19ー2.とある巫女の記憶(その2)
次に巫女が目を覚ましたのは、研究施設の水槽の中だった。
ガラスの向こうでは老いた魔導士たちが言い争っている。
「この研究施設の本来の目的を忘れたのか? 古代人が遺した魔脈調整遺跡を見つけ出し、世界中の魔脈を支配する。そのために特別な精霊の力を手に入れようとしてきたんだろうが!」
「我々は研究者だ! 偶然で目的さえ達成できれば満足するのではない! 自分が考えた方法の正しさを実証したいに決まってるだろ! どれほど人生を捧げてきたと思っている!」
「捧げ続けて我々にはもう時間が無いじゃないか! 自己満足なら自分の資金だけでやってろ。支援者様の望む結果を出せない無能に価値なんか無いんだ」
「なんだとーっ⁉︎」
「お前たち落ち着け。人型精霊が古代遺跡へ導くってこと自体まだ未確認なんだ。まずはさっき捕獲した人型精霊の洗脳を優先しよう。人工的に精霊の能力を持つ合成獣を作る実験だって、何かの役には立つだろうし、資金がある限りは継続して……」
「コォォォォオオオオ‼︎‼︎」
ガシャーーーーンッ‼︎‼︎
不意に魔物の声が響き、研究室の窓が木っ端微塵に吹き飛んだ。
続け様に突風が吹き抜けたかと思うと、魔導士たちが頭を押さえて床をのたうち回っている。
ただの風ではなく、音波による攻撃をくらったのだ。
そして……
「コォォ……」
巫女が囚われている水槽の前に、純白の羽毛とエメラルド色の3つ目を持つ巨大怪鳥ウィーグルが現れた。
ウィーグルが水槽横の装置を破壊すると槽内の液体が抜け、体の自由を取り戻した巫女は内側からガラスを弾き飛ばす。
パリーーーーンッ‼︎
「魔力が漲ってる……この体は一体……⁇ いや、そんなことより! さっきあいつら精霊様を捕獲したとか言ってなかったか⁉︎……おい‼︎ どういうことだあーっ‼︎⁇」
激昂した巫女は装置から飛び降りると、倒れている魔導士の首を掴んで強く揺さ振った。
しかし、魔導士は既に泡を吹いて気絶している。
ゴンッ!
「チッ! ゴミクズが‼︎」
巫女は魔導士の禿頭を乱暴に床に叩きつけると、ウィーグルへ向き直って抱きつく。
「君、あの時の雛鳥なんだろう? 姿が変わってもオーラでわかるよ。精霊様をお助けするのを手伝ってくれる……いや、君こそ精霊様をお助けしに来たのか! 僕にも手伝わせてくれ! 穢らわしい悪党どもの手から、一刻も早く解放して差し上げなければ! そのためにまずは……」
巫女は跪いて祈りを捧げるポーズになると、しばらく目を閉じた。
それからパッと目を開けると、ウィーグルの背に跨る。
「奥から精霊様らしき魔力を感じた! 僕が案内するから飛んでくれ!」
「コォー!」
巫女を乗せたウィーグルは通路の扉を蹴破り、狭い通路を器用に進んでいく。
途中でいくつかの装置を破壊し、幾人かの魔導士に遭遇したが、巫女たちの進撃を止められるものは無かった。
そうしてついに辿り着いた最奥の部屋で、魔石柱に囲まれた多重結界内に人型精霊を発見した。
長い緑の髪、大きな碧い目、尖った耳、葉のドレス、素足……セスが初めて会った頃のステラによく似た身なりだが、体は今の成長したステラに近い。
セスは何度も「ステラ‼︎」と叫ぼうとしたが、実際にその場にいるわけではない故に声を出すことも叶わない。
「精霊様‼︎ ただいまお助けします‼︎」
巫女の放つ魔攻弾が光る魔石柱を粉砕していくと、その色に対応した結界が次々に解除されていった。
巫女は全ての魔石柱を破壊し、精霊少女へ駆け寄ろうとしたが……
キィィン‼︎
「きゃああっ‼︎」
「精霊様‼︎」
突如、精霊少女の周囲に幾重もの光の輪が現れ、霊体であるその身を締め上げ始めた!
ビクビクと仰け反りながら苦しみ悶える精霊少女。その悲鳴をかき消す様に、通路から魔導士が叫ぶ。
「そこまでだ‼︎ 実験体76番! その精霊の身を案じるなら、我々の命令に従え! さもないと洗脳用魔術式の出力を上げて、その精霊の体内魔脈を焼き切ってしまうぞ‼︎」
「くっ……」
巫女は両手を挙げて素早く後退した。
通路から見て死角に入ったその姿を追い、魔導士が室内に踏み込んだ瞬間……
「コォォォォオオオオ‼︎‼︎」
「ぐわぁーーっっ‼︎⁇」
入口の影に待機していたウィーグルが魔導士へ音波を浴びせ、その手に握られていた洗脳用魔動機もろとも破壊した。
「精霊様‼︎ しっかりしてください‼︎ 精霊様‼︎」
「…………」
「精霊様……今、外へ連れ出して差し上げますからね!」
気絶してぐったりと宙に浮かんでいる精霊少女を、巫女は魔力を纏わせた両腕で抱え、ウィーグルの背に魔法で固定する。
「僕は他に捕まっている者たちを逃がした後、この忌々しい施設を処理してから行く。君は精霊様を安全な場所へ!」
「コォー!」
巫女は天井を魔法で吹き飛ばすと、そこから飛び立っていくウィーグルたちを見送った。
その後は宣言通り、実験体として囚われていた魔物や小型精霊たちを逃がして回り、最後は研究所に火を放った。
周囲の森に燃え広がらないように、魔法で隆起させた土壁で囲い込んだ研究所……その炎が夕闇に溶け出すのを眺めながら、巫女は興奮した独り言を始める。
「まさか僕がこれほど強力な魔法を自在に扱えるようになっているとは! あいつらの実験によるものなのは癪だが、現代では難しいとされる飛行魔法もこ〜んなにあっさり使えるようになった! 巫女修行中に長老の書庫で読んだ古代魔術とかも、今の僕なら扱えるようになってるかもしれない! きっとこれでもっと精霊様たちのお役に立てるぞ! さあ! 今はさっきの精霊様の元へ急がねば!」
研究所の魔導士から剥ぎ取ったローブを翻し、巫女は深まりゆく夜空を真っ直ぐ飛んでいく……




