二四.なりすまし
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
「携帯、ケータイは…あった、はい。アンロックしてくださる?」
クロエは乱雑としたテーブルの上から男の携帯電話を探し出し、珂糸に差し出した。
「…この状態から情報を引き出すことは、出来ませんか?」
珂糸がためらいがちに尋ねた。
「出来なくもないけど、それ用にアプリを作って読み込ませないといけないのよぉ。時間かかるし面倒だから、ロックを外して表から入った方が手っ取り早いんだけど。」
クロエは早口で答えた。
――男はほどなくして目を覚ました。
そして自身がダイニングチェアに手足を縛られた状態で繋がれていることに気づくと、テーブルを挟んで座っているクロエに向かって「おい、てめぇ!何すんだよ!ラリってんじゃねーよ!」と興奮し、怒りを露わにした。
「ラリってなんかいない。本当に、警察だ。」
珂糸が男の前に立ち、身分証のようなものを広げて見せた。
「はぁ?そんな充血した目は、シラフなんかじゃねぇだろ、ざけてんじゃねぇよ!」
クロエは幼少の頃より、常にやや赤みがかった瞳の色をしていた。男はクロエを薬物で酩酊状態になった客だと勘違いし、扉を開け家に招き入れていた。
「初めから、ふざけてなんていませんけど。」クロエは無表情でつぶやいた。
「ハンドルネーム『ポーションセブン』、いますぐお前を薬物製造の現行犯で逮捕してもいいが、こちらに協力するなら今日ここに来たことを忘れてやる。」
珂糸は男に向かってやや威圧的な物言いをした。ポーションセブンと呼ばれた男は落ち着きなく目玉をキョロキョロと左右に動かした。
珂糸は男の携帯を手に持って見せた。
「携帯をアンロックして、我々に中身を見せろ。」
それを聞いて男は顔をしかめ、怪訝そうな表情を浮かべた。そしてじっとりとした目つきになり、珂糸を見上げた。
「…お前らさぁひょっとして、なりすまし?おかしいと思ったんだよ。令状もなしに勝手に人ん家あがりこんで、椅子に縛り付けてさぁ。俺に貯金なんて無いから、ほか行った方がいいよ?」
男がそう言うと、クロエは思わずぷっ、と噴き出した。珂糸と男はクロエを見た。
「あ、そう。じゃあ、詐欺被害で今すぐ110番通報してあげる。ちなみにだけど、ホンモノの警察に捕まっても、あんたの携帯は押収されるわよ。」
クロエは珂糸の手から男の携帯をつまんで手に取り、緊急通報画面を表示させた。
「今、見逃してくれるって言ってるこの人に携帯見せるか、捕まってから携帯見せるか、どちらがマシかくらい、分からないの?」
クロエはそう言って110番をダイヤルし、発信ボタンをタップした。画面が点滅すると、男は焦った様子で「おい、待てよ!」と叫んだ。
セキュリティロックを外したあと、クロエは慣れた手つきで男の携帯を閲覧した。
「あら、ファクトリーリセットかけてるじゃなーい。ざーんねん。なにも残ってないわぁ。」
クロエの言葉に、男はうっすらと笑みを浮かべた。
(ま、無駄だけど。)
クロエは持っていたクラッチバックから外付けSSDのようなミニデバイスを取り出し、男に見えないよう携帯に差し込んだ。
すると携帯の画面が一気に真っ黒になり、色のついた文字列が目で追えない速さで下から上に流れ出したかと思うと、男の携帯データはあっというまに復元され、繋がれているデバイスにコピーされていった。
「ハンドルネーム『カリスマジェンジー』というお前の顧客を、覚えているな?」
珂糸が質問すると、男の顔から笑みが消えた。
「5月29日、午後8時。世田谷区の絹田公園にその顧客を呼び出したのは、誰からの指示だった?」
「…俺は何も知らねぇよ。」男はぶっきらぼうに答えた。
(うそ。非通知の番号から何度も電話がかかってきてるじゃない。しかもその直後にどこかに電話かけてるし。)
(こういう番号は使い捨てが多いんだけど…念のため調べてみましょ。)
クロエは発信履歴画面に表示されている携帯番号を自分の携帯カメラで撮り、画像を部下に送信したあと、男の携帯からデバイスを抜き取り再びファクトリーリセットをかけた。
その間も、珂糸と男は押し問答を繰り返していた。
「ほんとに知らないの?」クロエが横から口を挟んだ。
「知らねぇよ。絹田公園なんて行ったこともねぇし、マジで何も知らねぇよ!」
男は声を荒立て、突っぱねた。
その時、クロエの携帯に部下からメッセージが届いた。部下は男が非通知設定でかけていた謎の電話番号がメッセージアプリなどのアカウントで使用されていないかを素早く検索していた。
部下からのメッセージには、ジグナルというメッセージアプリ上に『アースタイガー』というハンドルネームで謎の電話番号を使用したアカウントが検出された、と記されていた。
(あら、見つかったのね。運がいいわ。)
クロエは男に向かって「ふぅーん、わかりました。」と言うと、立ち上がった。
「じゃあ、珂糸さん、行きましょ。」
クロエはドアへ向かって歩き出した。珂糸は何か言いたげな様子だったが、黙ってクロエに続いた。
―
「指示役の情報がまだ聞き出せていませんでしたが。」
移動するハイヤーの中で、珂糸は遠慮がちにクロエに言った。
「ああいうのは、間に何人も挟んで一つの指示を伝言ゲームしてるから、大元を割り出すのに時間がかかるのよぉ。」
「だから、とりあえず『カリスマジェンジー』さんに最後に会ったらしき人の線を当たってみましょ。」
クロエが返すと珂糸は上目遣いでクロエを見つめた。
「どうやって?」
「呼び出すのよ。ポーションセブンになりすましてね。」
クロエはジグナルという名のメッセージアプリでポーションセブンになりすました偽アカウントを作り、『アースタイガー』へ接触を試みた。
アースタイガーはクロエの偽アカウントに「OK」と返信し、すんなりと呼び出しに応じた。
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