罪深きモアとシュア
少し空気が落ち着いたところで、私はふと思い出した。
「そういえば、モアとシュアって何ですか?さっきイアンさんが言ってましたけど」
と、テレンス三兄弟に聞いてみた。
「あぁ、モアとシュアは猫だよ。真っ白な猫と三毛の猫だ。すごく可愛いから後で紹介するよ」
フィンさんが笑顔で答える。
「猫……!?会ってみたいです!私、遠くからしか見たことがないんです!」
馬車に乗っているとき、道端をさっと横切る小さな影を、何度か見かけたことはある。
でも、ちゃんと近くで見たことはない。
あれは本当に、あんなに小さいのかな?
近くで見たら、もっと大きいのかな?
どんな声で鳴くのだろう。
鳥ちゃんみたいに飛べたりしちゃう?
それとも、リスちゃんみたいに木登りが上手?
想像するだけで、ワクワクする!
「じゃあ後で紹介するよ」
フィンさんの言葉に胸が躍る。
「ありが―――」
「いや、ダメだ。絶対ダメだ!俺は許さん!」
突然、大声が飛んできた。
「えっ?ど、どうしてですか?」
まさかジルさんに拒否されるなんて……。
私は一瞬、固まった。
ジルさんなら、快く楽しそうに猫ちゃんたちを見せてくれると思っていたのに。
「モアとシュアは、君に懐くんだろ?……そっちの屋敷に、ついて行ったらどうする?絶対ダメだ。あいつらは、俺たちと何年も一緒に暮らしてきたんだ。君に連れていかれたら……困る!」
ジルさんは頑なに譲らない。
「そんな……ジルさんの猫ちゃんだから連れて帰るわけないじゃないですか!私、ただ見てみたいだけなんです!」
いくら懇願しても、ジルさんはまったく頭を縦に振ってくれない……
(……いま、涙作戦を実行しようかしら)
涙作戦を思わず考えてしまうほど、私は本気で困ってしまった。
「兄貴、ケチだよ。紹介ぐらいしてもいいだろ。大丈夫だよ、リーマ。後で僕が紹介してあげるよ」
「そうだよ、兄さん。リーマ、大丈夫だ。フィンと俺が紹介するよ。モアとシュア、すごく可愛いんだ。きっと気に入るよ」
フィンさんとイアンさんが味方してくれた。よかった〜!
「……おまえたちはリーマの能力を知らないんだからそう言うんだよ」
ジルさんは不満そうに言う。
ジルさんの猫ちゃんを連れて帰るわけないのに……。
私は口をとがらせ、ジルさんを睨んだ。
食事が終わり、みんなが客間で寛いでいると、フィンさんとイアンさんが約束どおり、モアちゃんとシュアちゃんを抱えて私に紹介してくれた。
『にゃ~』
『にゃ~~』
ううう……。
や、やばい……。
ジルさんの猫ちゃんだから、連れて帰らないと言ったけれど……。やっぱり、連れて帰ってもいいかな?
フィンさんとイアンさんが、私に真っ白なモアちゃんと三毛のシュアちゃんを、そっと差し出す。
すると二匹は、ためらいもなく私にすりすりしてきて、可愛く『にゃにゃ』と鳴きながら、私の太ももの上で落ち着いてしまった。
「うぅぅ……か、かわい……」
思わず、声にならない声が漏れる。猫というのは、なんて罪深い動物なのだろう。
ただ太ももに頭を乗せ、気持ちよさそうに伸びをして、時々『にゃ~』と鳴くだけなのに――
どうして、こんな破壊力のある可愛さを放てるの?
……メイソン家の屋敷に、連れて帰りたい。
「か、可愛いーーーっ!連れて帰りたいです!ジルさん、いいですか?いいですよね?ありがとうございます!」
勢いのまま畳みかけると、
「絶対に、絶対にっ!モアとシュアを誘うなよっ!許さないからなっ!」
ジルさんが即座に声を荒げ、二匹を私から引き離そうとした。
けれど――
モアちゃんとシュアちゃんは、必死にジルさんの手から逃れ、私にすりすりと体を寄せてくる。
『にゃ~~~~~っ!』(さわらないでーーーっ!)
「ジルさん。モアちゃんとシュアちゃんは、『触るな』って言ってますよ。触らないであげてください。可哀想です」
ジルさんは、その場で固まった。
かなり、いや、相当ショックを受けている。
「モアちゃん~、シュアちゃん~、可愛い~」
私は二匹を抱き寄せ、頬にすりすりする。柔らかくて、あったかくて、肉球が可愛くて、最高だ。
「ほら。モアちゃんとシュアちゃんだって、私と一緒に帰りたがっていますよ?連れて帰ってもいいですよね?大事にしますから!」
もう一度ジルさんにお願いしてみた。
「ダメに決まってんだろう!」
ジルさんは、私ではなく――
モアちゃんとシュアちゃんを、恨めしそうに見つめていた。
「モア、シュア……!君たちは何年も俺たちと暮らしてきたのに、そんな簡単に俺たちを捨てられるかよっ!」
ジルさんは、二匹に向かって必死に訴えた。
『にゃっ!』(そうだ!)
