っても徒歩で15分くらいだが、山側に向かって、民家の連なる道を進んだ場所にあった。






たったそれだけ海から離れただけでも、随分景色が変わって、家々がきっちり並んで建っているエリアから、山側にだらだら坂を進むに連れ、少しずつそれらの間隔が開いて来る。






おばの家に着いて、二階の部屋の窓から更に上の方を見てみると、民家がポツポツと離れて建っているのがわかった。






その代わりに、あちこちの空き地が草っ原になって、それがいっぱい繋がって行って、ついには山裾となってなだらかな傾斜を描いていた。






少し寂しげなその景色を見るのも好きだった。






日が暮れると、山まで続く家々の窓に、控えめな明かりがともり始める。






(海から離れると、こんなに寂しい気持ちになるのかな…)と感傷に浸っている私の耳元で、弾けるような知恵ちゃんの声が聞こえた。






「めぐちゃん、部屋に電気つけとる。おとくさ!」






不意をつかれて振り返ると、プリプリ怒っているいとこの知恵ちゃんの顔があった。






「わからん?いちいち自分の部屋の電気つけとるゆう事は、勉強しとるゆうこっちゃ。」






「みっちゃんおばちゃんが、ご飯じゃけ、来て手伝いんさい言おるで。」




プリプリしながら知恵ちゃんは階段を降りて行った。






母の使いで私を探して来た様だ。




子供同士でつるむよりも、どちらかと言うと大人のご機嫌伺いに長けている知恵ちゃんだった。






お友達の家がこんなに近くて、しかも間取りまで知ってるんじゃ、負けず嫌いの知恵ちゃんが穏やかでいられない気持ちも分からないではない。






それにしてもさっき耳にした、知恵ちゃんが言ってた言葉は何だろう?初めて聞いた。




後で念の為に確認してみた。






「おとくさ、言うんは、まあ、癪に障るゆう様な意味よ。」






知恵ちゃんは、聡明そうな大きな瞳で目配せしながら、教えてくれた。






大田商店に住んでいるくみ子姉ちゃんと私の年齢差の、ちょうど真ん中くらいに知恵ちゃんがいた。






ちびっ子ガールズの輪に入れない私は、この知恵ちゃんと、くみちゃんのユニットに加えて貰って過ごす事が多かった。






くみちゃんが知恵ちゃんの家に来る事は基本的にはなくて、三人揃うのは大田商店でのみだった。






桂子おばの家に何泊かさせて貰うと、居間でおばと母が、ちゃぶ台を挟んで深刻そうに声を潜めて、重苦しい空気を漂わせながら話している事がしばしばあった。






私は居場所がなくなるので、他の部屋をフラフラして探検したり、窓から外を見たり。






それでもふすま越しに、二人の低い声は漏れ聞こえて来る。






何となく所在なくて、そこにあったピアノの蓋を開けてしまったのが運の尽きだった。






おばが耳ざとく聞きつけて言った。




「珠ちゃん、はよ弾いてーなー。弾いてくれるんじゃろ?今、何を練習しとるの?おばちゃんに聴かせて。」






(またおばちゃん、気取った声出してる。)






姪っ子に何かさせようと企んでいる時のおばの声は、普段より高くなり、声量も大きくなり、心なしか言葉遣いも上品になる。






大人二人で何やら悪い相談をしていた様な流れに加担するみたいで、頼まれたからと言って、今ピアノを披露するのは絶対に嫌だった。






頑なに拒むしかない。






意地と意地のぶつかり合いで、火花が散る勢いである。






そこへ、出かけていた知恵ちゃんが帰って来た。






頭が切れて、素早い状況判断などお手の物の彼女は、折衷案を提案するのだ。






「ほな、ふすま閉めたまんま弾いたらええが。ここ、うちが押さえとってあげるけえ、このまんま弾きんさい。そんならえかろ?」






知恵ちゃんは子供だから、こっち側だと信用した私は、了解して、ピアノのレッスンで今やっている曲を弾き始めた。






ただし、目は知恵ちゃんの手元から外す事は出来ない。いつ、ふすまを押さえる手が滑って開いてしまうか分からない。






知恵ちゃんは、身体を私の方に向けて両手を後ろに回し、ふすまの取っ手を後ろ手に持って、私のピアノを聴いていた様だった。






しかし、不意に大きな瞳に怪しい光を宿したと思ったら、次の瞬間、思いっ切り両手を開いて、ふすまをフルオープンにしたのだ。






ちゃぶ台に向かい合って座り、こちらに顔を向けて聴いている二人の大人たち。






恥ずかしいし、悔しいし、なんとも言えずかっこ悪いし。






顔から火が出そうになって、よっぽどで弾くのを止めようと思ったけど、その時目の端に写った、知恵ちゃんのしてやったりの表情!






所詮、子供なんてこんなもんよ、と目で語っている。






騙されたのは悔しいけど、ここで止めるのも、また悔しい。






結局私は、視線を知恵ちゃんから自分の手元に移して、最後まで曲を弾き切った。






おませな知恵ちゃんは、当時まだ小学生だったのだ。中学年か、高学年にもなっていたとしたら、しっかり者の女子あるあるなのかも知れない。






おませな知恵ちゃんだったら、おばと母の内緒話を耳にしても、聞き流してあげる度量を持っていた事だろう。






たまに会う実の姉妹である。嫁ぎ先や、夫や、子供など、諸々、悩み事の相談もあったのであろう。






二つ年上なだけなのに、くみちゃんとはまた違った狡猾さを持つ知恵ちゃんの手のひらの上で、転がされていた私だった。






色々あってもみんなで賑やかに団らんした後、寝室に行って布団に入ると、決まって犬の遠吠えが聞こえていた。






島には、野犬がたくさん暮らしていて、時には群れをなして疾走している事もあったが、日中、道で行き合ったりする野犬は、一頭で大人しく歩いており、誠に行儀よくすれ違って行った。


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