帽子とマスクの女
試験まであと数週間。
病院の短期仕事を終え、私は再びメイソン家の屋敷の図書室で勉強することになった。
病院に行っている間も少し勉強していたので、心配はいらない。
おじいちゃんの名にかけて、私は絶対に合格する!
そんな勉強に没頭する毎日。
ある日、私はジルさんの屋敷で夕食をいただくことになった。
今日は、テレンス家のご子息で、ジルさんの弟であるフィンさんとイアンさんの、隣国での短期勤務終了のお祝いだ。
昔からの家族ぐるみの付き合いなので、お父様やお母様、カイテルさん、ジョアンナお姉様、マーティスさんとそのご家族、王族のファビアンさんも招かれている。
私はジルさんのお母様にお会いするのは初めて――
なので、マーティスさんのお母様のときと同じく、イブニングローズをお手土産に持っていくつもりだ。
なんだかんだで、貴族との付き合いは忙しく、平民の田舎娘である私には大変だ。
テレンス家の屋敷に到着すると、メイドに案内されて居間に入った。
「アーロン、ジョゼフィン、ジョアンナ、カイテル、リーマ、いらっしゃい。待っていたよー」
ロラン小父様は相変わらずのんびりとした口調で言った。
「皆様、本日お越しいただきありがとうございます。どうぞおかけください。フィンとイアンはそろそろ参りますわ」
居間にはすでに、ロラン小父様とクロウディア小母様が待っていた。
(……うわ〜)
さすがジルさんのお母様だ。想像通り、きれいな方だ。
お父様とお母様、ジョアンナお姉様、カイテルさんの挨拶が終わった。
次は私の番――いつもの平民風の挨拶。
「クロウディア小母様、初めまして。リーマです」
私は震える声で、なんとか挨拶した。
「えーと、お母様から、小母様がお花がお好きだと伺いましたので、イブニングローズを持ってきました。
とてもきれいで珍しい薔薇です。もしよろしければ……」
二か月も貴族の屋敷に住んでいるのに、私の挨拶はいつまで経っても上手くならないのだ。
悲しい……。
「まあ、リーマちゃんね〜。噂通り美しいわ。ふふ、美しい人と美しいお花に会えて嬉しいわ。リーマちゃん、ありがとう」
クロウディア小母様は優しく微笑んでくれた。
(もう―――っ、美しいなんて―――っ!照れちゃうよ―――っ!)
と、そんな考えをもちろん、口にも出さず、顔にも出ないように我慢する。
「今日は楽しんでちょうだいね」
また優しい笑みをかけてくれる。
(本当に、きれいな方)
お父様と小父様は早速、仕事の話を始める。
さすが、仕事熱心な方々だ。
私はちらりと耳を傾けると、ロラン小父様の管轄部署で何か大変なことが起きているらしいことが聞こえた。
「カイテルさん、ロラン小父様のところで何かあったんですか?」
私は小声で尋ねる。
私とカイテルさんは、お父様たちの輪やお母様たちの輪には入らず、二人でぽつんとソファに座っている。
「……一昨日、財務省で盗難事件があったんだ」
カイテルさんは一瞬戸惑ったあと、小声で教えてくれた。
――話しにくいこと、なのかな。
カイテルさんは優しいし、いつも私にいろいろ教えてくれる。
でも、騎士だから、軽々しく部外者に話せないことも多い。
お父様と小父様の様子を見れば、なおさらだ。
「そうなんですね」
私はこれ以上、首を突っ込まないように口を閉じた。
そのとき、お父様が突然声をかけた。
「リーマならどう思うのか?」
(何をどう思えばいいのですか……お父様……?)
「一昨日、王城で盗難事件が起きたんだ。
ロランの管轄する財務会計部で、大事な台帳がなくなった。
その台帳はいまだに見つかっていない。犯人も分かっていない。
容疑者はたくさんいるけど、まだ絞り切れていないんだ」
……あ、あれ?
大事な話みたいだったけれど、部外者の田舎娘である私に話しても大丈夫ですか、お父様……?
「お、おいっ!アーロン!」
ロラン小父様が慌ててお父様を止めた。
やはり、部外者の私に話してはいけないですね、ロラン小父様……?