「あっ、『そうだ』って言っていますよ。ふふっ、可愛すぎ~~~」
「き、きみたち……」
ジルさんは、完全に言葉を失った。
「り、リーマ。冗談だろ?モアとシュアはそんなこと言うはずないよ。モアとシュアは私たちの家族だ。そもそも、なんで猫の言葉が分かるんだよ!?普通、分からないだろ!?」
フィンさんが焦ったように言い、隣でイアンさんも無言で何度も頷く。
「だから言ってるだろ!おまえたちは、リーマの能力を知らなすぎなんだって。リーマが動物を簡単に手懐けるって、何度も言っただろう?」
ジルさんが、半ば呆れたように吐き捨てる。
「し、信じられん……」
「ふふっ。リーマ、もし猫を飼いたいなら、俺が探してあげようか?ジルたちが可哀想だから、モアとシュアはこのままにしようね」
いつも優しいカイテルさんがまた私を甘やかしてくれる。
『にゃーーーっ!』(いやーーーっ!)
『にゃーーーーーーっ!』(いっしょに行くっ!)
「あっ、ここの子たちは嫌だって言っています。私と一緒に行きたいそうですよ!可愛い~~~」
モアちゃんとシュアちゃんが、私にすりすりしている。
――いや、もはや私のほうが、モアちゃんとシュアちゃんにすりすりしている。
この子たちの可愛さは。破壊的だ。
「ふふふっ」
隣で、カイテルさんが楽しそうに笑った。
「き、きみたち……」
テレンス三兄弟は、モアちゃんとシュアちゃんのあまりにも正直な反応に、かなりショックを受けている様子だった。
さすがに少し可哀想になって、ジルさんたちへのいじめはここまでにする。
「モアちゃん、シュアちゃん。ジルさんたちは、すごくあなたたちのことが大好きなの。だから、ここで一緒に暮らして、いい子にしてね」
『にゃーーーっ!』(いやだーーーっ!)
『にゃーーーっ!』(いっしょにいくっ!)
「ふふっ。いい子にしていたら、会いに来るわよ~」
『ぐるぅ~~~にゃ~~~!』(うーん、わかったーーー!)
モアちゃんとシュアちゃんは、相変わらず私にすりすりし続ける。
そして私は、あまりにも自然に、すりすりし返していた。
ちょっとわがままな猫ちゃんでも、本当に可愛い。
憎めないわね。
――これは、猫ちゃんの特権かな~。
もしリオとリアがここにいたら、間違いなく拗ねていただろう。
ジルさんの見通しどおり、モアちゃんとシュアちゃんはすっかり私に懐き、飼い主であるジルさんたちには、ほとんど目もくれない。
「おまえらのせいだっ!」
ジルさんは、この小さな悲劇の原因を、フィンさんとイアンさんになすりつけた。
そのフィンさんとイアンさんもまた、自分たちの飼い猫を紹介してしまったことを、内心では後悔しているようだった。
「リーマ、本当に猫の言葉がわかるのか?」
フィンさんはまだ納得していない様子だ。
「はい、この子たちが鳴いたら、何を言っているのかわかりますね」
「えー……じゃあ、モアとシュアはリーマの言っている言葉がわかるのか?」
「はい。でも私だけじゃなく、フィンさんたちの言葉もわかっていますよ。ずっとフィンさんたちの言葉に『にゃにゃ』と反応していましたから」
「へぇ……なんでわかるのか?」
「うーん……さあ?」
一部始終、フィンさんはどうしても納得できない様子だった。けれど、これは仕方がない。
理解するより、慣れるしかないのだ。
お兄さんたちも、お父様たちも、最初は理解できなかった。けれど今では、すっかり慣れてしまっている。
だいたいのことは、何が起きても驚かずに、
「リーマだからな」
で済まされるようになった。
私は、可愛いモアちゃんとシュアちゃんを連れて帰るのを諦めた。
そもそも、最初から本気だったわけではない。
……いや、正確に言えば、本気半分、冗談半分だった……くらい?
でも、人の大切な家族を引き離すのは、やはり良くない。
それに、この超絶可愛い猫ちゃんたちをメイソン家に連れて帰ったら、リオとリアが拗ねる可能性が高い。
あの子たちは誇り高いホワイトウルフちゃんだけれど、かなり嫉妬深いのだ。機嫌を損ねないよう、気をつけなければならない。
そして何より、人の家にこれ以上動物を招き入れるのは、さすがに図々しい。
いつも優しいカイテルさんは、猫を探してあげると言ってくれたけれど――
それでは、かえって迷惑をかけてしまう。
私はきちんとお礼を言って、その申し出は遠慮することにした。




