選んだのではなく、導かれた道
結局、あの二人の男は、ジルさんたちの知り合いじゃなかった。
「こんなところで知り合いに会ったなんて、村の外って思ったほど広くないですね~」
そんなことを言ったら、お兄さんたちに爆笑された。
あの二人はどうやら街の商人で、隣国に向かっているところだとジルさんは推測していた。
こういう場所で、こういう人に会うと、怪しいかどうか確認するために、騎士として声をかけるという。
あの男が私に渡したのはただの商品で、私からお金を受け取るつもりだったのだと、お兄さんたちは話していた。
「君、世間知らずすぎる」
ファビアンさんは呆れた顔で言った。
「本当だな。一人でトレストで暮らすよりも、俺たちと一緒に王都まで行ったほうが安全だぞ」
マーティスは追撃してきた。
「ハハハハハッ!」
ジルさんの笑いは、まだ止まらない。
「ふふふ。り、リーマ……ふふふ。安心して、一緒に王都まで、行こう……ふふふ」
カイテルさんは肩を震わせながら言った。
話すか、笑うか、どちらかにしてほしいものだ。
……世間知らずでごめんなさいね。
お兄さんたちと一緒に行動すると、私とリオとリアだけの時よりも、移動が速い。
なぜかというと、絵描きと野菜採りという名の寄り道が、あまりできないからだ。
最初の頃は、珍しい薬草を見つけるたびに――
「うわっ!ねぇお兄さん、見て見て!」
私は植物に指をさしながら、勢いよく話し始める。
「この桃色、すごくきれいでしょう?
夜になると光るんです!
ほらほら、めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか?
でも食べちゃったら、下痢になっちゃうみたいです!
私は実際に食べたことがないから、本当に下痢になるかどうか分かりませんけど、
お兄さんたちが気になるなら、遠慮なく食べてみてくださいね!
あっちにも生えていますから、お兄さん四人分、全然足りますよ!」
お兄さんたちにその植物のことをぺらぺらと解説しながら、私はその植物に飛びつき、イキイキと絵を描き始める。
「何が『足りますよ』だよ。下痢だろうが」
誰かが、ぼそっと呟いた。
「ふふふふっ」
誰かが、こらえきれずに吹き出した。
その植物を描き終わり、しばらく歩いたところで、
少し離れた場所に、また別の珍しい薬草を見つけた。
「ぎゃあっ!なにこれなにこれ!?」
私は思わず声を上げる。
「お兄さん!
これ!
おじいちゃんの画集でしか見たことないですよ!
そもそも、おじいちゃんも『実物を見たことがない』って言ってました!
これ、すごーーーーーーーーっく珍しいですよ!
見た目はあまり可愛くないけど、焼くとめちゃくちゃ美味しいらしいんです!
珍しいのに美味しい!
もはや高級食材です!
こんなところにあるなんて、興奮しますね!
お兄さんたちもそう思いません!?」
私は興奮したまま、息もつかずに話し続ける。
「今日の晩ご飯に採りますから、ちょっと待ってくださいね!
お兄さんの分も採りますから、安心してくださいね!」
そう言って、私はその植物を採る前に、念のため絵を描いてから、丁寧に採取した。
「……今、ホワイトウルフたちでさえ、ため息をついたぞ」
誰かが、ぼそりと呟いた。
「ふふふふっ」
誰かが、また吹き出した。
私が絵描きと採取を終え、再び歩き出そうとした、その時――
「はっ!お兄さんお兄さん!」
「はぁ……進まねぇ……」
誰かの力尽きた呟きが背後から聞こえた。
「あ、あ、あ、あれはマジックマッシュルームです!」
私は指をさして声を上げる。
「見えますか?
あの紫色のキノコです!
あれはマジックマッシュルームです!
すごくきれいでしょう?
でもすごい猛毒のキノコですよ!
触ったら秒速で死んじゃうみたいです!
ふふふ、せっかくだからもうちょっと近くで見よう〜」
私はマジックマッシュルームを、これまで一度しか見たことがない。
あの時はおじいちゃんと一緒で、近づこうとした瞬間、全力で止められたのだ。
でも今は――
おじいちゃんがいない!
チャンスだっ!
私が一歩、マジックマッシュルームに近づこうとした瞬間、
「ちょっと!このバカ!自分で猛毒って言ったんだろう!?」
「い、今何をしようとしてんだ!?」
「自殺はやめろ!」
「リーマ!近づくな!」
おじいちゃんの代わりに、今度はお兄さんたちが全力で私を止めに入った。
「……えっ?
