無臭無色の影
似顔絵を描き終わり、七人に見せると、みんな口を揃えて「こいつだ!」と叫んだ。
似顔絵担当のニィルさん、すごい~。
あの説明だけで絵を描けるなんて、もはや天才かも。
騎士になっていなかったら、今頃は有名な絵描き師になっていたかな。
……おっと、そんなことより。
「カイテルさん、あのう……七人が作った薬は麻薬だけですか?……他の薬はまったくないんですか?」
小声で尋ねると、カイテルさんは即座に七人に質問した。
「おまえらが作った薬は麻薬だけか?他にはなかったのか?」
一瞬前まで優しかったカイテルさんも、瞬時に鬼の形相になった。
……人って、本当に一瞬で人格変わっちゃうのね。
「そ、そうだ。麻薬は三種類あった。俺たちが作ったのはそれだけだ」
麻薬団のリーダーが、ビクビクしながら答えた。
カイテルさんが私を見て、視線で「どうする?」と問いかけてくる――
たぶんその意味――
私は少し首を傾げた。
……うーん。
……カレル森の小屋にはイブニングローズや回復薬の材料もあったけど……回復薬は作らなかったのかな。
普通の回復薬なら気にしない。
けれど、あれは少々訳ありのものだ……
服用前に万全の準備をしておかないと――少々危ない回復薬なんだよね。
「えーと……ほ、他にあるはず……」
また小さな声でカイテルさんに言った。
「リーマ、遠慮しないで。知りたいことがあったら、あいつらに聞いてもいいよ。
この取り調べの参加は、お父様から許可ももらっているからね」
カイテルさんは私の手を優しく握り、頭をなでてくれた。
「リーマちゃん〜、聞きたいことがあったら全然聞いてもいいよ。なんでも大丈夫だよ〜」
アレックスも相変わらず優しい口調で言った。
人って瞬時に人格変わるのね、ほんとに……。
「……はい、えーと……あなたたちは本当に他の薬を作らなかったの?回復薬は?」
「かいふく……やく?」
「そんなのあったっけ……」
七人は首をかしげて考えた。
「紫色の薔薇が小屋にあったんじゃない?あれは何に使っていたの?」
「むらさきいろの……ばら」
「あっ、思い出した。あのきれいな花だよな?
えーと、あれは何の薬なのか分からんけど……
何ヶ月か前、あの商人が材料と説明書を持ってきてさ……」
一人は似顔絵を指さしながら話を始めた。
「俺たちは説明書通り作ったけど、ほとんど失敗したんだ。
……あっ、でも一本の小さな瓶だけは作れたけど、あの商人が持っていったよ」
あの回復薬は材料こそ少ないけど、
煮たり、煎じたり、濾したりと工程が多い。
手順が面倒で、植物や調薬の知識がない人には簡単には作れない。
一本だけ作れたのも、奇跡みたいなものだ。
すごいなぁ……。
――しかし。
「どうしてそれが成功品だとわかるの?調薬の知識もないし、試してもいないでしょう?」
「俺たちにはわからん。ただ作ったものを全部あいつに見せたら、あの一本が成功品だって言われたからさ」
「……なるほど……じゃあ、あの商人には調薬の知識があるの?」
「さあね。無臭無色ならいいんだって言っていた……植物の知識はなさそうだけど」
「なるほど……」
つまり、あの回復薬じゃない可能性もあるのね。
……ふぅぅ。
ちょっとほっとした。
あの回復薬はいいものだけれど、準備なしで使うとちょっと危険だもんね。
でも、私が対処できるから、誰が服用したか分かっていれば大丈夫だ。
……よし、よし。
「あっ、俺も思い出した。透明な液体のやつだ。無臭無色で、何の薬かまったくわからん」
「そうなの?何に使うか言ってた?」
「いや、全然……一本しか作れないのかって俺たちに怒鳴って……その一本を持って行った」
「もっと作れって言われたから、何度やってみたんだけど……あの一本だけ成功したんだ」
「……そうなのね。わかった。ありがとう」
七人は本当に何も知らなさそう。
……あの一本の回復薬は、いったいどこにあるのやら。
私はジルさんたちに頷き、ジルさんはそのまま取り調べを続けた。
しばらくして取り調べは終了した。
……初めての取り調べは意外と……もやもやしたものだった。
やがて、騎士たちが七人を会議室から勾留場に連れていった。
会議室にはジルさん、カイテルさん、アレックスさん、ザインさんと私だけが残っていた。
「リーマ、あの回復薬はどうしたのか?」
カイテルさんが尋ねた。
「あの回復薬はとてもいいものなんです……
でも、使う前にしっかり事前準備しておかないと、逆に危険なんです。
誰の手にも渡っていなければいいんですが……」
「そうなのか?……でも回復薬だから、害はなさそうだな。一応、アーロン大臣に報告しておくよ」
ジルさんは特に気にしない様子だった。
「……そうですね。何のためにあの七人に作らせたのかはわかりませんが……
おそらく、たぶん、大丈夫です……
飲んでも、すぐに死ぬようなものじゃないですし……」
「回復薬のことはあの商人から聞き出すから、心配しないで。屋敷に送るね。これから勉強するだろう?」
カイテルさんは優しい笑みを浮かべた。
この笑みはいつも私を安心させてくれる。
「は――」
「じゃあ、俺も一緒にリーマちゃんを送るね〜。心配しないでね〜」
「私も送るね〜。リーマちゃんは安心して勉強してね〜。なんなら私も一緒に勉強しようか?」
私はまだ返事を終えていないうちに、アレックスさんとザインさんに遮られてしまった。
カイテルさんはため息をついた。
「……アレックス、ザイン。おまえら、そろそろ諦めろ。
どうせ一生叶わねぇ。
俺が絶対におまえらに渡さねぇから」
カイテルさんがジロリと二人を睨んだ。
「はぁぁぁぁッ!?
