田舎娘、騎士団に挑む
飼育場の見学が終わった後、
カイテルさんが私の手を取り、ファビアンさんと一緒に騎士団の訓練場へ向かった。
騎士団本部の敷地に入ると、まず大きな建物が目に入る。
「この建物が本部だ。会議室も食堂もここにある。後ろに見える建物は、夜勤のある騎士の寝室だ」
カイテルさんは、あちこちを指さしながら丁寧に案内してくれた。
へぇ〜。
ここがカイテルさんの職場なんだ〜。
雰囲気もカッコいいし、見た目もカッコいい。
……じゃあ、ここで働くカイテルさんも、きっとカッコいいんだよね?
私たちは、騎士かもしれない人たちにジロリと見られながら建物の横を通り、裏手へ回る。
すると――
そこには、数えきれないほどの騎士たちが訓練している光景が広がっていた。
剣術、武術、魔法。
ジルさんもマーティスさんも、他の騎士たちも、皆真剣な表情で汗を流している。
「リーマ、いらっしゃい!リオとリアも来たのか?カイテル、やっと連れてきたんだね〜。待ってたよ〜」
ジルさんは私を見つけると、勢いよく駆け寄ってきた。
相変わらず、元気だ。
「ここがお兄さんたちの職場なんですね!広いですね!すごい!」
建物だけでも十分大きいのに、裏に回るとこんな広大な訓練場があるなんて。
やっぱり、何百人もの騎士が集まる場所はスケールが違う。
圧倒されるなぁ。
「武器、見たことある?こっち来て」
ジルさんが、私とリオ、リアを武器置き場へ連れて行こうとする。
……が、その前に。
カイテルさんが、私の手をぎゅっと握って歩き出した。
「おまえ……これくらいで……」
ジルさんは呆れたような目をカイテルさんに向ける。
どうやら、ジルさんは自分で案内したかったらしい。
しかしカイテルさんは、そんなジルさんをまるで見えていないかのように、私を訓練場の端まで連れて行ってくれた。
そこには、見たことのない武器がずらりと並んでいる。
「いろんな武器があるんですね。さすが騎士団です。お兄さんたちは、全部使えるんですか?」
「だいたいはね。剣が一番馴染みはあるけど」
「さすがです!この長いのはなんですか?見たことないです。カッコいい〜」
「槍だよ。接近戦も遠距離戦もこなせる。ただ、意外と扱いが難しくてね。苦手な人も多い」
ジルさんが訓練場の向こう側を指さす。
視線を向けると、槍を使って訓練している騎士がいた。
……そして。
いつの間にか、その輪の中に、リオとリアも混ざっている。
(このニンゲン、ヨワすぎ!)
(もっとツヨク、ふれっ!)
……辛辣。
でも、襲う様子はないし、相手は騎士だし――
まぁ、放っておいていいか。
私はリオとリアのことを一旦忘れることにした。
再び、槍を使う騎士へ視線を戻す。
軽やかに槍を振るい、剣を持つ相手と渡り合っている。
カッコいいな〜。
重そうに見えるけど、意外と軽そう。
……これ、使いこなせたら川の魚を獲るのに便利そう。
(ちょっと使ってみようかな)
私は槍に手を伸ばした。
「おもっ!」
何が軽そうだよ!?
めちゃくちゃ重たいじゃないかっ!?
魚を獲る前に、自力で槍を持ち上げられるようにならないとダメだ。
そもそも、川に飛び込んで素手で捕まえた方が楽だし。
「よわっちいね〜〜」
ジルさんが、からかうように槍を軽々と持ち上げ、ぶんぶん振り回す。
……ちょっとムカつく。
「私はか弱い女の子ですから。持ち上げられなくて当然です。あっ、弓もあるんですね。懐かしい〜」
「使ったことがあるのか?」
カイテルさんが弓を手に取った。
「はい。村のお兄ちゃんに教えてもらいました。高い木の実を取るとき、よく借りてたんです」
「へぇ〜。君、意外といろいろできるな」
ファビアンさんがニヤニヤしながら言う。
……絶対、馬鹿にしてる。
ちょっとムカつく。
「"意外と"って何ですか、"意外と"って。
私、ファビアンさんが思ってる以上に、いろいろできますよ?」
「へぇへぇ。じゃあ、腕を見せてみろ」
ファビアンさんは挑発するように、カイテルさんの手から弓を取り、私に押しつけた。
……ものすごくナメられてるわね。
おじいちゃんの名にかけて、絶対、的のど真ん中に当ててやるんだから。
私は弓矢を受け取り、静かに構える。
狙いを定め、弓を引く。
――ドンッ!
