三三.河田 悠杜
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
有生はコンテナの最上部に登り、先ほど仲介屋が覗いていた船首から2列目、左右から見て真ん中あたりにあるコンテナを調べた。
するとそこには、屋根が30センチ角ほどの正方形に切り取られ、ヒンジと取っ手が付いて開閉できるようになっているコンテナがあった。
有生は蓋のように載せられている切取り部分を持ち上げた。中を覗くと、薬で眠らされているらしき被害者たちが暗がりの中に横たわっている姿を、辛うじて見ることが出来た。
(いた!いたんだ!よかった!)有生は安堵した。
その時、遠くの方からパラパラパラ…と音がし始めた。音はだんだんとこちらに近づき、次第に薄暗い空の向こうからヘリコプターが飛んで来るのが見えた。更には、コンテナをよじ登って来る2つの人影も確認した。
(ヘリ?なんで…まさか…罠?)
嫌な予感がした有生は、迷わず30センチ角の隙間に足から飛び込んだ。
―
キリコはヘリコプターから垂れる2本のワイヤーが狙っていると思しきコンテナを目指し、サイドデッキを船首に向かっていた。
途中で草履を脱ぎ棄て、着物の裾を膝の上までまくり上げながら走った。
左舷の先端にあるコンテナ付近まで来た時、角を曲がってこちらへ近づいてくる人影が見えた。エンジニアのようなつなぎを着た外国人の男だった。
男は真っ青な顔で、「ヘルプ…」と言いながらキリコに向かって手を伸ばし、助けを求めて来た。男は足を引きずっていた。
「あた、足を怪我しちょっじゃなかと!ないかされたとな?」
キリコは男の手を取った。こんなところにいては危ない、とキリコは思った、その時――――
「キリコ!離れろ!」と頭上から声が聞こえた。健の声だった。
健はコンテナの上から素早く飛び降りて来ると、覆いかぶさるようにキリコを抱きしめそのまま柵を飛び越えた。次の瞬間、鼓膜が裂けるほどの凄まじい爆発音とともに、つなぎを着た男がキリコの目の前で木っ端みじんに吹き飛んだ。
キリコは驚き、健の肩越しに目を見開いた。キリコの世界から音が消え、全てがスローモーションのように見えた。
爆発の激しい衝撃を受け、2人はそのまま真っ逆さまに海へと落ちて行った。
現在。
キリコは混乱する頭で、健に抱えられ海に落ちたことを思い出した。甲高い耳鳴りは相変わらずキリコの聴覚を奪い続けていた。
(ああ、そうやった!ヘリコプターは!被害者たちは?)
キリコが空を仰ぐと、ちょうどヘリコプターが2本のワイヤーでコンテナを牽引しながら飛び立って行くのが見えた。
(しもうた!追いかけんな!)
キリコは今すぐ船に戻りたい衝動に駆られていたが、腕の中で返り血にまみれている健を見て思いとどまった。健は意識を失っているようだった。
(健さん…血が出ちょい。健さんも怪我をしちょっとか…。)
(…有生さんと、ハヤトはどけおっとじゃろう。2人は無事じゃろうか…。)
考えを巡らせているキリコは、着物を着たままぷかぷかと水に浮いていた。
(そういえば、こん着物は水に浮く新素材で作ってあるとクロさんが言ちょったな。それと…こん帯揚げも浮き輪になっとも言ちょった。)
キリコは帯の内側にある帯揚げを取り出し、ふーっと息を入れて膨らませ健の肩にそっと通した。
「ひとまずどっかで健さんの手当てをせんと。」
キリコは日が昇り始めた方角へ泳ぎ始めた。
―
午前5時30分。
キリコたちが送金を行ってから、約30分が経過した。
「おかしいわね…。」
クロエはそわそわしながら、ラボの時計を見つめた。
「そろそろ被害者たちをボートに乗せていてもいい頃だわ。」
予定では、傍受した衛星通信を使用して連絡が来るはずだった。
「クロエ、落ち着いて…。」珀阿が声を掛けた。
珂糸は、クロエを急に名前で呼び始めた珀阿の態度に、何か思うところがあるような眼差しで2人を交互に見た。
クロエは珀阿を無視し、電話を掛け始めた。
「アスカ!30分前に船があった場所へ急いで向かってちょうだい。いま座標送るから!」
アスカは沖縄県の与那国島付近でIKGの社員2名とともにボートを待機させていた。
「健に発信機を渡してあったから、周波数を合わせれば微弱だけれど位置が分かるはずよ。」
「了解す。…あ、こっから50キロくらいなんで、1時間以内には着くと思います。」
アスカが答えた。アスカ達は時速70キロで走行できる高速ボートを用意していた。
(いやな予感がするわ…)とクロエは思った。
―
コンテナに飛び込んでから2時間ほど経つと、ヘリコプターの音がしなくなった。どこかに到着したのかもしれない、と有生は思った。
通気用に開けらたらしき壁の小さな穴に太陽光が差し込んでくると、中の様子が確認できるようになった。
被害者たちはみな服や体が黒く汚れていた。有生は着ていた服をわざと少し破り、コンテナについていた煤を身体にこすりつけ、紛れ込んだ。
やがて被害者たちが目を覚まし始めた。が、誰一人としてパニックを起こす者はいなかった。自分たちの置かれている状況を理解しているかのようだった。余裕がないからか、有生が増えていることに誰も気づいてはおらず、みな恐怖と絶望のどん底にいるような表情をしていた。
被害者のほとんどは外国人女性であったが、その中に胡坐をかいてぐったりとしていた日本人男性を見つけると、有生はそっと近づいて隣に座り、小さな声で大丈夫ですか、と声を掛けた。
「え?だれ?日本人?」
男は顔を上げ、有生をまじまじと見つめた。
「しっ!大きな声は出さないでください。」
有生は小声で注意した。続けて、「私は日本の愛脳警護という会社の者です。今から、全力であなたを警護させていただきます。」と囁いた。
「えまじ?あなた、俺が誰だか知ってるの?」
男は少しだけ嬉しそうな顔をしながら尋ねた。
「はい。河田 悠杜さん、コンサルタント会社をご経営で、河田 悠之介現内閣総理大臣のご子息でいらっしゃることを承知しています。」と有生が答えた。
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