リーマ争奪戦、未遂②
「そんなに野営が嫌なのか?リーマさえ森暮らしできるんだぞ?」
私はモアとシュアのことを考えながら、卵とカニ蒸しの皿に手を伸ばそうとしたそのとき――
マーティスさんに話題を振られ、思わず手が宙に止まってしまった。
「……えっ?
……私はいつから森暮らしできるんですか?
……森暮らしなんてしたことありませんよ」
(……しようと思ったことはあったけどさ!)
私は手を引っ込めた。
……卵とカニ蒸しを中断されて残念だ。
「何を言っているんだ?俺たちに会わなかったら、君は今も森暮らししていると思うぞ」
……あまり言い返せない気がしなくもないのだ。
「私は何ヶ月も森暮らしなんてしませんよ。
お兄さんたちに会わなかったら、今頃は――
村に戻っておじいちゃんと平和に暮らしていたか、
トレストのドラゴンちゃんの小屋で働いていたか、
何とかドラゴンちゃんを手に入れて世界中を飛び回っていたか、です!
……はっ!」
私はここまで言うと、今までまったく思いつかなかったことをふとひらめいた。
「リーマ、どうしたのか?」
カイテルさんが私の顔を覗き込んだ。
私が狙っていた卵とカニ蒸しもそっと私の皿においた。
「うーん、今まで全然思いつきませんでしたが……
私は王都まで来なくても……トレストでドラゴンちゃんを手に入れれば世界旅行はできるんですよね?
最初からいろんな街を回ってみたいと思っていましたし……
私なら、仲良くはなれると思いますし……」
「……い、いや……リーマは王都に来て大正解だったよ。
ドラゴンはそんな簡単に手に入るものじゃないからね。
ガイルだってお父様が苦労して、苦労して、やっと手に入れたドラゴンだからね」
カイテルさんは焦り気味に、私の考えを何とか止めようとしている。
……確かに街に出てきてからは――
トレストのドラゴンちゃんの小屋や、ガイルちゃんとルークちゃん、飼育場のドラゴンちゃんにしか会っていない。
ドラゴンちゃんは、簡単に見つかる動物じゃないもんね。
「……いや、そこまで苦労はしていないぞ」
と、お父様がぼそりと呟いた。
それを聞いた周囲が一斉に吹き出した。
(……うん?なになに?)
席がまったく反対側で離れていたから、肝心な部分はよく聞こえなかった。
お母様たちまで笑っている。
お父様はそんなに面白いこと言ったの?
何を言ったのだろう。
ちょっと気になる。
「でも私が誘えば、ドラゴンちゃんたちが喜んで私と一緒に世界旅行してくれると思いますよ」
「それでもリーマが王都に来て大正解なんだよ。
……もしかして、俺と一緒に王都に来たことがそんなに嫌なのか?
今、後悔しているのか……?」
カイテルさんは何だか悲しそうに見えた……。
私はそこまで言っていないのに!
「……わ、私はそんなこと言っていませんよ!
カイテルさんたちに出会えて嬉しいです!
た、ただ一つの方向性を思いついただけです……ごめんなさい……」
確かに、私があんなことを言ったらメイソン家のみんなに失礼だわ。
しょんぼり。
「……そうなんだね。よかった。
じゃあ、世界旅行は俺が連れて行くから、リーマはこのまま俺と一緒にいようね」
カイテルさんは微笑みながら、再び料理を取ってくれた。
……怒っていないみたいだし、何だか喜んでいるように見えるから、安心した。
「いいえ、カイテル様。リーマお姉様は近い将来、レンブラント屋敷で暮らしますよ。
ねぇ〜、マーティスお兄様」
ナディアさんがマーティスさんをちらっと見て、カイテルさんにニヤッとした。
(……なぜ、私がレンブラント家の屋敷で暮らすことになるのかな?)
「……何だと?」
カイテルさんが険しい顔でマーティスさんをぎょっと睨んだ。
言い出したのはナディアさんなのに、なぜマーティスさんを睨んでいるのだろうか。
「いやいやいや、来ない来ない来ない来ないから。ナディア、変なことを言うな!」
今までのマーティスさんは幼馴染のお兄さんたちに圧力をかける側だったのに、
今は逆にカイテルさんに押されている。
こんな必死なマーティスさんを見るのは初めてで、ちょっと新鮮だ。
「そうね、ナディア。近い将来、私たちはリーマと家族になると思うわよ。リーマは私たちのお姉様になるよね。ねぇ、マーティスお兄様?」
バーバラさんもナディアさんと同じように、ちらりとマーティスさんを見てから、カイテルさんに向かってにやりと笑った。
たしかに、バーバラさんやナディアさんみたいな姉妹が、お姉ちゃんと妹になってくれたら嬉しい。
……たがしかし。
どうして、私は「お姉ちゃん」なんだろう。
私も姉妹になるとしたら、私のほうがバーバラさんの妹になる気がするのに……。
「……おまえ……」
カイテルさんがさらに険しい目つきでマーティスさんを睨んだ。
マーティスさんは気まずそうに、カイテルさんに何度も首を横に振った。
まさかマーティスさんが幼馴染に威圧される日が来るなんて思いもしなかったわ。
こんなマーティスさん、見ものだね。
「リーマ、今日からレンブラント家に来てもいいわよ。すぐメイドに部屋の準備をさせるから、安心していいのよ」
マーガレット小母様が微笑みながら言った。
「レンブラント家が嫌なら、この屋敷はどうだ?