矢は、見事に的のど真ん中へ突き刺さった。
私はファビアンさんを見て、ドヤっとする。
ふふふ。
私、けっこう腕いいからね。
「「……」」
カイテルさんとジルさんは目を見開き、ぱちぱちと拍手した。
「……ぐ、偶然だな」
悔しそうにファビアンさんが言う。
私は何も言わず、もう一本矢を取る。
再び、弓を引き――
バシッ!
二本目も、綺麗にど真ん中。
私はもう一度、ファビアンさんにドヤ顔を向けた。
「……」
ファビアンさんは、無言で睨みつけてくる。
「あれあれ〜?何か言うこと、ないんですか〜?ファビアンさん〜?」
私はわざとらしく耳に手を当て、敗北宣言を待つ。
「……生意気」
低い声が返ってきた。
「ん?"リーマはすごいね"って?当たり前じゃないですか〜?」
「この小娘……俺は第二王子だぞ」
……相当、悔しいらしい。
ついに地位を振りかざし始めた。
ヤバい、ヤバい。
今度こそ、私が死刑にされてしまうかもしれない。
――調子に乗るのは、少し控えよ。私。
「ふふふっ。リーマは本当に偉いね〜」
カイテルさんが私の隣に並んで歩き、ぽん、と私の頭を撫でた。
「ふふ、おじいちゃんもお兄ちゃんも、よく褒めてくれましたよ!」
カイテルさんは変わらぬ微笑みのまま、今度は私の頬を撫で続ける。
……ふふふ。
心地がいいね。
「ゲホゲホッ!リーマ、弓を使えるのか?すごいじゃないか」
声をかけてきたのはマーティスさんだった。
いつの間にか、武器の置き場まで歩いてきている。
「へへ〜。それほどでもあるような〜?ないような〜?」
「他に、何か使える武器は?」
今度はジルさんが、武器棚を眺めながら問いかけてくる。
「おじいちゃんに剣を教えてもらいました!」
「ほう。他には?」
「うーん……あとは武術だけですね〜」
「じゃあ、俺と手合わせしてくれない?」
「……はい?」
私は思わず、首を傾げた。
「いきなり何を言ってるんですか?
私が負けるに決まってるじゃないですか。
絶対に嫌です。お断りします。
手合わせしたいなら、リオとリアでどうぞ」
「リーマでいいよ。ほらほら、これ。練習用の木刀」
ジルさんは私の訴えなどまるで聞かず、木刀を私の腕に押しつけてきた。
「じゃあ、あとで俺とも手合わせしよう。武術で」
ファビアンさんが、ニヤリと笑ってそんな残酷な宣告をする。
……やはり街の人は残酷で残忍だ。
その表情を見るに、たぶんさっきの自分の敗北の仕返しだろう。
因果応報って、そんなに即日配達だったっけ?
聞いたことないよ?
「えっ!?ちょっと待って!リオもリアもいるのに、なんで私なんですか!?」
「じゃあ俺も。俺は剣で」
マーティスさんまで、まったく人の話を聞かない。
聞いて!お願いだから話を聞いて!
「えっ!ちょっと、私の話も聞いて!」
おいっ!
おいっ!
おいっ!
おいっ!
勝手に話を進めないで!
「じゃあ、俺もお願い。武術でいいよ」
カイテルさんが、にこやかに微笑んだ。
微笑んでる場合じゃないですよ!
人の話を聞いてください!
そもそも、
「でいいよ」って何!?
私がやるなんて、一言も言ってませんけど!?
言葉を失った私を、ジルさんは半ば強引に訓練場の一角へ連れていき、
運動前のストレッチを始めさせた。
この人たち……
私がただの田舎娘で、自分たちが国の騎士だってこと、忘れていません?
ホワイトウルフが二匹もいるのに、なぜ標的は、か弱い女の子の私なの……?
案の定、ストレート負けだった。
初めの相手はジルさん。
訓練用の木刀を手に、向き合った――その次の瞬間、何が起きたのか分からなかった。
気づいた時には、私は地面に寝そべっていた。
「み、みず……ください……もう……むり……しぬ……」
地獄の手合わせが、ようやく終わった後。
私は死体のように横たわり、情けなく嘆いていた。
リオとリアは、ジルさんとの手合わせが始まった直後から、近くで私にエールを送ってくれていた。
(そのニンゲン、ぶっとばせっ!)