わ、私はただもう少し近くで見たかっただけなんですけど……。
私だって、死ぬつもりはありませんよ……?」
「それでもダメだよ。わかった?」
カイテルさんはそう言って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「は、はい……」
私はマジックマッシュルームの観察を断念し、再び歩き出した。
しばらく進んだところで、今度はちゃんと役に立つ植物を見つけた。
「あっ、お兄さん!」
「今度はなにっ!?」
ほぼ反射で返された声に、私は負けじと説明を始める。
「あの植物は回復薬の材料です!
解熱剤としても使えますから、絶対役に立ちますよ!
採りますから、ちょっと待ってくださいね〜」
そう言ってから、私はふと思いついたように付け加える。
「あっ、お兄さんたちは急いでるなら、先に行ってもいいですよ。森の出口で会いましょう!じゃ!」
「じゃ、じゃねぇよ。君、一人で森の出口まで辿り着けるわけないだろうが……」
力尽きたような声が、背後から聞こえた。
しばらくの沈黙のあと、誰かがはっきりした声で言った。
「俺はリーマを待つよ」
回復薬の材料を採取し、再び歩き出した。
そして、その直後――
「お、お兄さん!あああああの花っ――!きゃっ!痛いっ!」
私がその花に飛びつこうとする前に、マーティスさんに首根っこを掴まれてしまった。
どうやら、マーティスさんはついに我慢の限界だったらしい。
か弱い女の子の私にも容赦なく、首根っこを鷲掴みにしたまま歩き出し、強引に私を前に出す。
「ちょ、ちょっと待ってください!
あ、あれはですね!
すごく!
すっっっごく珍しい花なんですよ!
い、一生に一度、見られるかどうかの花なんですよ!
ちょっとだけ!
マーティスさんちょっとだけ――!
って痛い痛い痛いっ!いたーーいっ!!」
私の必死の懇願は、ことごとく森に吸い込まれていった。
「あ、あの花は本当に珍しいですよ!あの花を無視するなんて信じられません!」
「わかったから、早く歩け」
「もうーーーーーーーっ!いつかおじいちゃんにお土産話にできるかもしれないのにっ!」
「わかったから、早く歩け」
「私が七十歳のおばあちゃんになっても、二度と見られないかもしれないのにっ!」
「君、いつもこんな調子で森を歩いていたのかよ。だから十日間も森の中を彷徨う羽目になるんだな。納得したわ!」
「……」
私はマーティスさんにぷんぷん怒り、頬を膨らませて、もう口をきかないと心に決めた。
チラッとマーティスさんを睨み、ぷいっとそっぽを向いた。
「痛っ!」
私の頭にいきなりげんこつが落ちた。
けど、別に痛くない。
「大げさだ。痛くないんだろう。人の話を無視するな」
「騎士なのに、か弱い女の子に暴力を振るうとか騎士失格です!
これは騎士が一般市民にすることですか!?」
私は振り返って、指を突きつける。
「おいっ!暴力じゃないだろう!痛くなかったんだろうが!」
マーティスさんが声を荒げた。
「する側とされる側の気持ちは全然違いますよ!」
「大げさだ!俺は軽く叩いただけだろう!」
「じゃあ、リオにマーティスさんを”軽く”叩かせてみてもいいですか?」
「……」
一瞬の沈黙。
「わかったわかった。頭を叩いて悪かったよ」
マーティスさんは観念したように息を吐いた。
「ふーん」
私は腕を組み、思案気に考える――ふりをして言う。
「まあ、私は優しいから、今回は許してあげてもいいです。二度とありませんからね」
「……調子に乗るなよ」
マーティスさんが、ぎょろりと私を睨んだ。
こわっ!
今の顔、ものすごく怖い……。
調子に乗りすぎたか……。
その様子を見ていた他のお兄さんたちは、少し後ろで――
盛大に爆笑していた。
村を出る前に、おじいちゃんはデリュキュース国のことを少しだけ教えてくれた。
デリュキュース国は、六つの大きな街で構成された国だ。
中心にあるのが王都――プロメル。
王族、貴族、商人、あらゆる人が集まる巨大な都市。
その王都を囲むように――
北にヘラクレム。
東にバンデ。
南にマラーヤ。
南西にドラウネ。
そして、西にトレスト。
頭の中で、おじいちゃんが描いてくれた地図を思い浮かべる。
私にできそうな仕事といえば、おそらく薬の仕事ぐらいだ。
じゃあ、どの街に行けば、薬の仕事ができるのか――
それを、ずっと考えていた。
うーん……
何でもありそうなのは、やっぱり王都なのかな?
