田舎娘、王城デビューしました。
そして、カイテルさんが私を王城に連れていってくれる日がついにやってきた。
ジルさんがあんなに脅かしていたから、一生王城に行けないんじゃないかと不安だった。
けれど、カイテルさんは自分から王城に連れて行くと言ってくれた。
その前日――
出勤のために屋敷を出ようとするカイテルさんを、私が玄関まで見送っていると、カイテルさんが話し始めた。
「リーマ、遅くなってごめんね。
明日俺が休みだから、王城に連れていこうと思うけど、大丈夫?」
「はい!私はいつでも暇ですから、全然大丈夫ですよ!」
……やっとだ!
「よかった。ずっと図書室に引きこもると体に悪いからね。飼育場に連れていくよ」
「……騎士団は?
飼育場だけですか?
騎士団にはいけないんですか……?」
……しょんぼり。
「勝手に騎士団にも行くと思って……行きたかったです……残念……」
「……き……騎士団に……行きたいのか?」
カイテルさんはみるみる顔を引きつらせた。
「はい、カイテルさんの職場を見てみたいです。
やはり部外者は騎士団に行けないんですか?」
「そう、そうなのか?
でも……特に何もないよ」
カイテルさんが目を泳がせている。
「うん……本当に、大したものはないよ」
カイテルさんは真剣な顔で頷いた。
「騎士団なんて、訓練ばかりで汗臭いし……見ても面白くないよ。行かないほうがいい」
「そう、なんですか……
普段カイテルさんが、どんな場所で働いているのか知りたくて……」
私は思わず肩を落とした。
「ずっと想像しかできませんから、実際に見てみたかったです……行ってみたかったです……」
飼育場に行けるなら、騎士団にも行けると勝手に思い込んでいた。
楽しみにもしていた。
まあ……
保健省の採用試験に合格できたら――
その時見にいけるかも。
もうちょっと我慢しよう。
「……うぅぅぅぅ……わざとかな……かわいすぎ……反則だろ……」
カイテルさんが顔を赤らめ、口に手を当て、何かを呟いた。
「??どうしましたか?」
「い、いや……
わ、わかった……
騎士団にも連れて行くよ……」
カイテルさんはなんだか、しょんぼりしたように見えた。
「……えっ?いいですか?大丈夫ですか?」
「う、うん……だ、大丈夫だ。
リーマが騎士団に行きたいなら……連れて行くよ……」
「ありがとうございます!」
(さすがカイテルさんだ〜~~やっさしいぃ~~〜っ!)
翌日。
王城訪問の日が訪れた。
朝ご飯が終わった後、王城に向かうことになった。
朝着替えた服で行こうとすると、お母様に全力で止められた。
「その服は絶対だめよ」
そう言うと、一人のメイドさんに向かって命じた。
「メイガン。リーマの着替えを手伝いなさい」
「承知いたしました」
そのメイドさん――メイガンさんは深く頭を下げた。
メイガンさんは私がこの屋敷に来た初日に、部屋やリオとリアの小屋まで案内してくれた人だった。
……私にとって、今着ているドレスはすごくきれいなんだけど。
大貴族にとっては、「市場くらいまでなら許してもいい」ようなドレスなのだろうか。
メイガンさんは、私を王城に入るのにふさわしいドレスに着替えさせ、髪もきれいに整えてくれた。
……ベテランだ。
私の髪のアレンジよりずっと可愛い。
いつの間にか田舎娘から、貴族娘に見えなくもない。
鏡の中を見ると、見知らぬ可愛い女の子が座っていた。
……どちら様ですか?
首を傾げていると、
「では、参りましょうか」
メイガンさんは言った。
「ありがとうございます!すごく素敵です!」
そう言うと、メイガンさんは優しく微笑んだ。
昨日まではあまり気にしていなかった。
が、いざとなると、心臓がちょっと速くなる。
ゆらゆら揺れる馬車の中で、私はおずおずとカイテルさんに聞いてみた。
「カイテルさん、あの……
王城って、平民が気分転換で行けるような場所なんですか?」
今はドレスで誤魔化しているけれど、中身は平民だ。
「普段は入れないけど、許可をもらっているから大丈夫だよ」
カイテルさんはちょっと笑った。
「じゃあ……野良ホワイトウルフのリオとリアも、一緒に入れるんですか?」
私は馬車の窓から、隣を歩いているぐるぐる巻きのリオとリアを見ながら尋ねた。
「もちろんだ。二匹の分もちゃんと許可をもらっているよ」
「ほ、本当に、ほ――――っんとうに、平民と野良ホワイトウルフが入れるんですか!?」
手を握りしめて、不安とワクワクを押さえる。
「も、もし王城で追い出されたら……」
「ははは、安心して。ほら、これが許可証だよ」
カイテルさんが差し出したのは、王城立入許可証と書かれたプレート。
思わず目を見開く。
王城なのに、こんなに簡単に入れるんだ……!?