部屋がたくさんあるぞ。ジルの隣の部屋も空いているからね。
どう?
もうここにいるんだし、今日からでもいいよ。
じゃあ、早速メイドに部屋の準備をしてもらおうか?」
ロラン小父様もにやりと笑った。
(……)
さすが居候の私だ。
みんな、私の住む場所を本気で考えてくれているみたいだ。
村ではおじいちゃんの小屋。
街ではメイソン家の屋敷。
確かに私は、自分の家というものを持ったことがない。
だから、こうして「どこに住む?」なんて話になるのも不思議じゃないのかもしれない。
冗談でも、みんなが喜んで引き受けてくれるみたいで嬉しい。
「俺の隣の部屋か〜。寂しくなくていいね〜。リーマ、いつ来る?今日から住んじゃう?部屋の準備が間に合わないと思うから、とりあえず今日は俺の部屋で寝る?」
ジルさんが私に話しているはずなのに、私を見ないでずっとカイテルさんを見てニヤニヤしている。
「小父様、大丈夫です。リーマはずっとメイソン屋敷に住んでいます。
ね、リーマ?
ジル、おまえは黙れ」
「私はリーマに聞いているんだ。カイテル、君こそ黙ってろ。リーマ、どうだ?ジルが嫌なら、フィンでもイアンでもいいぞ」
ロラン小父様がカイテルさんの言葉を一蹴した。
ロラン小父様もジルさんと同じく私に話しているはずなのに、私を見ないでカイテルさんにニヤニヤしている。
みんな私に話しているはずなのに、なぜ誰も私を見てくれないの?
私の顔になんかついてる?
服装が変?
今日はお貴族様の屋敷で夕食を取るから、いつもより服装に気を付けたんだけど……?
メイガンさんにも、心を込めて着付けをしてもらったのに……。
ふと横を見ると、カイテルさんははっきりと不機嫌そうに口を結んでいた。
反対に、みんなはカイテルさんの反応を楽しんでいるように見えなくもない。
カイテルさんって……意外と弄られっ子なんだね。
見た目はまったくそんな風に見えないのに。
お父様とお母様、ジョアンナお姉様さえ、カイテルさんの反応を楽しんでいる。
カイテルさんが一人ぼっちにならないように、私はカイテルさんの味方になろうと思った。
「ロラン小父様、ありがとうございます。でも大丈夫です。私はこのままメイソン家の屋敷に住みます……。迷惑でなければの話ですけど……」
私がそう言うと、カイテルさんの顔がパッと明るくなった。
「全然迷惑じゃないから、迷惑なんて考えないでね」
カイテルさんはそう言いながら、私に海老のソテーを取ってくれた。
いつものカイテルさんに戻ったようでよかった。
四人分の「ふーん……」が、きれいに揃った。
他の人たちは、呆れたかのようにため息をついた。
……私がロラン小父様の誘いを断ったから、逆に失礼だったのかな。
不安になって、そっと周りを見回した。
けれど皆は肩をすくめるだけで、何事もなかったかのように食事と話題を続けていた。
……怒られていないみたいだ。
「フィンとイアンは、王城のどの部門に行くのか?」
バロウズ小父様が話題を戻した。
よかった。
これで私はまた美味しい料理に専念できる。
今度こそ、卵とカニ蒸しを食べられるわ。
「私はサルビア国で法務省に勤務していましたから、その経験を活かしたいです」
「法務省か。それなら入省試験はいらんだな。いつ入省するのか?」
「できるだけ早く来て欲しいと言われましたので、来月から始まる予定です」
「ほぅ。その間にしっかり勉強するんだぞ。ダニエラ大臣は普段優しいが、仕事の面では厳しい。かなり癖があるから、頑張れよ」
そう言うと、イアンさんに目を向けた。
「イアンは?」
「私はお父様のように財務省で働きたいです。未経験ですが、学習に自信があります。皆さんについて行けますし、役に立てると思います」
イアンさんは自信満々で話した。
さすがジルさんの弟さんだ。
「そうか。二人とも管理部門に来てくれたら、俺たちの仕事が楽になるんだろうな。産業省には来ないのか?」
バロウズ小父様が尋ねた。
「産業省はバーバラとナディアに任せますよ」
フィンさんは言った。
「えぇ。任せてください」
バーバラさんは微笑んだ。
さすがだなぁ。
かなり余裕そうに見えた。
ナディアさんはというと、何も言わず、呑気にお茶を飲んでいる。
入省試験を受けると、この前言っていたけれど、産業省の試験のことかしら。
お二人はかなり余裕で、さすがバロウズ小父様の娘さんたちだ。
私も、みんなのように胸を張って働ける日が来るのかな。
……ちょっと楽しみだ。
……さてと、次は――
丸揚げカニソースかけを味わおうっと!




