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19ー3.とある巫女の記憶(その3)


「ん……ここは……私は一体どうしたのでしょう……⁇」


「精霊様! 意識が戻られて良かったです!」


研究所があった山からから2つ離れた別の山の山頂付近、湖の畔で精霊少女は目を覚ました。

大きな碧い目は巫女とウィーグルを交互に映し、驚いた様子で瞬きを繰り返す。


「あなた方は……ええっと……?」


「ご安心ください! 僕たちは精霊様の味方です! 実は僕たち自身、あの研究所に捕まってて……あっ、でも、ずっと捕まってたのは僕だけで、ルーチェは一度脱出してから助けに戻って来てくれたんですっ」


「ルーチェ?」


「はい! 名前がわからなかったので、さっきそう名付けたんです。ねっ」


「コォ」


巫女がウィーグルに振り返ると、ウィーグルは翼をバサァと広げて答えた。

精霊少女は目を輝かせる。


「まあ! それは素敵ですね。そうだ! 私にも名付けてください♪」


「僕が精霊様に⁉︎ そんな畏れ多い……」


「だって私は名前を与えられていませんし、精霊呼びでは他の精霊たちと区別が付きませんもの」


精霊少女は辺りに漂う微弱な精霊たちを見回した。

夜でもほんのり明るいのは、精霊たちの魔力が灯りとなっているからである。

巫女も精霊たちを見回し、更にその奥に広がる夜の景色を見回した。


静かに揺らぐ墨色の湖面に散りばめられているのは、空から映しとった無数の小さな光。

そこから視点を上に移動させていくと、帯のように囲んだ黒い森の影を挟んで、今にも吸い込まれそうな星空へと辿り着く。

ひしめきあう満天の星の光は、どこまでも広がる夜空を孤独な闇にはしない。

巫女は放心したような声で尋ねる。


「それでは……エストレーラ様とお呼びしましょうか?」


「もっとシンプルに!」


「えっと、では……ステラ様?」


「そういうことではなくて、『様』は余計なのですよ。私は人間と友達になりたい。畏まった供ではなく、親しい友が欲しいのです。叶えてはくれませんか?」


精霊少女から真っ直ぐな期待の眼差しを向けられ、巫女はしばらく躊躇った後にやっとぎこちない声で呼ぶ。


「そ、それじゃあ……ステラ」


「はい♪……ところで、あなたのお名前は?」


「僕? 僕は……ノーチェって呼ばれてました」


「ルーチェとお揃いですね!……ルーチェ、ノーチェ、助けてくれて本当にありがとうございます」


「どういたしまして……っ」


ノーチェが照れ臭そうな声で返すと、背後でルーチェも「コォ〜」と嬉しそうに鳴いた。

見つめるステラの笑顔は美しく、不思議な高貴さに満ちている。


「ノーチェの名前は誰が付けたのですか?」


「僕が生まれた里の占い師。そういう仕来りでした」


「ノーチェの故郷はどんな所で、どう過ごしていたんですか? ご家族や、ご友人は?」


興味津々に尋ねるステラに、ノーチェは少し間を置いて口を開く。


***


……僕が育ったのは、山岳地に籠って精霊様を信仰をしてる小さな集落でした。

精霊様や魔物たちと話せた僕は、いつも集落の外で自然を友としてましたが、それがわからない他の人間たちからは不気味がられていました。


けれども魔脈の流れを読めた僕は、それに気付いた長老から巫女に選ばれ、集落の祭祀に関わるようになったんです。


……それまで僕を異常者と邪険にしていた親どもも、ウザいほど傅くように変わりました。

報復を恐れるようになったのです。あれらが強く出られるのは、反撃されないと安心している場合のみですから。


そして……長老どもは詐欺師や商人と呼ぶべき搾取の達人でした。


形骸化した伝統を愚直な民たちに守らせることで、精霊様の権威を我が物としていたのです。

支配するのに都合の良いことだけを教え込み、主体的に学ぼうと欲することのない者どもを操作していたのです。

僕に精霊様の尊さを説いたのだって、信仰心によって野心が育たないよう抑えつけ、従順な駒として飼い慣らす目的でした。


……だから僕は里を出た。


だって僕の信仰は彼らより深いのですから、彼らに教えてもらうことなどありません。

真実の信仰は個々人が心に抱くもの。宗教という形式を必要とせず、この身ひとつあればいいのですから。


それに……僕にとって里は牢に等しかった。

閉鎖された狭い共同体の中で、周囲に馴染めないことは致命的ですから。


群れの中で鈍感を演じる聡さを持っていなかった僕は、思えばいつも余計なことに気が付き、誰かを傷つけ、誰かに傷つけられてきました。

それでも……わざわざ身を削って嫌いな人たちに好かれる努力を、僕はする気になれませんでした。

向こうが僕を放って置いてくれればいいのに、集団は個人に対して強気に干渉したがります。

避け続けるのも難しく、煩わしいことが多かった……


***


ノーチェは遠くを見遣りながら、その場にいない者たちを嘲るような声や、ただただ苦々しい声で話していた。

だが、ふとステラの悲しそうな顔が目に入ると、努めて明るい声を出す。


「何より、僕には里の外に友達がたくさんいます! 自然、魔物、そして精霊様……ステラとも友達になれました。……『力を持つものはそれを他の者の為に使う義務がある』と長老は僕によく言い聞かせてきましたが、僕が何のために力を使うかは僕が決めること。僕は僕の力を愛する精霊様たちのために使いたい! 美しい自然を守り、そこに生きる僕の真の友達に尽くしたいのですよ」


「ノーチェ……ありがとう。あなたの自然への愛は本物ですね。そんな愛情深いノーチェに、頼みたいことがあるのですが……」


ステラは魔脈を調整する使命があることをノーチェに話し、2人は魔脈管理遺跡巡りに旅立った。

ルーチェはずっと2人に付いていくことはしなかったが、ときどき会いにきた。


風にそよぐ大草原、虹のかかる滝、水晶の咲く洞窟、雲海を見下ろす高山……いくつもの冒険を経て、ずっと寝食を共にしてきた2人の絆は強固なものとなった。

そうして季節が巡り、昔ノーチェが攫われたあの森を訪れると……



エストレーラ、ステラ=星

ノーチェ=夜

ルーチェ=光

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