「本物……?」
控えめにカイテルさんを見ると、カイテルさんは笑いながら、慰めるように私の頭を撫でた。
王城に到着し、田舎娘と二匹の野良ホワイトウルフちゃんは、衛兵に止められることもなくスッと中へ入れた。
王城なのに、警備は意外と甘いのかも。
ふぅ、と一呼吸。
ようやく少し安心できた。
これから、カイテルさんの働く場所を、実際に見るんだ――。
まずは、動物の飼育場の見学から。
私は、ぐるぐる巻きにしていた大きな毛布を、リオとリアの体から外した。
リオとリアが飼育場に入るや否や、飼育員たちは思わず後ずさった。
「き、きゃあ!
ホワイトウルフ……!?」
二匹の白銀の毛並みに、思わず声をあげる。
「大丈夫です!リオとリアです!」
私は慌てて説明し、全力で二匹の魅力をアピールする。
「とてもいい子ですよ!
どうぞ触ってみてください。
毛並みは本当に柔らかいんです!」
しかしリオとリアは、まるで飼育場が自分たちの庭であるかのように、優雅に歩き回る。
チラリと飼育員たちを見て、
(ウザイ)
と唸り、そっぽを向く。
この子たちめ……!
それでも私の必死の説得が効いたのか、飼育員たちはおそるおそる手を伸ばし、
初めてホワイトウルフちゃんに触れられる喜びに、歓声を上げた。
「は、初めてだ……ホワイトウルフに触れるなんて!」
リオとリアは相変わらず地面に座り、前足で頬杖をついて不満そうに唸る。
(ウザイッ!どっか行けッ!)
(サワるなッ!)
こんな強き誇り高きホワイトウルフちゃんたちだが、飼育場内ではすっかり人気者になっていた。
もし彼らの心の声が飼育員たちに知られたら……幻滅されるかもしれない。
だから、黙っておくことにした。
次にカイテルさんが、動物たちの小屋へ案内してくれる。
「小屋」といっても、長屋のように奥一面に並び、各小屋はつながって扉がある。
中を覗くと、馬や鳥、虎、ライオン、牛など、多種多様な動物がいる。
みんな、餌を食べたり戯れたり、のんびりと寝そべったりしている。
可愛い。
さらに奥には、長屋よりも圧倒的に大きく、高い小屋がぽつんと立っていた。
「カイテルさん、あの建物は……小屋ですか?倉庫?」
「あれはドラゴンの小屋だ」
なるほど。
ドラゴンちゃんは確かに大きいもんね。
私が鳥ちゃんたちの檻へ近づくと、
鳥ちゃんたちは『チュッチュッ!』と声を上げ、歓迎してくれた。
「みんな、お利口さんだね!」
私は檻の隙間に指を差し出し、鳥ちゃんたちの頭を撫でた。
カイテルさんに目を向ける。
「この子たちは、何に使うんですか?」
ドラゴンちゃんや馬ちゃんはわかるけど、鳥ちゃんや牛ちゃん、虎ちゃんはどう使うのかまったく想像できないな。
「鳥は通信用だ。遠方任務中に騎士団本部へ連絡を送りたいときは、鳥を使って書状を届けさせるんだ」
「へぇ〜、そんなことに使うんですね。面白い〜。鳥ちゃん、すごいね!」
鳥ちゃんたちは小さく羽を震わせ、
『チュッチュッ!』
と鳴いている。
「もしかして……喜んでるのか?」
カイテルさんが微笑んだ。
「さすがリーマだね」
「ふふふっ。鳥ちゃんたち、可愛いです!」
私は鳥ちゃんたちの頭を撫でつつ、次の檻へ視線をのぞき込む。
「その虎ちゃんたちは、どんな任務をするんですか?」
カイテルさんが虎ちゃんの檻まで案内してくれる。
私は一匹一匹の頭を撫でながら、しばらくじゃれ合った。
「虎は戦闘用だ。危険な任務では、騎士だけでは危ない場合、虎も随行する。
森の任務なら、虎がいるとかなり順調に進む」
さらに奥の檻を指さす。
「そっちのライオンも同じだ」
「へぇ〜。虎ちゃんも、ライオンちゃんも、頼もしいね!」
虎ちゃんとライオンちゃんは長い尻尾を振って、
地面に『パン!』と音を響かせる。
あらまあ。
この子たち、照れているわ。
次に、牛の檻へ目を移す。
「牛ちゃんの任務は?」
「牛は王族や来賓の食料、栽培所の力仕事に使うんだ。王城の裏に王族専用の栽培所があるからね」
「……」
食料か……。
私には、まったく面白くないな。
それでも、牛ちゃんの頭を撫でた。
すると牛ちゃんは『モア~~』と喜んで鳴いた。
……胸が、少し苦しくなった。
「王城にも栽培所があるんですか?」
私は首を傾げた。
「さすが王城ですね。劇場があると聞いても、もう驚きませんよ」
「王族専用の劇場なら、飼育場の反対側にあるよ」
カイテルさんが遠くを指さす。
「……マジか……」
……冗談で言ったのに、マジで驚いたよ。
飼育場の動物たちをひと通り見て回ると、案の定、みんな私に懐いてくれた。
飼育員たちは驚きながらも、
「ここで働かない?」と誘われたくらいだった。
確かに動物たちは可愛い。
ファビアンさんの言う通り、ここは素敵な職場かもしれない。
保健省の試験に落ちたら、ここで働くのもいいなぁ――と私は思った。
飼育場の見学を終え、そろそろ騎士団本部へ向かおうとしたとき――ファビアンさんに呼ばれた。
「リーマ、ちょっといいか?」
「はい、どうしました?」
「もし、リーマとリオとリアがよければなんだが、この訓練場でしばらく預からせてもらえないか?」
ファビアンさんは私とリオ、リアを順に見回しながら話す。
「この訓練場では、今までホワイトウルフを預かったことがない。
どんなふうに訓練できるか、ほかの動物のように活用できるかも知っておきたいんだ」
話を一旦止めて、ゆっくり続ける。
「もちろん、リオとリアに悪いことは絶対にしない。
リーマも、リオも、リアも嫌なら断ってくれていい。
強要はしない。少し考えてくれないか」
……なんと、リオとリアはスカウトされてしまった。
私はリオとリアに目を向けた。
「リオ、リア、どうする?
