オーク その二
十五
奥に進んだ。大きな扉があった。戦闘を想定し唱える。
(サイレント)
これで外に音が漏れない。
大部屋に入るとオークキングが睨んできた。覇気? による束縛を受けた。軽く弾いた。
驚きの表情のオークキングに迫った。
即、胴を薙いだ。内臓が飛び散った。飛び出た腸がミミズと蠢く。
即死は与えなかった。己の内臓を見せた。どくどくと血が噴き出している。
キングは呻きながら白目を剥いた。
意識が飛んだか?
魔法を掛けて自我を戻させる。
(マキシム・ペイン、マキシム・ペイン、マキシム・ペイン)
「ググググ、ギャー、ギャー、ギャー」
苦痛にキングが吠えた。涎が泡となり飛び散った。
(音は漏れない。いくらでも叫べ)
意識の戻ったオークキングに明確に意思を伝える。
「地獄で見つけ、また殺してやる」
目の前のオークは怯え表情となった。敵意も覇気も消え失せる。
キングは苦しみながら自らの死を見つめた。
死ぬ寸前に脳内スキャンしユニークスキルをコピーする。
(王者の覇気、魔法完全解析再構築、超錬金術は珍しい)
通常コピー&ペーストで処理に加え、インストールを使用した。
スキルがシステムにスムーズに定着する。
遺体は、マジックバッグに放り込む。
部屋を精査した。キングの無駄に大きな椅子の裏に大きな穴があった。財宝が詰まっていた。これもまとめてマジックバッグに放り込んだ。
隠し扉に気付いた。封印されている。
(国士無双・開封)
封印の解かれた穴に足を踏み入れた。意外に思った。手足を縛られた白い犬が横たわっている。
(封印までしてどうして白い犬を隠すのか?)
見れば首から少しずつ血を抜かれている。血を満たした小瓶が傍らに並んでいた。
(酷い仕打ちだ。それにしてもコロにそっくりだな)
鑑定眼に『衰弱した?』とあった。
老いた犬は、子供のころ飼っていた白いスピッツに似ていた。
「コロ、待ってろ! 今助けてやる」
頭を撫でて戒めをすべて解いた。
(解呪・ヒール)
ようやく力なく目を開けた犬は動けなかった。血を失って力が戻らないのか。
脳内で唱えた。
(国士無双・完全丸薬)
現れた掌中の丸薬を指二本で挟み犬の舌奥に挿し込む。犬への投薬の仕方は覚えている。犬が薬を飲み込むと一瞬体が輝いた。
(良かった。しばらく休めば回復するはずだ)
犬を抱えた。囚われの女性たちの横穴まで退避する。
横穴の中の惨状に絶句した。
(俺が甘かった)
後悔の念が胸に広がる。
『待て!』の強制力は破られた。女性たちは折り重なるように死んでいた。
自ら舌を噛み切ったもの。オークのナイフでお互いに刺し合ったもの。数人は腹を痛めて産んだオークの幼体を殺し、大事に抱え込み、自らも命を絶っていた。
女性一人に命の反応がわずかにあった。
手をかざした。エクストラ・ヒールの準備に入る。
(やめよ! 無粋ぞ! オークの子を孕んだ妊婦のまま故郷に帰すのか? 女は自らの生き様を死と定めた。その桁違いな力での蘇生をやめよ。死者すら蘇るぞ!)
抱えた犬の思念と解った。
考える時間が欲しかった。息苦しかった。……俺はあえぐように時を求めた。
素直に悩み想った。
異世界には異世界の生き様があるのか? 生き残れば罪となるのか? 自らの選択として死もありえるのか? 人は死地を選ぶ自由があるのか? 目の前の死は尊厳ある死か?
ただ心が寒かった。
(……糞ゲーの異世界は、現実にすると過酷すぎる……)
答えはなかった。ただ目の前の死を受け入れた。
一呼吸して応える。
「偽善を押し付けたのかもしれない。彼女らの想いを尊重する」
犬はただ頷いた。
なぜか犬の無言に救われた。
次いで彼女らに死を選ばせたオークの子種等を除去する。
黙したまま彼女らの体に魔法を使った。
(サーチ・魔物除去)
魔素を発するオークの細胞を除去した。再確認し納得する。
(国士無双・収納)
遺体を国士無双のアイティムBOXに丁寧に納めた。女性達の遺体をマジックバッグのオークと同じ空間に収めるのを回避する。ただ彼女たちを大事にしたかった。
時間を掛け過ぎた。
隠形マントで犬を隠すように抱えて洞窟を出る。
出口に向かいながら数か所に魔法ポイントを設置する。
オークたちは巣が攻撃を受けていると知らずにまだ騒いでいた。
外で窪みを見つけ犬を横たえる。
「戦いに戻るがいいか?」
(存分に戦い力を示すがいい)
強い念に唯の犬ではないと感じた。
再び洞窟の巣に向った。
(オールスキャン)
巣穴には百五十体を超えるオークが残っていた。同時に抜け穴を確認する。逃げ道はなかった。襲撃を防ぐためにオークシャーマンが抜け穴をふさいだのだろう。有難く利用させてもらう。直ぐに入口を堅牢な岩でふさいだ。
オークを爆跳させる魔法を準備した。体内の繊維質に含まれる水分は、高温に触れると揮発時に急激に高温ガス化し膨張爆発する。