おまえ何様だ!?
叶うかどうかまだわからんだろうが!
そもそも決めるのはおまえじゃねぇ!」
アレックスさんはうるさいほどの声をあげ、カイテルさんを睨み返した。
「そうだそうだ!
決めるのはおまえじゃねぇよ!
俺は絶対におまえなんかに負けねぇ!」
ザインさんもカイテルさんを睨み返した。
……さっきまで仲良さそうだったのに。
私はジルさんに近づき、袖口をちょんちょんと引っ張って小声で聞いた。
「じ、ジルさん……
どうしてカイテルさんとアレックスさん、ザインさんが急に喧嘩してるんですか?
やっぱり元々仲が悪いんですか?」
カレル森で一緒に捜査したときから、そんな雰囲気だったもんね。
「ははははっ!」
ジルさんは突然爆笑し始めた。
「いやいや、別に仲悪くないよ〜。むしろ仲良いよ〜。
最近はあいつらの狙い者が同じ者になっちゃっただけだよ〜」
「……なるほど?……その狙い物って何ですか?
喧嘩させちゃうぐらい、そんなにすごい物なんですか?
見てみたいですね。
どんなものなんですか?」
私は言いながら、カイテルさんとアレックスさん、ザインさんを温かい目で見守った。
お三方とも、頑張ってくださいね。
「はははははははっ!」
ジルさんは何も答えず、長机をぱんぱんぱんと叩きながら爆笑し続けた。
どうしたの、いきなり?
麻薬でも吸っちゃったのかしら?
あのときの私は――
その回復薬をまったく深く考えていなかった。
あとでどれだけ大事になったのか、もちろん気付くはずもなかった。
取り調べが終わったその夜。
私はお父様の執務室に立たされ、小さな麻袋を渡された。
受け取った瞬間、どこかで触ったことのあるような、ないような感触がした。
不思議に思って、そっと振ってみると――
――ちゃりん〜。
という、聞いたことがあるような、ないような音がした。
中身を確認したら、数枚の硬貨が入っていた。
「……お金……?どうしたのですか?」
思わず首を傾げた。
今から買い物でも頼まれるのだろうか。
「今回の仕事の報酬だ。受け取りなさい」
お父様はいつもの優しい笑みを浮かべた。
「……えっ?……あっ、だい、大丈夫ですよ!私はただお手伝いをしただけで……」
「仕事をしたら、報酬がもらえる。これは当たり前なことだ。慣れなさい。
ただで働かせるわけにはいかないだろう?」
「えーと……でも……」
……報酬?
私にとって今回の仕事は、お父様たちへの恩返しのつもりだった。
お金をもらえるなんて、考えたこともなかった。
本当に受け取ってもいいのかな……?
今まで、メイソン家のみんなから、もらってばかりだったのに。
ほんの少し手伝っただけで、お金までもらえるなんて……
厚かましくないかな……?
「リーマ、受け取って」
カイテルさんが、そっと私の手を包み、麻袋を握らせた。
「お父様の言う通りだよ。仕事をしたなら、報酬をもらうのは当然なんだ」
そう言ってから、少し楽しそうに続けた。
「じゃあさ。今度の休みに、中央街に行こうか?
リーマが“初めて稼いだお金”で、買い物してみない?」
自分で稼いだお金で、買い物をする――?
……それって、なんだか。
ちょっと、かっこいいかも。
ぜひしてみたい!
……あっ、そうだ!
今度は、私はカイテルさんにお菓子を奢って、アクセサリーも買ってあげよう!
今までもらってばかりだしね!
麻袋の中をそっと確認すると、ざっと三百セルくらい入っていた。
どこまでカイテルさんに奢れるかわからないけど――
……そうしよう!
「は、はい!行きます!自分で稼いだお金で、買い物してみたいです!」
「ふふっ、了解〜」
カイテルさんは相変わらず優しい笑みを浮かべて、私の頭を、そっと撫でてくれた。