私は二人次第だけど……
あ、でも、リアは無理しないほうがいいかな」
「カイテルから聞いたよ。赤ちゃんができたんだって?
いいことだな。
ホワイトウルフの赤ちゃんなんて、そう簡単に見られるものじゃないからな。
楽しみだ」
ファビアンさんはリオに視線を向ける。
「じゃあ、リオだけでもいいんだが」
「リオ、どうする?」
私はリオに問いかける。
働くのはリオだから、私が決めることじゃない。
リオは、わずかに首を動かした……ように見えた。
「……うん?本当にいいの?」
リオは、もう一度、はっきりと頷いた。
意外だ。
……てっきり、
(ニンゲンどもと、ハタラくもんか!)とか
(ホワイトウルフにシゴトなんかいらん!)とか――
そんなふうに偉そうに唸ると思ったのに……。
「リオは問題なさそうですね。いつからですか?」
「明日からでもいいか?」
ファビアンさんは少し考えてから続ける。
「毎日カイテルの屋敷から通ってもらってもいいし、ここに動物の小屋があるから、そこに泊まっても構わない」
さらに加えて言った。
「でもリオはリーマとリアから離れたくないだろう。毎日通ってもらうのがいいかもしれないな」
確かに。
私もリアも、毎日リオに会いたい。
飼育場の小屋に置いておくのは、ちょっと嫌だ。
でも問題は……
「屋敷から通うほうがいいと思います。
でも……毎日リオを連れて来るのは、私には難しいです」
「それなら大丈夫だ」
カイテルさんが話に割って入った。
「俺と一緒に城に来ればいい。俺が休む日は、屋敷の者に送ってもらえばいいよ」
「えっ……?カイテルさんが休みなのに、わざわざ屋敷の人にリオを……」
……みんなに迷惑をかけすぎるよ。
「全然大丈夫だ。リーマは毎日リオと一緒にいたいだろ?
心配いらない」
カイテルさんは優しい笑みを浮かべ、私の頭を撫でた。
「ありがとうございます……」
「最近の大事件で大活躍してるんだろ?期待してるぞ、リオ」
ファビアンさんがリオに話しかけると、リオは相変わらず偉そうに唸った。
(オレはやりたいようにやる。ボンボンがダマれ)
「ふっ」
その一唸りで、私はつい笑い出してしまった。
確かにファビアンさんは国レベルのボンボンだ。
「……今、俺、ホワイトウルフに悪口言われたよな?」
「……えっ!?……ま、まさか、ファビアンさん、ホワイトウルフ語が理解でき――っ!?」
バレた……!?
まさか、リオが死刑に……!?
ホワイトウルフちゃんでも死刑!?
「……るわけねぇだろ!
本当に悪口言われたのかよ!?」
ああ、もう……焦っちゃったよ。
びっくりしたじゃないか。
第二王子のファビアンさんは、ぷんぷん怒っている。
一方、カイテルさんは腹を抱えて笑い転げていた。
そんなファビアンさんを尻目に、リオが、
(ボンボンめ、ウザい)
と、また唸る。
もうやめて、笑っちゃうよ……。
リアは近くに座り、前足でファビアンさんを指さして笑っている。
……王族をバカにしたら、死刑だからね。
「……お風呂に入れてやる」
ファビアンさんは歯を噛みしめ、悔しそうに言った。
「おっ!いいですね!
毎日でもいいですよ!
というか、毎日洗ってあげてください!」
(ボンボンめッ!オレはホワイトウルフだぞ!)
リオは反射的に唸った。
これは、因果応報というものか。
それとも、自業自得というのか。
「リオはホワイトウルフだから、お風呂くらいで逃げないでしょ。
怖くないもんね、だってホワイトウルフだもんね〜」
私がそう言うと、強き誇り高きリオはすぐに黙った。
「リア、リオを笑わないであげて。夫婦なんだから」
リアは、自分は関係ないと思っているのか、楽しそうにリオを見て爆笑している。
――全く、この夫婦は。
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