脳内詠唱する。
(炭化・爆跳)
瞬時に超高温の燃焼体が洞窟数か所のマジックポイントに生じた。
岩山が真っ赤になった。遅れて熱気が届いた。
ポップコーンが爆ぜるような音が入口を塞いだ巣穴から聞こえ始めた。
音が途絶えるまで聞き入った。しばらく時間がかかった。
音がしなくなってから再スキャンする。灼熱の洞窟内には炭化したオークの体が此処彼処に爆ぜて散らばっていた。
勝利に爽快感も達成感もなかった。
まだやるべき大事があった。
自ら命を絶った女性たちの遺体を取り出す。
頭を垂れる。
(貴女方の勇気と生き様は尊崇に値する)
横たわる遺体に黙祷を捧げた。
(国士無双・禊札)
脳内詠唱で禊札を使用した。
命ある者なら禊で今生の体が新たになる。
死した者は清浄な光に分解され今生に生まれ変わる。
ゲーム内なら出生地にて生まれ変われるのだが確認のしようがない。
浄光が治まるまで待った。光を見送る。
鼻から息を抜いた。
(家に戻るか)
窪地に戻った。白い犬は伏せの姿で待っていた。一回り大きく感じた。
「殲滅か?」
「ああ残らず滅した」
「そうか」
「体はどうだ? 動けるか?」
「動けるようになった。囚われの身を救われた。感謝する」
「ならよかった。では別れだな」
「まて! 救われたのだ。恩は返す。仕えよう」
強い意思を感じた。
改めて白い犬を見つめた。鑑定眼が情報を伝えた。
『神獣フェンリル』と表示されていた。少し驚く。
(まあ、コロじゃないわな)
「……受けよう」
フェンリルが額を寄せた。
「名づけよ」
(……コロは怒られるよな……)
「……ソル」
「ソルか! いい名だ。その名を受けよう」
互いの額から光があった。
視野の隅に使役神獣フェンリルと表示された。
「では主の陰で休ませてもらおう。『陰に控えよ』と唱えるがいい」
そのまま唱えた。
「『陰に控えよ』」
フェンリルは俺の陰に消えた。
(そちの魔力は心地よし。合力の欲しい時に呼べ)
寛ぐ存在を感じた。語り合える間柄に少し嬉しくなる。
ミッションに戻った。
(手間取り過ぎたか)
音速で動く。
ドームで守った女性達のもとに戻る。
鑑定眼でドームの中を確認する。寝ている女性のうち一人がマリーと分かった。
(服が破れているな……)
寝ている女性達の服装が気になった。
(オール・リペア)
全員の服を修復した。
(遠距離サーチ)
遠くの冒険者ギルド内部のポイントを掴む。ドームを触れたまま脳内詠唱した。
(転移・冒険者ギルド)
明け方の冒険者ギルド内は静まり返っていた。ただ微かに規則的ないびきが聞こえる。隠形機能を最大にしてドームを静かに部屋隅に設置する。ギルドマスターは疲れ果てたのか、椅子に座ったままテーブルにうつ伏せて寝ていた。
(隠形、対物理、対魔法、絶対防御・解除)
ドームを消した。床に数名の女性が寝たままの姿で現れた。スキャンして体調を最終確認する。
(正常だな。ならば長居は無用だ)
ギルドを後にした。
外は東の空が明るくなろうとしている。
(まずい時間だ)
隠形機能最大で屋根を走った。城のなかへは転移が効かない。襲撃を防ぐための疎外魔法の効果で転移がはじかれる。
(くそ~間に合ってくれ~)
居城の屋根にたどり着きホッとする。振り返ると白んだ空に朝日が昇ろうとしていた。眩しさに手をかざす。
部屋に戻りカルロスと同化した。
(間に合ったギリセーフだよ)
カルロスとして目を閉じていた。服部半蔵の感覚が残っている。冴えて眠れない。
(また貫徹だ! 今日も講義と修練だよな! く~辛い。勘弁してくれ。無理の利かない年ごろなんだよ)
眠れずにとりとめもなく頭が働いた。貫徹の境遇に社畜ゲーマー時代を思い返す。
社畜隠れゲーマーは貫徹しても仕事を絶対に休まない。これポリシー!
ただし、出社したら午前中は目を開けたまま寝る社畜秘技を試みる。この時、無理は厳禁! バレると厄介。言い訳が利かない。
昼過ぎにコーヒーがぶ飲みで覚醒し、集中して短時間で一日分の仕事を熟す。これが大事! 仕事は大事にしないとゲームもできない。
過酷と言えば……。
経験上、慣れない海外出張で缶コーヒーを探す社畜ほど哀れな生き物はいない。
押し付けられた海外出張で時差に苦しみ、泥水のような海外コーヒーを啜り、目を見開く社畜は生き物ですらない。もう屍に近い。いざ蓋を開けて、その仕事がアホでもできる内容だった時のショックは想像を絶する。報告のメールに応えない上司へ、口頭でどう説明するか? 地雷を抱えて帰国する恐怖を想い返し震える。
もうすぐノックの音が聞こえるはずだ。アンは理由もなく休ませてくれない。俺の将来を想ってくれているから。
(ああ! アンのノックと脂ぎった朝食が怖い。せめて缶コーヒーを飲ませて欲しい)




