ギルド その一
十二
静かに目を開けた。もう夜九時を過ぎているはずだ。
カルロスとしてベッドに横になったまま脳内で唱える。
(ミッション遂行、スイッチ・服部半蔵)
俺は服部半蔵となりカルロスを見下ろしていた。
(さあ出かけるぞ。大事な一歩だ)
忍者の黒装束なら闇夜に紛れ込み易い。
今夜は別の目的があった。今から俺は城下の街に踏み出さねばならない。
それでも出来うる限り目立つのは避けたかった。
機能枠からフード付きマントを取り出し黒装束の上から羽織った。左鎖骨部位の機能切り替えスイッチをオンにする。不破壊属性の上から隠形機能、幻視機能、錯覚機能が効果を発揮する。これで意識しなければもう俺の存在すら判らないだろう。
ただし朝までに戻りカルロスと同化しなければならない。時間制限付きミッションだ。
服部半蔵として呟く。
(兵法は拙速を重んじる)
体が風となり動いた。忍道に殉じる服部半蔵の動きは、基本音速となる。一挙手一投足に至るまでもだ。
(衝撃波に注意しないと。周りに迷惑をかける)
誰に気づかれることなく屋根から屋根へと飛び移った。王城を抜けた。
目的の場所を見下ろす。
冒険者ギルドの入り口から明かりが漏れている。付近に人影はない。
夜間も開いていると調査済だ。
命を懸ける冒険者はアクシデントから深夜に戻る事態もあり得る。緊急対応を含め、冒険者を守るためにギルドは昼夜を問わず機能を維持していなければならない。
異世界の常識らしい。
気楽にゲームをする身には知り得ない異世界の現実だ。
風をはらみ飛び静かに降り立つ。ギルドの観音開きの扉を押し中に滑り込む。直ぐに窓口には進まず。導線を避け部屋の片隅の陰に忍ぶ。観察する。
カウンターに赤毛でグラマラスな二十代前半の女性が酔っ払いの冒険者に絡まれていた。
「ケリーちゃんもうすぐ交代だろう。この後どう。一緒に楽しく過ごそうぜ」
「ゲザクさん! 今夜は朝まで当直です」
「何スカしてるんだ! さっき酒場で彼氏募集中と聞いたぞ」
「業務中です。もうお帰り下さい」
「おっとトイレ、おトイレ! また後でね~ ケリーちゅあん」
限られた時間だ。
ゲザクが離れた隙にカウンターに近づく。ケリーの前に立った。が声が掛からない。
「冒険者登録を頼む」
隠形マントの効力を切って俺から声を掛けた。動きも人間並みに落とす。
「だっ、誰? びっくりした。いつから居たんですか?」
「夜間でも登録、受付は可能と聞いたが」
驚き顔のケリーに問う。
「もちろん冒険者登録や書き換えは何時でも可能です。では必要事項をこの用紙に書いてください。登録料は五千ルーです」
(ルースター王国だから通貨単位がルーって。ゲーム設定が安直なんだよ。単純に一ルー=一円だ)
安易設定に心で怒突いた。
俺はすぐさま書き始める。氏名の順が逆だ。音節を異世界言語に直して半蔵・服部と記入する。
「ハンゾウさん! カードの書き換えですね! ハットリという姓は珍しいですね。何処かの貴族様ですか? それとランクも記入ください」
「遠い東の島国の出身だ。ランクはない」
「ランクがないって本当ですか? てっきり旅の上位ランカーのギルド支所替え申請とばかり……」
「悪いが初心者登録で良いから急いでもらいたい。これ登録料だ」
ケリーが金を確認してから当惑気味に案内した。
「初心者ですか。ですと簡単な実技を地下訓練場で見せてもらう必要があります。もうすぐ交代の職員が来ますのでそれからでも良いですか?」
先程は『朝までの勤務』と聞いたが口に出さなかった。
(皆、ゲザクとは関わり合いたくないよな)
「時間が掛かるようなら出直すが……」
「もう来るはずです。ほら来ました。ジム! 急いでカウンター業務に就いて」
「遅れてすまん。ケリー」
ジムが後ろ頭をかきながらカウンターに入ってきた。
「遅れたりするからB級に上がったばかりのゲザクさんが酔って絡んできて大変だったわよ」
「ごめん、ごめん。悪かったね。今度、昼食のパンを差し入れするよ」
「いいわ! 約束よ。しっかり奢ってもらいますからね」
機嫌を直したケリーがようやく俺に向き直った。