「いいから、リーマの意見を聞いてみよう。どう?リーマならどう思うか知りたいんだ」
「は、はい……えーと、たくさんの容疑者って、何人ですか?」
「十五人だ」
「じゅ、十五人!?ど、どうして容疑者がそんなにいるんですか?」
「はぁ……台帳がなくなったことに気付いたのは、一昨日の夕方なんだ」
ロラン小父様が、ため息混じりに続ける。
「私と部下で、その部署の部員全員を調べた。
その結果、一昨日の朝に部員二人が、怪しい人物が台帳を保管していた保管室に出入りするのを見たんだ。
その人物は金髪の女性で、王宮の制服を着ていた。
宮殿の制服は種類がいくつもあるが、その人物が着ていたのは、私の管轄部署の規定制服だ」
言葉を切り、さらに説明を加える。
「私の管轄部署の女性職員は合計二七人。その中で金髪の女性は十五人。だから容疑者は十五人ということになる」
「なるほど……」
ロラン小父様は再びため息をついた。
「その十五人を裏で調べたが、全く不審な点はなかった。
詐欺師の繋がりも、悪い貴族の繋がりも、怪しい商人の繋がりもなし。
仕事の評判も良好。つまり、その十五人はみんな優良職員なんだ」
「そうなんですね……」
一つ思いつき、私は尋ねる。
「あっ、でも二人の目撃者は、その怪しい人物の顔を見ていないんですか?」
「ああ、その人物は帽子をかぶり、マスクもしていたそうだ。
その人物が咳をしながら保管室に入り、一分足らずで出てきた、と二人の目撃者が証言している。
目撃者の一人が『体調悪いのか?』と声をかけると、
その人物は咳をしながら『ちょっと……』と低い声で答えたんだ」
「……怪しいですね」
そんな平凡な意見しか言えない私。
「そうだ。その人物が妙に顔を隠そうとしていたとも二人の目撃者は話している」
「……本当に妙な行動ですね」
ロラン小父様は大変だ。お偉方の仕事はいつも頭痛の種が絶えない。
それでお父様は、私にこの事件を話して、何をしてほしいのだろう?
私には何の力もないと思うけど……。
あっ、もしかして、私の名推理が欲しいのかな?
残念ながら、今のところ全くひらめいていない。
「だから、犯人が見つかるまで安心して眠れないんだ。
王宮というのは、私を穏やかに休ませてくれない。はぁ……頭が痛い」
ロラン小父様はそのまま文句を言い始める。
居間の隅に立つロラン小父様の右腕、ジョセフさんは、尻目で主を見て小さくため息をついた。
……もしかして、―番大変なのは、ジョセフさんかもしれない。
「何か仮説があるか、リーマ?」
……お、お父様は気が早すぎる。
私は、名推理の"め"さえ思いつかないのだ。
(名推理は、そんな簡単にぽんぽん出てくるものじゃないですよ、お父様……)
「ごめんなさい。何も思いつかないんです……」
詳細が少なすぎて、どうやって想像を膨らませればいいのか、まったく分からない。
「お父様、気が早すぎます。リーマは今、話を聞いたばかりですから、すぐに仮説を考えるのは難しいですよ」
カイテルさんがため息をついた。
私にできることがあるなら、お父様たちを手伝いたい。
でも、すぐに名推理を考え出すのは本当に難しいのだ。
「あぁ、悪いな。この前のルーカスの事件はリーマがすぐ、めい……仮説を思いついてくれたからな。
つい早まってしまった」
「い、いいえ!私にできることがあれば、全力で手伝います!」
「あぁ、そういえば、あのルーカスの事件はリーマのおかげで解決したんだったな。
じゃあ、リーマにもっと情報を話すかなー」
……本当に話しちゃって大丈夫ですか、ロラン小父様?
「私たちは、あの十五人の女性職員を裏で調べたんだが、特に怪しい点はなかった。
でも、あの中の誰かの仕業のはずだ。だが他に証拠が少なくて、なかなか容疑者を絞れないんだ」
ロラン小父様が話を続ける。
「そうそう。昨日、騎士は犯人が着ていたと思われる制服を王宮の廃棄場で見つけたよ。
女性職員の制服と帽子とマスク、まさに犯人が着ていたものと思われるものだ。
制服はみんな同じ作りだから、誰のものかはわからない」
ロラン小父様が何かを思い出しながら、さらに続ける。
「捨てられた帽子とマスクは、二人の目撃者が確かにあの怪しい女性がつけていたものに似ている、と言っている。私は捨てられた制服も、犯人のものだと見ているんだ」
「制服、帽子とマスクが捨てられた……?」
ふむふむ。
これは引っかかるね。
あと少しで、名推理をひらめきそうだわ。
「制服の支給は一人三着だ。財務会計部の女性職員だけでなく、他の部門の女性職員も調べた。
職員全員が規定通り三着を持っている。最近新しいものを支給された人は三人いたが、
一人は無くなったと言い、あと二人は破れたと言っている」
「そうなんですね……」
ふむふむ。
……ふむ……ふむ。
まったく何も思いつかないっ!




