三四.パパ
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
―――「いました!」
午前6時20分。ようやくアスカから通信が入った。
「見つけました…ハヤト君です。」
アスカはクロエが健に持たせたという発信機の微弱な電波を追跡していた矢先、うつ伏の状態で波に漂うハヤトの姿を発見した。
「生きてる?…生きてるの?」
クロエは深刻そうにアスカに尋ねた。通信の向こうで、誰かが海に飛び込む音が聞こえた。
「分かりません…急いで引き上げます、また後ほど!」
そういって、通信が切れた。
「ハヤトだけ?…有生は?キリコと健はどこ?」クロエはそわそわしながら落ち着きなくつぶやいた。
「海に落ちたなんて…ボートが転覆したのかしら…」
「珂糸さん、あなたのツテは使えないの?!首相の息子だなんて貧乏くじ引かされて、こちらは割に合わないんだけど?」
クロエは苛立ち、責めるように珂糸を睨んだ。
「なぜそれを…」と言いかけてから、珂糸はやはりお前か、とでも言うような目つきで珀阿を見つめ、溜息をついた。
隙をつかれ、クロエに情報を抜き取られたのであろうことは今では容易に想像できた。
珀阿は珂糸の視線の意味が分からず、きょとんとしていた。
「…お気づきでしたか。大変心苦しいのですが、表立っては何もできません…すみません。」
「内部に、誘拐を手引きしている者がいる可能性がある。そのため総理のご意向としても、政府機関を通じて捜索を行うことは禁じられていました。私を含む数名しか、まだこのことを知りません。」
珂糸は上目遣いでクロエを見つめ返した。
「……………」
「そう、わかりました。裏の手じゃないとダメってことね。院長。」クロエは海豚を見た。
「IKGで捜索チームを組んで、派遣しよう!」海豚が即座に反応し、ハンドウに視線を送った。
ハンドウは頷き、タブレットを開きながらラボを出て行った。
続けてクロエはキーボードに素早く文字を入力し始めた。
中央モニターのウィンドウにスマートフォンのリカバリーモードに似た画面が立ち上がると、珀阿はそれを見ながら(誰の携帯電話に侵入しているんだろう)と思った。
クロエは2つ目のウィンドウにスマートフォンの遠隔操作画面を立ち上げ、電話を掛け始めた。
発信先アドレスには、「パパ」と表示されていた。
「…あ、もしもし、おはようございます。わたくし愛脳警護の天城と申しますー。いつもお嬢様にはお世話になっておりますー。」
『あぁどうも。…娘の携帯から…かけて来られているのかな。こんな朝早くに、どういったご用件でしょうか。』
スピーカーで共有された電話口から厳格そうな男性の低い声がした。声の主はすでに何かの異変に気付いているようだった。
「時間がないので手短に申し上げますね。あなたのお嬢様が今、一生懸命任務に当たってくれているのですが、少々問題が生じています。厚かましいのは重々承知の上で、お父様のお力をお借りしたくお電話を差し上げました。一つだけ、お願いがございます。」
「国境線近くのとある海域の衛星写真を、国防レベルのクオリティでご用意いただけませんでしょうか? いま座標を送ります。」
クロエはスマートフォンのメッセージに座標を貼り付け、男性に送った。
『…天城さん。私は一国の防衛を任される立場にある以上、我が子のためだからと言って勝手なことは出来ませんよ。残念ですが、お力になれそうもありません。娘にも、甘えるなとお伝えください。』
男性は威厳のある低い声で突っぱねるように答えた。
「お父様、お願いをしているのは私の独断です。確かに有生は…私服のセンスは地味だし、馬鹿がつくほどのお人好しだし、ウジウジしちゃって好きな男に告白すら出来ないじれったい子だけれど…」
有生の父親らしき相手は電話口でうん…、と低く唸った。「でも…」クロエは続けた。
「とっても優秀な社員です。何より私のたった一人の親友なの。」
「そしてお父様にとっても、たった一人の大切なお嬢様でしょ。親が自分の子どもを贔屓するもんじゃない、なんて言えるのは、その子が生きているうちだけよ。いなくなったら、わがままを聞いてやることすら出来なくなるんだからね!」
クロエは語気を強めて説得した。
『…娘は…有生は、いま…そこにいるんですか?』
有生の父親は事の深刻さを悟ったらしく、緊張を帯びた声で尋ねた。
「…いないわ。でも必ず迎えに行きます。」クロエは確信をもって返答した。
「天城さん。…御社は諜報を得意とする企業でしたね。」
「はい、この携帯もハッキングしてます。」
クロエは堂々と答えた。
「…先ほどおっしゃった画像、平時は用意するのに3時間ほどかかります。…3時間後に有生と私の共有フォルダを覗きに来ればよろしい。置いておきます。パスワードは…すべて大文字でアイ、エル、オー、ヴイ、イー、アンダーバー、大文字始まりで娘の名前、です。」
その場で会話を聞いていた者たちは相当娘のことが好きな父親だ、と思った。
「ありがとう、恩に着ます、お父様。」
クロエが礼を言うと、有生の父親はためらいがちに言葉を続けた。
『ところで、あの子は…その、さっき言っていた好きな男性がいる、というのは…』
「三つ巴の状態よ。専門家として、勝ち方でも教えてあげてくださいな。じゃあ、私はこれで失礼しますね。はーい、ではまたー。」
クロエは父親の話を自分の言葉で上から遮り、一方的に電話を切った。
ほどなくして、再びアスカから通信が入った。
「ハヤト君ですが、発見時は肺に水が入っていて自力で呼吸できていませんでした。」
「それと肩と頭を撃たれていましたが、二周目なので致命傷にはなっていません。現在意識はなく、肺と心臓を機械で動かしている状態です。」
「…そう。ダメージがどの程度まで及んでいるかが問題ね。身体さえ生きててくれれば、何とかなるわ。」
クロエは祈るような気持ちになった。
「とりあえず今から石垣島に向かって、飛行機に乗せます。IKGに到着するのは早くて午後3時くらいになるかと思います。」
アスカは腕時計を確認しながら言った。
「分かったわ。ありがとう。こちらからも間もなく捜索チームを送るから、アスカは石垣島に残って船を調達してくれる?チームと合流したら、アスカをリーダーとして被害者とキリコたちの捜索を始めて欲しいの。」
「あ、了解す。じゃあ、…ハヤト君はスタッフに託します。」
アスカはそう答えながら、船の振動で上下に激しく揺さぶられる担架を手で押さえた。
担架の上には、顔色が真っ青に変色したハヤトがポータブル式の心肺蘇生機を装着し、横たわっていた。
やがて高速で走行し続けるボートの上で、ハヤトの目尻から水滴が流れ落ちた。そしてそれは涙のように、こめかみを伝っていった。
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