三五.衛星写真
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
キリコ…、と力なく呼ばれる声が聞こえて、キリコはハッと目を覚ました。気が付くとその身体は、小石が敷き詰められた海岸に打ち上げられていた。
キリコは健を抱えて10時間以上泳ぎ続け、人気のない小さな島に流れ着いたところで、しばらく気を失っていた。
健はうつ伏せ状態になったキリコの隣で、仰向けに横たわっていた。顔面は蒼白し、一人では起き上がれないほど具合が悪そうに見えた。
「健さん、大丈夫じゃっとな?直ちに手当てをせんな…」
キリコは慌てて立ち上がり、周辺を見渡した。すぐ目の前に、波が侵食して出来たと思われる洞窟が見えた。平坦な床は、横になって寝られそうな広さをしていた。
「ちっと待っててたもし!」
キリコは足袋のまま洞窟まで走っていくと、着物を脱いで床に敷いた。速乾性のある素材のせいか、着物はすでに乾いていた。そして下に着ていた襦袢姿になり、再び海岸へ戻った。
健に肩を貸して立ち上がらせると、健の背中は血で汚れ赤黒く光っていた。ずっと出血が続いていたようだった。
キリコは健を洞窟までゆっくり運び、着物の上に寝かせてから「水を探してくっ」と言って洞窟を飛び出した。健は会話をするのも辛そうだった。
キリコたちが漂流した島は、両端が見渡せるほどの小さな無人島だった。内陸は小高い丘になっており、ごつごつした岩場の先に背の低い樹木が茂っていた。どこかに湧水があるのかもしれないとキリコは思った。
島の奥へ入って行くと、地面の上に青々とした苔が生えているのを見つけた。それは緩やかな勾配の丘の上へぽつぽつと続いていた。キリコは苔を辿って奥へ進んだ。
すると、地面からむき出しの状態で斜めに突き出している鉄製のパイプ管が現れ、その先端には、錆と土埃にまみれ変色した手押しポンプが取り付けられていた。
昭和の時代、井戸水の汲み上げに使われるタイプに似たガチャポンポンプで、この無人島が人の手によって管理されていることをうかがわせた。
(ああ水だ、良かった…。)
キリコはほっと安堵し、その場で襦袢を脱ぎ、タンクトップとスパッツ姿になった。
―
午前10時。
クロエは有生のパソコンをハッキングし、父親との共有ファイルから衛星写真データをダウンロードした。
国防レベルのクオリティ、とクロエが称していた画像は、どこまでも、どこまでもクローズアップが出来た。海面に集まる鳥や水面から飛び出すトビウオの姿まで、一つずつ鮮明に判別できるほどだった。
クロエは画像をいくつかに分割し、顔認証を掛けていった。すると、水面に浮かぶ人影にセンサーが反応した。キリコを検知した、とのことだった。
「いた!いたわ!あの子よ!」
クロエは興奮して叫んだ。珂糸は思わず立ち上がり、モニターまで駆け寄った。
「隣に抱えているのは…健ね。ハヤトのように、怪我をしているんだわきっと。」
クロエの顔から笑みが消えた。
「クロエ!…」
貨物船の画像を分析していた珀阿が呼んだ。
中央のスクリーンには、キリコたちが乗船していた貨物船の甲板がクローズアップされた。
「最上段のこの一か所だけ、…海上コンテナが積まれていない。…不自然だと思って…西の海上を調べたら…」
「…ヘリコプターね。奪われたんだわ。」
クロエは珀阿が画像を表示する前につぶやいた。
珂糸は深刻な面持ちでモニターを見上げていた。
モニターには、貨物船のおよそ250キロ西の海上にコンテナを吊り下げて飛行している中型のヘリコプターが映し出された。
「午前6時30の時点でこの状態だから…今はもう、どこか別のアジトね。」
クロエはため息をついた。
「有生は…あの子はきっと、プランBに移行したんだわ。」
「プランB?」珂糸はクロエを見つめた。
「もし、予期せぬ事態が起こったときは…有生が、息子に張り付くことになっていたのよ。」
「では、彼女は今…」珂糸はモニターに映るヘリコプターとコンテナに視線を戻した。
「おそらく、息子と一緒よ。あのコンテナについて行ったんだわ。」
―
午後1時。
IKGから派遣された8名のチームが石垣島へ到着し、アスカと合流した。
アスカは近くの漁師たちに声を掛け、25ノット(時速47キロ)で走行が可能な3艘の漁船を借り入れていた。
捜索は健とキリコの2人に絞られたため、チームを4つに分け各ボートに医療担当を置いた。
「式呉島から乗って来た船と合わせて、計4艘のボートで今から現地へ向かいます。この船が2時間後の午後3時、残り3艘は午後4時頃から順次捜索を開始します。」
アスカが報告した。
「お願いね。キリコは負傷しているとみられる健を連れて、東へ向かって泳いで行ったわ。」
「あの子は遠泳が得意だから長距離を移動しているはず。それも加味して計算した潮流シュミレーションの予測位置から半径10キロを注意深く探してちょうだい。着物を着てるから、ぷかぷか浮いてるはずよ!」
「了解す。」とアスカが言い、通信を切った。
IKGの社員たちもクロエに対していったんはい!と言って頷いたものの、『着物を着てるから、ぷかぷか浮いてる』の意味を、誰も分かっていなかった。
アーティフィシャル・2nd・ライフ©2025
本作品の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。