でも、遠すぎる。
いつか村に帰る時、大変なんだよね……。
東のバンデは論外だ。
トレストの反対側だし、王都より絶対に遠い。
南のマラーヤに行くなら、途中でドラウネを通らなければならない。
それなら、いっそドラウネに行った方が近い気もする。
……そう考えると、やっぱり一番楽なのはトレストだね。
トレストは人気のある街じゃないかもしれないけれど、人間は必ず薬を必要とする。
なら、薬の仕事だってきっとあるはずだ。
お願い。
薬の仕事がありますように……。
お願い。
あってくれ……。
「何を考えているのか?」
いつの間にか、私の隣を歩いていたカイテルさんが声をかけてきた。
どうやら、私の真剣な顔に気づいたらしい。
「うーん……どの街に行くかとか、街でどうやって仕事を見つけるかを考えていました。そもそも、街ってどんなところですか?全く想像できなくて……村より、どのくらい大きいですか?」
「リーマの村がどのくらい大きいのかわからないけど」
カイテルさんは少し考えてから答える。
「村よりは、かなり大きいよ。もし行き先を決められないなら、俺たちと一緒に王都に行こうよ。王都なら仕事がたくさんあるし、仕事のことで困ることはまずないからね」
「うーん、でも王都が遠すぎる……」
「ドラゴンに乗れば、一日もかからないよ」
「それでも……遠すぎると、いつか村に帰る時、大変……」
「でも王都ならリーマが一人じゃなくて、俺もいる。何かあったら俺がすぐ助けられる。だから、王都の方が絶対にいいよ」
カイテルさんは、当たり前のことのように言った。
「……確かに……知っている人がいたほうが、安心はしますけど……でも、迷惑なんじゃ……」
「そんなことを考えないで。全然、迷惑じゃないよ。
まずは王都に行って、一緒に考えようね。
絶対大丈夫だよ。
俺が手伝うから、だから安心してね」
「……王都はトレストよりどのぐらい大きいですか?」
「うーん、そうだな」
カイテルさんは少し考えてから答えた。
「大きさだけで言えば、三倍ぐらいかな。でも賑やかさはトレストの十倍はあるよ。トレストは王都から遠いから、人の行き来も少なくて、あまり賑やかじゃないんだ」
「そうなんですか……?じゃあ、トレストには仕事が少なそう……」
「王都の方が、トレストより仕事は絶対に多いよ」
「あっ!そうだ!
大事なことを思い出しました!
王都の宿って、高いですか?
一応、おじいちゃんから少しお金はもらったんですけど……
王都の宿だと高そうだし、足りないかも……
だったら、トレストの方がいいかも……」
「宿のことは、気にしなくてもいいよ」
カイテルさんは、あっさりと言った。
「俺の家に住めばいいよ。部屋もたくさんあるし、両親もいるから心配いらない。両親もリーマに会えたら、きっと喜ぶと思うよ」
「……」
カイテルさんは、本当にありがたい提案をしてくれた。
やっぱりカイテルさんはすごく優しい。
初めて会ったとき、カイテルさんにひどいことを言ってしまったのを思い出して、恥ずかしくなる。
カイテルさんは私の頭を撫でた。
「安心して。王都で絶対うまくいくからね」
私を心配させないように、慰めてくれた。
――完全に妹扱いである。
村でも私は、孫扱いか、娘扱いか、妹扱いばかりだった。
だからだろうか。
この感覚がなんだか懐かしくて、無性に村の人たちに会いたくなってきた。
……だがしかし。
なぜか、他のお兄さんたちが、私とカイテルさんを見て、急にニヤニヤし始めた。
さらに、リオとリアまで突然、
『ぐるうううッ!』(イナカムスメカラ、ハナレナサイッ!)
と、低い声で唸り始めた。
私は――
ついに、リオとリアに「田舎娘」と呼ばれてしまった……。
完全事実だから、反論できない……。
……っていうか、どうしてみんな一斉に?
「ありがとうございます。カイテルさんはすごく優しいです」
私はそう言ってから、少しだけ言葉を選んだ。
「でも……カイテルさんに迷惑をかけたくないですから、宿に泊まりますよ」
「全然迷惑じゃないからね」
カイテルさんは微笑んで、また私の頭を撫でた。
……やっぱり、完全に妹扱いである。
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