(ひだり、キヲつけろ!)
……などなど、呼びかけられていたけれど、まったく効果はなかった。
二匹は私の顔をツンツンと嗅ぎ、額に滲んだ汗を舐めてくれている。
……褒めてくれている、らしい。
「リーマは強いね〜。これ、全部クレスおじいさんから学んだの?」
そんなことを言っているジルさんは、まったく息が乱れていない。
……っていうか、汗、一滴も流してないんじゃないの?
「……」
答える気力もなく、私は小さく頷くしかできなかった。
「クレスおじいさん、絶対ただ者じゃないよね〜」
「……」
おじいちゃんが褒められるのは嬉しい。
でも、もう何かを言い返す底力すら残っておらず、私は再び頷く。
「そういえばさ、カレル森の時。
リーマも、あの麻薬団員と戦ったって話、聞いたんだけど。
あれ、本当だったんだね〜。すごいじゃん」
「……」
日差しが、やけにきれいだった。
疲れがどっと押し寄せてきて、だんだん眠くなる。
瞼が重たい。目を開けているのも、そろそろ限界だ。
……このまま、寝ちゃってもいいかしら。
もう、これ以上目を開けられない。
「ふふっ、リーマ。しばらくここで休んでね。これ、飲んで」
カイテルさんが笑いながら、私のそばに腰を下ろした。
水を手渡し、優しい手つきで汗を拭いてくれる。
今のカイテルさんは、いつも通り優しい。
――けれど。
さっきの武術の手合わせは、まったく容赦がなかった気がする。
「リーマ、腕をもっと真っすぐに!」
「膝を、もう少し高く!」
――鬼教官だった。
そんなふうに声をかけながら、余裕たっぷりで手合わせを続けていた。
……さっきのカイテルさん、完全にマジなモードだったよ!
カイテルさんの座る位置は、ちょうど私に日陰を作るような場所で、さっきよりもずっと心地よくなった。
そのせいか、瞼がさらに重くなり、このまま眠ってしまいたくなる。
私はしばらく横たわり、少しずつ元気を取り戻した。
今はカイテルさんと並んで、訓練場の壁際に腰を下ろし、水を飲みながら他の騎士たちの訓練を眺めている。
他のお兄さんたちは、少し離れたところで輪になって歓談しているのが見えた。
さっきまでの地獄の手合わせが嘘みたいに、場は穏やかだった。
……それにしても。
私はさっきから、やけに騎士たちにマジマジと見られていた。
やっぱり部外者は目立つものだ。
なんだか、少し恥ずかしい。
――あ。
ザインさんとアレックスさんもいたんだ。
二人とも、こっちを見ている。
アレックスさんがぴょんぴょん跳ねながら、両手を大きく振ってきた。
私は思わず、手を振り返す。
すると今度は、隣にいたザインさんまで大きく手を振り始めたので、私はそのまま二人に向かって手を振り続けた。
……みんな、本当に元気だね。
騎士団本部と聞いて、もっと物騒で、男くさくて、汗臭い場所を想像していた。
でも実際は、意外と明るくて、平和なところだ。
そのとき、突然、何かが私の視界を遮った。
――あ。
カイテルさんの手だった。
私の顔の角度をそっと変え、頬に伝った汗を丁寧に拭ってくれる。
……もはや「カイテルさん」ではなく、「お兄ちゃん」と呼ぶべきかもしれない。
面倒見が完璧すぎる。
百万点満点だ。
「こんなに運動したのは久しぶりですね。村を出て以来です」
私はそう言って、カイテルさんを見上げた。
「すごく疲れましたけど、楽しかったです!」
「よかった。リーマはずっと図書室にいるからね。たまには、こういうのもいいだろ?」
カイテルさんは、穏やかに微笑む。
「そうですね〜。なんだかすごくすっきりしました。また来たいです!」
……と言いかけて、私は重大なことを思い出した。
「あっ、でも!お兄さんたちと四回戦連続の手合わせは、勘弁してほしいです!」
「ははは、わかったよ。また連れてくるね」
「四回戦連続の手合わせは、絶対に、絶対に、勘弁してくださいね」
もう一度念を押さないと安心できない。
明日は、絶対に筋肉痛だ。
「ふふっ。わかった」
カイテルさんが、私の頭を優しく撫でる。
さっきの手合わせのときとは違って、
いつもの優しいカイテルさんに戻ったみたいで――私は、ほっと安心した。