「では初心冒険者のハンゾウ君! 地下で腕前を見せてください」
(いきなり上から目線じゃないか。随分、馴れ馴れしい対応だな)
本当に初心者だから口答えはできないと思いなおした。
歩き出したケリーを追い広めの階段を下る。
地下訓練場は光魔法の光で満たされていた。
レンガで造られた空間の壁は、魔法の重ね掛けもされて強固だと鑑定眼の視覚情報が教えた。
「丈夫な造りだな」
「当り前ですよ! スタンビートの緊急避難時は街中の人が地下訓練場に逃げ込みます」
やはり何も知らない初心者への上から目線だ。
俺は素直に聴いた。
(なるほど荒れ狂った魔物の襲撃に耐えるためなら外壁も丈夫なはずだ)
ケリーは指をさして説明を始めた。
「まずあそこの的に向かって魔法でも弓でも遠隔攻撃をしてみてください。済んだら、あちらに立った人型に剣か素手で直接攻撃をして終了です。両方とも攻撃力を測ります。十段階で六以上なら合格、五以下になると不合格です」
「壊れたらどうする? 壊した者の責任か?」
ケリーがあきれ顔で応えた。
「全力で良いですよ。初心者の男はかこつけて挑みますが、今まで壊した人もエルフも獣人もいません。特に人型は獣人が殴っても壊れないのですから普通の人間に壊せるはずもありません」
完全に小馬鹿にした態度だ。
「解った」
(神園裕也は確かに初心者だ。が服部半蔵は違う。歴史に名を刻んだ歴戦の猛者だ)
少し苛立ちがあった。
魔石で計測の魔法を発動したケリーが掲げた腕を振り下ろした。
「始めてください」
俺は時間を無駄にしなかった。
遠隔用の的に音速で手裏剣を投げつけた。
的は暗器が当たった衝撃で半壊した。手裏剣は突き抜け、勢いのまま壁にこぶし大の穴をあけてなお深く穿つ。
速さを保ち人型に対し刀を振り抜いた。斜めに寸断された人型の残った胴体に籠手の拳を当てた。人型は爆発するように四散した。
トータル五秒以内に試技を終えケリーの元に戻る。
投げた手裏剣は俺の手を離れ一定時間が経つとBOXに返って来る仕様だ。
ケリーは口と目を開けて立っていた。
「合格か?」
静かに問うた。
ケリーは幾度か顎だけを動かし頷いた。
「合、格、です」
放心のケリーへ促した。
「では初心冒険者の登録を頼む」
ケリーは無言で右向け右の動きをしてゆっくり階段を上がり始めた。俺も後を追った。
いまアイティムBOXに手裏剣が返ってきた。九九八から九九九になるのが判った。
冒険者カードを発行する頃にはケリーは落ち着きを取り戻した。
「引き続き担当させていただきます。経験者ならそう言って下さればよかったのに」
いきなり丁寧口調だ。両手でカードを差し出してきた。
「Fランク冒険者カードです。説明は必要ですか?」
「頼む」
「ハンゾウ様は無口ですよね。実力者って感じです」
甘い声だ。カードを受け取ろうとするが、ケリーは掴んだ手を離さない。何やら雲行きがおかしい。
俺の籠手を指が触ってきた。
「冒険者の説明はどうした?」
話を促す。
「失礼しました。では説明を! 冒険者はFから始まりE、D、C、B、A、S、SS、SSSまで階級があります。依頼達成と功績、試験、推薦などによりランクは上昇します。パーティを組み護衛や討伐やダンジョン攻略などを達成しても難易度に沿ってランク上昇は可能です。ちなみにSSS冒険者は初代国王様のみです。SSランカーは居ません。ルースター王一人がSランクでいらっしゃいます」
父がSランク冒険者とは意外だ。
(俺を除き、個として異世界最大戦力だ。頑張って魔人を滅してもらおう。あっそれと、父さん! 俺を絶対跡継ぎに指名しないでね)
「対応を有り難う。夜間なのに助かったよ」
礼を言って隠形マントの機能をオンにする。
「ハンゾウ様! どちらに行かれたのですか。これから依頼書の説明をいたします」
俺は基本依頼を受けない。街を出る際の城門への証明としてカードが必要になっただけだ。
見えていないと判った上で、黙礼して立ち去る。
「なに乳繰り合ってるんだよ」
いきなりゲザクの声が後ろから響いた。
(声がガサガサだ。酒の飲み過ぎろう。テンプレでも関わりたくない。面倒臭すぎる)




