19ー4.とある巫女の記憶(その4)
冬でもないのに葉の無い枯れ木、水が無くなり砂利道となった川……
豊かだった森は嘘のように荒廃し、精霊の姿は全く見えなくなっていた。
「この害獣がァ‼︎ 人間様の物を盗みやがって!」
「きゅー……」
ゲシッ!
「やめろおー‼︎ 何をしてる⁉︎」
痩せたシュシュを蹴り飛ばす男を見つけ、ノーチェは怒鳴りながら彼らの間に入った。
丸くなって震えているシュシュの手には、萎びた果物が抱えられている。
「なんなんだ……? お前、そいつの飼い主かよ?」
男は怯えを誤魔化すような素振りで数歩後退した。
ノーチェの姿を見て魔導士だと察したからだろう。
「シュシュのように知能が高い魔物は、本来人間に養われることを必要としない。『飼う』なんてことをするのは、心優しく無抵抗なシュシュから搾取しようとする強欲な人間の都合だ。お前のように傲慢なゴミクズは、僕が最も侮蔑する人種だ!」
「このガキ……‼︎」
ヒュッ!
カッとなった男はノーチェのローブに掴み掛かろうとしたが、ノーチェが杖を一振りした途端、見えない力に突き飛ばされて遠くの岩場へと吹っ飛んでいった。
「ふん……さっきシュシュを蹴った分の痛みくらいは知れよ」
「ノーチェ‼︎ なんてことを……」
吹っ飛んだ男を見て悲鳴を上げたのはステラだ。
頭から血を流して伸びている男の元へ飛んでいくと、大慌てで治療を始める。
「そんな奴、助ける必要ないのに……」
ノーチェは心底ガッカリした声でぼやくと、シュシュに向き直って手をかざす。
「君は僕が手当てしよう。その代わり、いったい何があったのか教えてくれるね?」
「きゅ……」
セスにシュシュの言葉はわからなかったが、ノーチェからステラに伝えるときに内容を知ることができた。
過去にノーチェの協力によって栄えた開拓地の責任者が、約束を破って川の上流の魔脈にも手を出していたのだ。
その上、彼らは森を伐採し、魔物も殆ど狩り尽くしてしまったという。
人間たちが根こそぎ収穫していってしまった果物の内、この日シュシュが取り返したのは絶滅寸前の一種で、どうにか育てられる場所まで運び出そうとしているところだった。
一礼して走り去っていくシュシュを見送った後、ノーチェは怒り狂って叫んでいた。
「何が『人間様の物』だ! 昔からみんなが住んでいた森を勝手に自分たちの所有物にして、魔物たちの食糧を奪い盗っているのは人間たちの方じゃないか! その上、そんなことにも本気で気付いていないんだろう! 加害者のくせに被害者ヅラしてんじゃねーよ‼︎ どっちが『害獣』だよ‼︎」
セスはズキリと胸が痛む思いがした。母国では魔物狩りに興じることも多かったからだ。
「ステラ! もう我慢の限界だ……この世界の美しい自然を守るため、本当にすべきことは分かりきっている。人間という害獣こそ駆除すべきなんだ‼︎」
息巻くノーチェに、ステラは必死に反論する。
「落ち着いてください、ノーチェ! たとえ自然や魔物を守るためでも、人間に危害を加えてはいけません! 私たちが今すべきことは、この森を再生させることのはずです!」
「でも、どうするっていうんだよ⁉︎ この地域の魔脈を調整するための遺跡は、僕らが見つけたときにはもう機能しなくなってたじゃないか!」
「大丈夫です! 魔脈管理遺跡が無くても私の精霊の力で必ずなんとかします! ノーチェだって、私と出会う以前は地道に作業を続けて魔脈を整えてきたのでしょう? 今回も力を貸してください。私たちならきっとできます!」
「こんな酷い状態は見たことないよ! それに、いくら僕らがなんとかしたって人間たちがまた壊す! 何度もやり直すつもりなの⁉︎ その間にも犠牲は増え続けるのに‼︎」
「人間にもわかってもらえるように説得すれば良いのですよ! 大丈夫です! 同じ世界を生きる物同士、私たちはきっと理解し合えるはずです!」
口論はその後もしばらく平行線を辿ったが、結局はノーチェがステラに根負けして終わった。
そして……
***
「ステラ……ステラ……ああ、なんてことだ! 魔脈の再生のために精霊の力を使い果たしてしまうなんて! 誰よりも優しい君が犠牲になるなんて、僕は絶対に許せないよ……」
繭の中で眠るステラを前に、ノーチェは嘆き続けた。
そこは現実のセスが今いるはずの遺跡で、件の森の再生で消耗したステラをノーチェがここまで運び込んだのだ。
「ステラ……どうか今はゆっくり眠って。この繭の中で、遺跡に通じる魔脈から充分な魔力を補充するんだ。……愛する君のため、僕は誓うよ。今度君が目を覚ますときには、この世界が君たちにとってより良いものになってるようにする。美しい自然と崇高なる精霊様、純粋な魔物たちのため、僕は人間という強欲な害獣をこの世界から駆除してみせる‼︎……だからお別れだ。さよなら、ステラ……」
ノーチェは愛おしそうにゆっくりと、繭に触れた手を離す。
その瞬間、夢に入った時と同様、強い光がセスの視界を包んだ……




